第6話 暴走する魔法少女

 朝会での騒動の余韻が残るまま、一限目の授業に突入した。

 クラスメイトたちは未だ、主にライラックとついでに俺への興味を抑えきれていない様子だが、一応は静かに授業を受けている。

 そんな中、おもむろにライラックが机を寄せてきた。

 心なしか、教室内が色めきだつ。


「ねえ、葉月くん」


 場の雰囲気も何のその、ライラックは小声で話しかけてきた。


「さっきも話したけど……転校初日でまだ教科書が用意できてないから、見せてもらってもいい?」

「あー……まあ、いいぞ」


 俺は周囲の気配にやりにくさを感じながらも、机と机の間に教科書を差し出した。

 すると、ライラックはそれを覗き込みにきて。

 ついでとばかりに、さりげなく身を寄せてきた。

 肩と肩、腕と腕が触れ合う程の距離。

 ……近い。いや、本当に。これは近すぎるだろ。

 密着しているような距離感に、俺は戸惑いを隠せない。

 その心中を、知ってか知らずか。


「こうしてると、葉月くんの温もりがよく分かるね?」


 ライラックは、黒板から視線を外し、こっちを見て楽しげに目を細めた。


「ふふっ、あったかいなあ……」


 更に、ライラックは心地よさそうに、そして大胆にも、身体を擦り寄せてきた。

 ……もう少し、人目というものを憚ってほしい。

 案の定、クラスメイトたちの注目を一層集める羽目になっている。

 謎の美少女転校生と痛いぼっちの大胆な行動に、度肝を抜かれているような反応だ。


「……でも、ちょっとどきどきするかも」


 再び黒板の方を向きながらそう呟くライラックの横顔は、耳まで赤くなっていた。

 ……だから、恥ずかしいなら最初からやるなよ。

 一限目からこれとか、先が思いやられる。




 午前の授業はすべて、一限目同様ライラックと密着した状態で受ける羽目になった。

 二限目ではまだ多少ざわついていたものの、三限目辺りからはクラスメイトたちも徐々に見慣れたというか、耐性がついたようだった。

 ……俺は全くそんなことはなかったし、ライラックも飽きる気配がなかったが。

 ともあれそんな調子で迎えた昼休み。

 今日は購買でパンでも買って、どこか適当な場所で食べようかと思いながら席を立とうとした、その時。


「ねえねえ、葉月くん」


 ライラックに呼び止められた。

 俺はなんとなく嫌な予感がしながら、振り返って耳を傾ける。

 するとライラックは、全く教科書が入っていないと宣っていた鞄から、小包みを取り出した。


「実は今朝、早起きしてお弁当を作ってみたんだけど……お昼が決まってないなら、どうかな?」


 ライラックは得意げな笑みを浮かべながら、包みを解いて弁当箱を見せてくる。

 女の子の、手作り弁当。

 俺には一生縁のないものだと思っていたが、まさかこんな形で舞い込んでくるとは。

 ……まあ、わざわざ作ってくれたというのなら、断る理由もない。


「あー……そういうことなら、ありがたく貰っておくよ」


 俺は軽くお礼を口にしながら弁当を受け取り、その場を去ろうとすると。

 その袖口を、ライラックに摘まれた。


「葉月くん、どこ行くの?」

「いや、それは……」


 答えながらライラックの手を振り払おうとするが、想像以上に力が強い。


「一緒に、食べよ?」


 そう言う笑顔の裏に、何やら力強い意志が感じられるのは気のせいだろうか。

 周囲に目を向けてみると、やはりと言うかなんというか、ライラックと俺は注目を浴びていた。

 ……ここはこれ以上目立たないためにも、潔く従って場を収めるのが無難だろう。


「……わかった」


 俺は一つ息を吐いてから、再び席に着いた。


「ふふっ。じゃあさっそく開けてみて?」


 ライラックは、嬉しそうに促してきた。

 自分は一体何をしているんだろうかと、妙な現実感のなさに襲われながら、俺は弁当箱を開けてみる。

 中身は手作りと思しきおかずが色々と。肉に魚に野菜とバリエーション豊富で、正直なかなか美味しそうだ。

 しかし、我が家の冷蔵庫にこんな多種多様な食材があっただろうかと疑問に思いながら、どれから手を付けようかと迷っていると。


「はい、葉月くん。あーん」


 箸を手にしたライラックが弁当のおかずの中から唐揚げを摘むと、甘い声を鳴らしながら俺の口に差し出してきた。

 ……頼むから、もう少し時と場所を弁えることを覚えてくれ。


「ほら、あーん!」


 俺が顔を背けると、ライラックはやや不満げな態度を露わにしながら、箸を突き出してきた。

 更に顔を明後日の方へと向けながら周囲に気を配ると、教室内のクラスメイト以外にも、別のクラスや学年の生徒が廊下から俺たちのやり取りを眺めていた。

 まさか、ライラックの噂でも聞きつけてきたのだろうか。

 野次馬根性が旺盛な生徒たちは、俺以外には目もくれずにいちゃつこうとするライラックの大胆不敵ぶりを見せつけられて、一様に圧倒されたような表情を浮かべていた。

 周囲からは、痛い装いをしたぼっちと謎の美少女転校生が二人の世界を形成している……ようにでも見えたんだろうか。

 ともあれ俺の思い描く限りでは割と最悪な形で、ライラックの転校初日は進んでいた。

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