第13話 踏み込んだその先で

「は……?」


 少し遅れて、俺はようやく反応を示す。

 ……何を言っているんだ、ライラックは。

 まったくもって、意味が分からない。


「だからね、私は魔法が使えないの」

「いや、魔法が使えないって……どういう意味だよ? 仮に事実だとして、それってもう魔法少女ではない別の何かなんじゃ……」


 繰り返すライラックに対し、俺は理解が追い付かないまま、尋ねる。


「んー……ところで、葉月くんはさ。そもそも魔女や魔法少女が、どういう存在なのかって知ってる?」


 質問に対し、質問を重ねてくるライラック。

 どういう存在なのか。微妙に抽象的な聞き方だ。

 俺は少し思案してから、答える。


「その名の通り、女性にしかなれない存在だ……ってのはよく聞く話だな。ついでに言うと、一風変わった衣装に変身する。あとはそれぞれ固有魔法ってのを保持していて、その特性に応じた称号を冠している……とかか」

「うん、称号を聞いてすぐ能力を想像出来るような有名どころだと、劫火ごうかの魔女とか氷獄ひょうごくの魔女とかだね」

「確かに何となくどんな能力か分かるな。やたら燃えそうな奴と、やたら凍えそうな奴って」

「あはは……」


 俺の適当な物言いに、ライラックは苦笑いする。


「まあ葉月くんの言うことも間違いではないんだけど……一番重要なのは、体内に魔力を宿しているかどうか、らしいんだよね」

「……なるほど」


 何となく、話が見えてきた。


「それで私の場合、魔力は充溢していて変身も出来るから、魔法少女なのは間違いないみたいなんだけど……固有魔法を、まったく使えないんだよね。そもそも、具体的にどんな力を持っているかすら分からないし」


 憂いを帯びた声で、ライラックは語る。


「けど……汎用魔法ってやつはどうなんだ。あれは魔力がある人間なら、ステッキってやつを持てば使えるんじゃないのか」

「保持してる魔力も大したことないから、汎用魔法に関してもCランク程度……低評価の落ちこぼれで……他の魔女や魔法少女みたいに、誰かを守ったりすることなんて、とてもできないの」


 俯きながら、ライラックは続ける。


「だから私は現状、ちょっと目立つ格好に早変わりできるだけのコスプレ女でしかないんだよね、実は」 


 いつになく、覇気がない様子のライラック。

 その表情からは、弱々しく、切なげな雰囲気が見え隠れしている。

 そんなライラックを見ていると、以前彼女から聞いたとある言葉が俺の脳裏に蘇ってきた。


「『似た者同士だね』……って、そういう意味かよ」

「あ、覚えてたんだ……うん。こんな言い方をしたら、葉月くんには失礼かもしれないけど……見てくれだけで実際には何みできないハリボテっていうのが、本当の私なの」


 確かにそういう意味では、節穴の魔眼の持ち主であり、それを意味ありげな眼帯で覆っている俺と、似ているかもしれない。

 その無力さに、負い目を感じているであろう点も含めて。


「……もしかして、魔女になりたがってるのもその辺が関係してるのか?」

「うん。魔女同盟としては、今の段階でも私に能力自体は備わっているけど、微弱過ぎるから現実に影響を及ぼせていないだけなんじゃないかって仮説を有力視しててね。だったら魔女になってその能力が強大になれば、何か変わるんじゃないかって予想されてるんだ」


