森の出口まで来たところで。

「ありがとうございました!」

 深々とお辞儀をした後、少女はパタパタと、村へと走っていく。

 残された俺たちは……。

「ポール、どうする?」

「そうだな……」

 レイチェルに聞かれて、俺は空を見上げた。まだ夕刻の空の色ではないが、太陽の位置は、思ったよりも西に傾いていた。

「じゃあ、俺たちも戻ろうか」

 俺の方から行動を提案するのは珍しい。基本的に俺たちは、俺が黙ってレイチェルに従うというパターンばかりなのだ。

「そうね。ちょっと早いけど、もう今日は切り上げましょう」


 拠点とする街まで戻った俺たちは、いつもの酒場へ。

 一日の疲れを癒す意味も込めて、酒を飲みながらの夕食だ。

 大皿で肉料理やサラダを注文。それを取り分け、パンやスープと共に食べる。俺の方のスープはポテトの冷製ヴィシソワーズ、レイチェルの方は温かいコーンポタージュだ。

 俺がスープを頼んだ時には、彼女は「ビールだけでなく、スープまで冷たいのがいいの?」と笑っていたのだが……。

 いざ、食べ始めてみると。

「ポールのスープも、ちょっと美味しそうね」

 彼女の表情に、物欲しそうな色が浮かぶ。

 モンスター相手には勇ましい魔法使いだが、こうして酒場で見る彼女は、赤い長髪の美しい、丸顔の普通の少女だ。腰回りは細いし、それなりに胸は豊かだから、スタイルも良いと言うべきなのだろう。

 何よりも、

「一口ちょうだい。あーん」

 そう言って口を開けたレイチェルは、普通に『可愛い女の子』にしか見えない。「他人が食べていると美味しく見える。だから一口ずつ交換しましょう」ということなのだろう。

「わかった、わかった」

 苦笑しながら俺は、自分のスプーンでヴィシソワーズをすくって、レイチェルの口へと運ぶ。

 そんな様子を見ていた隣のテーブルから、冷やかしの声が飛んできた。

「おう、おう。ポールのとこは、いつ見てもラブラブだな!」

「相変わらず尻に敷かれてやがるぜ!」

 酒の席での冗談だ。

 レイチェルの口からスプーンを引き抜いた俺は、こちらも冗談半分、一応の言葉を返しておく。

「いやあ、俺は、彼女には恩があるから……」


 そもそも俺がレイチェルと知り合ったのは、街の外で行き倒れていたところを、彼女に助けられたという経緯からだった。

 一宿一飯の恩と思って、一緒に冒険をしているうちに、いつのまにか『一宿一飯』どころか、彼女の家で暮らすようになっていた。まあはたから見たら同棲カップルなのだろうが、恋愛感情も肉体関係もないので、俺は『同棲』ではなく『同居』だと思っている。

 それでも、冒険者仲間からの「尻に敷かれてやがる」という言葉に、俺は強く反論する気はない。

 実際、俺は彼女に頭が上がらないのだ。

 たった今の「一口ちょうだい」エピソードが示すように、彼女の言うことは、何でも聞き入れてしまうのだが……。

 そこのところを、他人に詳しく説明するつもりはなかった。

 今この場に、本当の意味で俺を理解できる者なんて、一人もいないのだから。


 レイチェルでさえも、わかっているようでわかっていないはず。

 なぜならば、俺は転生者であり、彼女はこの異世界の人間なのだから。


 転生者は転生者同士にしか正体を明かさない。それが暗黙の了解だ。

 ルールではなく、あくまでも、ルールに基づいて自然に生まれた『暗黙の了解』だった。

   

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