第4話 通学路、周りの目
朝食を取りながら話している内に時間が無くなってきたので、俺はライラックと一緒に家を出た。
ちなみに我が家は、街外れの小さな山の上に建っている。
というか、山ごとこの家の敷地だ。
俺にとって唯一の家族であり保護者でもある義姉が、かつてこの辺り一帯を治めていた武家の末裔から格安で買い取ったらしいが……もうちょっと慎ましやかな立地でも良かった気がする。
この地で生活する際に新築した家の向かいに、元は武家屋敷だったとかいう寂れた和風の平屋が放置されたままになっていたりして、割と不気味だし。
まあこっちは、戦災孤児だったところを義姉に拾ってもらった身。
あまり贅沢は言えないか。
しょうもないことを考えながら、敷地の外へと続く石段を下っていく。
……前言撤回だ。
少しだけ贅沢を言わせて欲しい。
「……毎日の登下校の際の、この無駄な上り下り。勘弁してほしいよなあ」
「ちょうどいい運動になって、健康には良さそうだけどね」
俺が漏らした愚痴に、爽やかに応じるライラック。
その後も二言三言交わしながらざっと百段程下りきって、ようやくアスファルトで舗装された公道に辿り着いた。二人並んで、通学路を行く。
しばらく歩き、学校に近づいてくるにつれて、俺たちと同じ制服を着た生徒がちらほらと見えるようになってきた。
中には、異国の人間もざっと二、三割程度混ざっている。
その光景を前にして、ライラックが首を傾げた。
「私が言うのもなんだけど……随分と国際色豊かな顔ぶれだね? 日本は情勢が不穏な欧米とかと比べて平和だからって、他国からの移民や一時的な疎開が増えてるみたいな話は聞いたことあるけど……それにしても多いような」
「ライラックがこれから通うことになる杠葉市立第三高校は、大戦で真っ新になった土地で近年急速発展した新興都市にあるからか、新しいものとか他所からの気風なんかを積極的に取り入れる傾向にあるんだよ」
「だから異国からの生徒にも寛容、ってこと?」
「ああ、そういうことだ」
「なるほどー」
「他人事みたいな反応だが、ライラックは移民とか疎開で日本に来たんじゃないのか?」
「んー、違うよ? 確かに私の両親は外国人だったけどー……仕事の関係で、戦時中から日本にいたからね。私自身は日本生まれ日本育ちなの」
「へえ、道理で日本語ペラペラなわけだ」
だった、との部分に若干の引っ掛かりを覚えるが……深く追及していいような話でもなさそうなのでひとまず聞き流しておく。
「ちなみに今は、国籍も日本人なんだよ?」
「それはあれか。祖国に帰る前に、日本生まれ日本育ちの魔法少女として囲い込まれた的な」
「身も蓋もない言い方だけど……まあ大体合ってるかな」
苦笑いを浮かべながらも、ライラックは肯定した。
ところで。
異国からの生徒が一定数いるということは、ライラックみたいな白人の少女が通学路を歩いていても普通のこと。
本来なら大して目立たない筈なのだが……現状、周囲の脚光を浴びる羽目になっていた。
まあ通りすがりの人々から見ても、ライラックはつい目を奪われてしまうようなレベルの際立った美少女だってことなんだろうけど。
厄介なのは、その隣を歩く俺まで何者かと注目を集めていることだ。
しかも人々は決まって値踏みするようにこっちに不躾な視線を投げかけた後、懐疑的に眉をひそめてくる。
見ず知らずの相手にそんな態度を取られたら、当然良い気はしない。
だが同時に、仕方がないとも思う。
俺が通行人の側でもそうするだろうから。
早い話、俺はライラックと釣り合っていないのだ。
誰が選んだのかは知らないが、俺がライラックのパートナーとかどう考えても人選ミスだとつくづく思う。
しかしライラックはこっちの内心など露知らず。
あろうことか並んで歩く二人の間にある距離を、すすっと縮めてきた。
「念のため確認しておきたいんだけど……葉月くんって、恋人とか好きな人が既にいたりはしないよね?」
またこいつはこういう話をずけずけと、どんなつもりで聞いているのだろうか。
冗談半分でからかうにしたって、俺みたいに反応が薄い奴は一番面白みのないタイプだろうに。
ライラックの真意が掴めないまま、俺はとりあえず答える。
