街灯

きのみ

街灯

 電化されていない単線の鉄道に乗って人生のその先とはなどといったことを考えだすようになるほどやることのない時間を過ごすと私の郷里に着く。土地のほとんどの人は自分たちの車で移動するし、ごくたまにみかける観光客は好んでそういうところに来ているので実際にはそんな時間を過ごす人は少ない。

 周囲を山に囲まれていて、どこにいても視界の一部に山が入ってくる。山というものが壁ではなくて、山という漢字のなりたちのような山が本当にあることを知ったのはずいぶんといい歳になってからだった。緑だったり赤かったり白くなったりする壁の中で大きくなった。山を越える能力を持っていたうえに両親、特に母は私を外に出したがったのでいくつかの中継地を経てついに海の見えるところまで来た。海も毎日見ると山と変わらないだろうと思っていたけれど、いつまでも海は海だなと思うようになった頃に祖父が危篤に陥った。それで急いで帰省した。

 葬儀に参列するのは初めてではなかったが、故人の近い肉親の立場は初めてだった。あるいは知らない親類にとりあえずのあいさつをして、あるいは意外な人の来訪に驚いた。どこでどう知ったのだかわからないが参列してくださるからには冥福を祈る気持ちがおありなのだろうと考えてから会場にいる間は努めて背筋を伸ばしているようにした。

 だいたいの物事が落ち着いてから家の近くの個人商店に行った。そこはもう何屋なんだかわからない、田舎にありがちな小店舗である。小学校への通学路上にあたるのでよく通っていた。行ってみると店のおばちゃんはまだいたので安心した。おばちゃんとはいうものの、ただ習慣としてそう呼んでいるだけで年齢とそれに見合う風貌はまったくのおばあさんである。

 「お久しぶりです。まだ耳は聞こえますか」と言うとおばちゃんは「あんたいつ帰ってきなさったんや」と聞いてきたので健康なようだった。妙におばちゃんとお喋りがしたくなって、いろいろと言ったり聞いたりした。おばちゃんがどこで生まれてどうやって今ここにいるのか知って、昔はこの辺りも景気が良かったという噂の証人が増えた。

 おばちゃんの背後の煙草がおいてある棚の端によくわからないものがあったので「それ何。そんなん売ってるの」と聞いた。

「これか」

「ちがう。端っこのやつ」

「ああ、これか」

「それ。それ何」

「これなあ、よくわからん。煙草の会社の人が置いていった。いらん言うのもわるいからなあ、置いてある。けど、きれいやろ。宝石みたいちがうか」

「おばちゃん宝石見たことあんの」

「ないなあ。ないけどこれ宝石みたいやろ」

その日はそれで帰って、寝る前になって涙が出た。

 海辺の街に戻ってから周りの人に「宝石みたいだという言葉は宝石を見たことがない人に言ってほしい」と言おうとしてやめた。

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街灯 きのみ @kinomimi23

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