 だがそれでも、と俺は思う。

 今でこそ、すっかり弱々しい気配を漂わせているライラックではあるが。

 これまでは俺と似たような境遇に置かれていることを、その弱さを、一切感じさせなかった。

 それは多分、ライラックがその胸の内に確たる自信と決意を秘めているからこそだろう。

 だからこそ、人柄や振る舞い方が、何事からも目を背けることしかしてこなかった軟弱な俺とは。

 対極と言っていい程に異なっているのだ。


「……ライラックは、強いな」

「そんなこと、ないよ。こう見えて弱っちいんだよ、私……周りから持ち上げられておきながら、肝心な時には何にもできないくらいにはね」


 俺が抱いた感想とは真逆の言葉を返しながら、取り繕うように笑うライラックだが。

 その笑顔に元気がないことくらいは、人付き合いに慣れていない俺にでも、一目見ただけで分かった。

 こんな時、落ち込んだ女の子を励ませる、何か気の利いたひと言がさっと出てきたりするのなら、俺ももっと上手いこと世の中を渡っていけるんだろうけど。

 生憎と、そんな台詞は見当もつかない。

 どうしたものかと、半ば途方に暮れていたその時。

 ライラックとセルティリアによる、とあるやり取りの場面が思い浮かんできて。

 気づけば自然と、俺の手はライラックの頭に伸びていた。

 そのままぎこちない所作で、ひと撫ですると。


「はにゃっ!?」


 ライラックが聞いたことのないような声を発しながら、椅子の上で跳ねた。

 対する俺は、滑らかに艶めく銀髪の上に手を置いたまま、硬直する。

 ……何やってんだ、俺。


「悪い、いきなり……」


 我に返った俺が謝りながら、手を引っ込めようとすると。

 その手首をわしっと掴まれて止められた。


「……そのまま、続けて」

「いや……」


 俺はまた手を引っ込めようとするが、手首を掴むライラックの力が思ったより強い。


「いいから」

「お、おう」


 あっさりと折れた俺は結局、言われるがままライラックの頭を撫で始めた。

 が、やはりその手つきは我ながら覚束ない。

 その割に、ライラックは意外と気持ち良さそうだ。

 見るからに落ち込んでいた表情も、段々と安らかになっていく。

 それはまあ何よりなのだが、白雪の肌が映える頬が微かに赤く染まっているせいで、目のやり場に困る。

 しかし、どうして俺はこんな似合わない真似をしているんだろうか。

 他人の頭を撫でるという、直接的な接触。

 それは他人と関わることを極力回避したがる普段の自分すれば、正反対の行い。

 最早奇行だ。

 もしかしたら、相手がライラックだから……というのは、流石に早計か。

 だが何にせよ、次第にこうして撫でているのも悪くない気がしてきた。

 何を食ったら、こんなにさらさらした髪が出来上がるんだろう。

 この柔らかい手触りは、病みつきになってしまうかもしれない……なんて思考が働きかけ、すぐに思い直したところで、俺は呟いた。


「……こうしてると、ライラックの方がよっぽどペットみたいだな」

「むー……あ、でも犬や猫ってかわいいし、それでもいいかも」


 何だかんだと言いつつ、撫でられ続けるライラック。

 まあ、撫で続ける方も大概なんだけど。


「いいのかよ……」

「もしかして、そういう意味で遠回しに褒めてくれたり?」

「俺がそんな器用な人間なわけないだろ」

「うん、それもそうだねっ」


 自分で言っておいてなんだが、流石に即同意されると俺としては複雑な気分だ。

 そのまま暫く撫で続け、ライラックが満足したところでようやく頭から手を離すと。

 すっかり落ち着いた様子のライラックが、不思議そうにこちらを見つめてきた。


「それにしても私……どうしてここまで葉月くんに気を許せちゃうんだろうね? 自分の秘密をペラペラ喋ったり、素直に頭撫でられたりして」


 首を傾げながら思わせぶりな発言をするライラックだが、例の如くこれも他意はないんだろう。

 こいつが照れてない時は、多分何も意識せずに発言しているのだと、なんとなく分かってきた。

 だからいい加減、いちいち心を揺れ動かしていたってしょうがないのだが……平常心に徹することは難しい。

 俺は感情を自制するのに一拍の間を要してから、返事をする。


「……そりゃあ、あいつにお互いを知れとか吹き込まれたからじゃないのか」

「んー、それもあるのかもしれないけど……やっぱり葉月くんが最初に、自分の左目のことを教えてくれたかもね。そう考えたら、葉月くんの方こそ変かも」

「変って……何が」

「だってあの時の私、不本意だけど直前まで不審者扱いされてたでしょ。そんな相手に大事なことをほいほい話すって、おかしくない?」

「あー、言われてみればその通り……なのかもな」 


 変とかおかしいとか随分な言われようだし、そもそも問い詰めてきたのはライラックの方だった気がするが、確かに妙だ。

 どうして初対面からこの方、俺は自分の胸の内に抱えていたものを、洗いざらいと言ってもいいレベルでライラックへと吐露しているのだろう。

 改めて、そんなことを考えてみて。


「上手く言い表せないが……実はあの時、こいつになら話してもいいかって謎の安心感……みたいなものがあった気がするんだよな」

「初対面なのに?」

「まあ、そうなる」

「じゃあそれってー……実ははじめから私に惹かれてたってこと?」

「いや、それはまた話が変わってくるだろ」

「あれっ?」


 俺が即座に否定すると、ライラックは拍子抜けしたようにがくっと肩を落とした。

 が、すぐに気を取り直す。


「……でも私も、葉月くんのことあんまり他人って気がしないんだよね、何故だか」 


 ライラックは胸中を吐露してから、少し考えるような素振りを見せると。


「もしそれが、惹かれ合ってるってことだとしたら……ちょろいね、お互い!」 


 とんでもないことを言いながら、ライラックは眩い笑みを浮かべる。


「は……いや、お前……」


 その言動を前に、ものの見事に俺が動揺させられていると。

 図ったようなタイミングで、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。 


「……あ、まだ全然食べてないぞ」

「うーん、お昼ご飯はお預けかなあ……午後の授業の時にお腹鳴ったりしないといいんだけど」


 弁当箱を開くどころか取り出してすらいなかったライラックが腹部を擦りながら言う傍らで、俺は大急ぎで自分の分を口の中に掻き込んでいく。


「食い意地張ってるねえ、葉月くん」

「ぼっちにとって、退屈な学校での一日で唯一楽しみな時間が飯を食って空腹が満たされる瞬間だからな」


 俺は早くも半分以上を平らげながら、答える。

 その間も、箸を動かす手は止めない。


「そうなの? むしろ他のクラスメイトが何人かで集まってわいわい食べる中、自分だけ一緒に食べる相手がいなくて辛い時間なのかと思ってたけど」

「慣れれば人気のない場所で食べるぼっち飯もいいもんだぞ……流石にトイレとかで食う奴は理解出来ないけどな」


 俺の話を相槌を打ちながら聞いていたライラックだったが。

 ぶんぶんと首を左右に激しく振ると、ランチバッグを手に取ってパイプ椅子から立った。


「って、悠長に話してる場合じゃないよ葉月くん! 私先に戻ってるね!」

「おう」


 せわしなく部屋を後にするライラック。

 普段から待ち合わせが別々なら教室に戻る時も別々なので、別に置いていかれたという気はしない。

 そんなことを考えている間に完食し。

 自分も急がなければと、手早く弁当箱を片付けていた最中。

 左腕に着けている腕時計のようなデバイスが偶然目に付いた。

 見ると、ここ一週間55で横ばいだった親密度を示す数値が、65に上昇している。

 俺からすれば、別にそこまで大して気になるわけでもない、些細な変化に過ぎないのだが。

 ライラックはこんなことでも喜ぶんだろうなと想像してみたら、悪くないと思えてしまう自分がいた。

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