「……勿論いないぞ。そういう話とはおよそ無縁な人種だからな」
「そっか。理由はともあれ、それなら一安心かな」
などと、思わせぶりなことを口走るライラック。
「お、おう」
俺は戸惑いながら、短く相槌を打つことしかできない。
……本当に、なんのつもりなんだ。
対するライラックは、何を血迷ったか。
そこに追い打ちでも掛けるかのように、自分の手を伸ばし。
さりげなく、いかにもこれが自然なことですよとばかりに、俺の手を握ろうとしてきた。
途端に、俺の背筋に緊張が走る。
それと同時に俺はライラックから半歩距離を取り。
伸びてきた手をぎりぎりで回避した。
「あっ」
声を漏らし、一瞬不満げな反応を見せるライラック。
しかし、すぐにすました顔を浮かべると。
こっちに身を寄せ、さっきよりも間合いを詰めてきた。
そして、俺の気を反らしたい意図でもあるのか、ライラックは口先ではこれまで通りの世間話を続けながら。
「ねえねえ葉月くん。これから学校に勉強しに行く筈なのに、鞄すら持ってないけど……教科書とかはどうしてるの?」
再び俺の手を絡め取ろうとしてきた。
俺は質問に答えながらも。
「あー……俺、持ち物は身軽でいたい主義でな。教材とか筆記用具とか、諸々纏めて学校に置きっぱなしにしてるんだよ。財布とか最低限必要なものは制服のポケットに突っ込んでおけばいいから、鞄はいらないってわけだ」
また距離を取って、手を取られないよう立ち回る。
女の子、それも美少女に手を握られて一緒に登校するなんてイベントは、男子高校生からしたら一度は経験したいと思うものかもしれない。
しかし、俺は凡人未満。
変にいちゃいちゃしているとか勘違いされて悪目立ちしたくない。
これ以上の厄介ごとに巻き込まれるのは、御免だ。
というかそれ以前に。
ライラックだって、俺なんかと変な噂が立っても困るだろうに。
だからこそ、その辺りも配慮した上で、こうも躍起になって避けているのだが。
「へー、そうなんだ」
二度のアプローチに失敗したライラックは、なおもまだめげることなく。
「……じゃあお昼は普段、購買とか学食なのっ!?」
再三に渡ってこちらに手を伸ばしてきた。今度は割と、素早い動きで。
「ああ……っ!」
対する俺はとうとう腕を組み、完全防備を固める。
「…… 男の一人暮らしで弁当作るってのは、流石に億劫だしな」
ここまで来たら直接やめるように言おうかとも迷ったが、それはそれで負けを認めた感じがするのでやめておく。
一方のライラックは拗ねたように頬を膨らませていたが、少しして気を取り直したらしい。
が、完全に諦めたという感じでもなく、何やら獲物に狙いを定めるかのようにこっちを見据えている。
その突き刺さるような鋭い視線にも気付かないふりをして、俺が平静を装っていると。
「……なるほど、それなら私の鞄の中身も無駄にはならないかなっ!」
ライラックはかっと目を見開いた直後、大胆にも俺の腕にしがみ付こうとしてきた。
「鞄の中身って、何の話だ……っと」
会話には応じつつも、俺は肘を突き出して水際でブロックする。
ライラックはじとっとした眼差しで抗議の意志を告げてきた。が、とうとう諦めたのか、力なく肩を落とす。
その後、気持ちを切り替えるようにふうっと一つ息を吐いてから、ライラックはにこりと笑いかけてきた。
「それは……また後で分かるんじゃないかな、具体的にはお昼休み辺りに!」
肩掛けのスクールバッグを軽く揺らしながらも、はぐらかすライラック。
俺がふむと顎に手を当てて思案していると。
ライラックはその余地すら与えないとばかりに、別の話題を振ってきた。
「そう言えば私、転校してきたばかりで教科書の準備が間に合ってないんだよね」
「いや……だとしたらいよいよ、その鞄の中には何が入ってるんだって話になるわけだが」
「それはそれとしてー……初日から授業についていけなくなったら困っちゃうから教科書見せてね、隣の席になるのが決定済みの葉月くん?」
ライラックは悪戯っぽい笑みとともに、恐らくは計算づくであろう不用意を告げてきた。
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