第5話 転校初日
その後も取りとめのない会話を続けながら、またスイッチが入ったらしいライラックとよく分からない攻防を繰り広げている内に学校に辿り着いた。
校門を通り抜けて、昇降口へ向かう。
この学校では他国からの生徒に合わせ、数年前に下駄箱や上履きといった文化は廃止されている。土足で問題ないので、昇降口と言っても名ばかりだ。
ライラックの転入に際して必要となる面倒な書類の処理などは済ませてあるとのことだったので、校舎に入った俺たちは一緒に教室へ向かう。
その間にもどうにか別行動を取ろうととさりげなく誘導を試みはしたが、あっさり跳ね除けられてしまった。
結局俺はライラックを振り切ることができないまま、自身が所属する2年B組に到着。
今日からはライラックもその一員となるクラスに、教室後方の扉から足を踏み入れると。
既に八割方登校していたクラスメイトたちによって形成された朝の喧騒が、一瞬にして吹き飛んだ。
教室内が、しーんと静まり返る。
無理もない。
どこか浮世離れした容姿を持った謎の美少女が、何の前触れもなく自分たちの教室にやってきたんだから。
よりにもよって、左目に眼帯なんて痛々しい装いをした凡人未満の俺と一緒に。
周囲のクラスメイトが放心気味にこちらを見ている中、ライラックは俺の制服の裾口をちょいちょいと引っ張ってきた。
「それで、私たちの席はどこなの?」
「あー……」
場の雰囲気が微妙な感じになっていてもお構いなしなライラック。
どうやらこいつは空気が読めない節があるらしい。
このまま入り口で棒立ちしているわけにもいかないので、教えてやることにした。
「……窓際の一番後ろだ」
「ってことは、私の席はその隣だね!」
ライラックは自分の席を目視で確認して、駆け足で向かっていく。
時を同じくして、朝の予鈴が鳴った。
チャイムが鳴り終わるのに合わせて、担任教師が教室に入ってくる。
「おーし、座れー」
おかげでクラスメイトたちが俺とライラックに対して抱いているであろう疑問を解消する暇もなく。
彼らを半ば置き去りにするような形で、朝会が始まった。
担任である
新年度が始まって間もない中、病気で休みがちになってしまった前の担任に変わり、一週間ほど前から急遽この学校に赴任してきたという、少々特殊な事情を持つ。
スラッとした長身痩躯に、シャツ一枚とジーンズという、立場を考えるとラフ過ぎる格好。後ろで豪快に束ねた黒髪に、メガネをかけた女性教師。
男子生徒からは美人と評判だ。
ガサツだが教師にしては融通の効く人物で、容姿も相まって早くも人気を集めている。
寝不足気味らしい山吹先生はダルそうな態度を隠すこともなく、教壇に肘をついてもたれ掛かりながら必要な事項をざっくりとクラスに伝達していく。
突如表れたライラックに釈然としないクラスメイトたちが着席してその話を聞く中。
一人の真面目そうな女子が我慢の限界とばかりに挙手をして立ち上がった。
このクラスの委員長だ。
「あのー、先生。結局のところ、あそこにちゃっかり座ってる子は誰なんでしょうか?」
「ああ……転校生だ」
山吹先生から欠伸混じりに発せられた、その言葉。
やはり、手短でざっくりとはしていたが。
それでも、クラスの連中が沸き立つには充分過ぎた。
「おお、マジか!」
「転校生、しかも美少女とか」
「でも、どうしてこんな時期に……」
「さっき桂木と一緒に来てたけど……どういう関係なんだ?」
段々と教室が騒がしくなっていき、あっという間に収拾が付かない状況に陥る。
混乱の中でも特に何も言わず事態を放置する山吹先生に、自分の迂闊さを後悔するように苦い顔をして額に手を当てる委員長。
そして、一連のお祭り騒ぎのような光景を片隅の席から傍観する俺が、もうどうにでもなれと思っていると。
隣に座っていたライラックが、おもむろに立ち上がった。
騒動の原因である人物が動いたとあって、クラス中の意識が同じ一点へと向けられる。
一気に静まり返り、皆が謎の美少女転校生であるライラックの言葉を今か今かと待つ。
尋常な精神の持ち主なら緊張して言葉に詰まってもおかしくない場面だが、ライラックはそんな様子を微塵も感じさせない。
むしろ、凛とした佇まいで口を開いた。
「折角なので、自己紹介とかしてもいいですか?」
「うん? あー、まあいいぞ」
ライラックが気さくな態度で許可を求めると、山吹先生は適当な感じで応じた。
先生に小さく頭を下げてから、ライラックは自分に視線を注ぐクラスメイトたちを見渡す。
「えっと、私の名前はライラック・シャイン・ウィンターソン。一応魔法少女で……この学校に転校して来たのは、花嫁修業のパートナーである葉月くんが通ってるから、ってところかな? 何はともあれ、これからよろしく!」
ライラックは軽く自己紹介を済ませると、愛想良く笑った。
教室内が、にわかに色めき立つ。
美少女で、魔法少女で、花嫁修業中。
まるで創作の世界から飛び出してきたように希少で特別な存在が自分たちのクラスにやってきたのだから、ある意味当然の反応ではあるのだが。
同時に、ライラックから名前を出された俺の方にも注目が集まって。
教室の中に何とも居心地の悪い、気まずい空気が漂い始めた。
……まあこれについても、当然の反応だと思う。
そう。
こんな非日常的なイベントが巻き起こっているにもかかわらず、その事情を知っているであろう俺に誰一人として声を掛けてこなかったことや。
美少女に絡まれるなんて役得を前にした俺が、なるべく目立たないよう振る舞うことを何より優先していたことからお察しの通り。
俺はこのクラスはおろか学校にすらただ一人の友人もいない、惨めなぼっちなのだ。
クラスの連中が「なんでこいつがパートナーに?」と疑問を抱いたとしても、仕方がない。
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