編成・後

 アズルトは思う。ゲームでの編成とは心躍るものであったのに、現実となるとどうしてこうも憂鬱なのか、と。

 いや、どうしてもなにも理由は明白なのだ。

 ただ言葉にしたくないというだけで。


 なぜゲームにおいて編成に悩む時間が楽しかったのか。

 それはスキルやステータスだけを見ていればよかったからだ。

 目的を定め、それを満たす最適解を探す。結果は様々な形の強さとなって表される。


 例えば愛着があるキャラがいるとする。

 そのキャラを活躍させることを目的に定めるならば、そのキャラの持つ特性を活かすことの出来る面子の組み合わせを探すわけだ。


 通常運用ではぱっとしないキャラが、組み合わせで化けるのは愉しい。

 手も足も出なかったボスを装備や編成の工夫だけで打ち倒すのは、辛勝であればあるほど爽快な達成感を与えてくれる。

 ボスの行動を分析し、メタ構成を組んで完封してやるのも痛快だ。


 縛りをかけてギリギリの攻略をする楽しみ方もある。

 通常プレイで見向きもされないキャラをエースに据えられるのも、縛りプレイならではの楽しみだ。


 けれどな、現実はそうではない。

 人間関係とかいう厄介にして面倒の極みが選考の中核を占領してしまう。

 互いの能力を最大限に引き出せる組み合わせがあったとしても、性格の反りが合わなければ、能力の相性など屁の突っ張りにもならない。

 なにが悲しくて興味もない赤の他人の相関図を前に、ひいこら言いながら思い悩まなければならないのか。


 そもそも、である。

 アズルトに対人関係の改善に繋がる発想が持てるのなら、クト以外とも、もっとマシな交友関係を築いているという話だ。

 であるからして、アズルトはこの組の編成には積極的に口を挟む気がなかった。

 人格を全否定して技能だけを指標に組ませてくれるというのであれば、そしてそれでうまく回るというのであれば、進んで知恵を絞ったのだろうが。



 ◇◇◇



「戻ったぞ」

「失礼します。あら」


 ノックもなく扉が開き、クトに続く形でメナが部屋に足を踏み入れた。

 ベルナルドとグリフの同席に驚きを示したが、迷いなくまずは扉を閉めた。

 更新された結界を目の当たりにしても、小さな微笑みを垣間見せただけである。

 やはり騎士狂いは伊達ではない。


「御機嫌よう、皆様」

「まずは感謝を、メナ・ベイ。そして夜分に呼び立てたこと、誠に申し訳ない。ベイの虜になってしまった子羊があまりにも多くて」


 用意しておいた椅子を勧める。

 男爵家の4男が伯爵家の子女に使う言葉としてはいささか軽いが、家名を名乗ることのない騎士狂いへの言葉としては固すぎるくらいだろう。

 彼女の求めに反しているという意味では、むしろアズルトのこの対応は無礼とすら言える。


 しかし彼女に対してだけは、バルデンリンドの子山羊の役で接すべきとアズルトは判断したのだ。

 彼女の属する騎婦人の会の後援は、他ならぬバルデンリンド公爵家であるからして。


「お気になさらないでください。それに私もすこしだけ心躍る気持ちを味わわせていただきましたの。ベイから助力を求められることなんて、これから先あるかどうかも分からないことですから。それで、ご用件というのは」

「ベイの美しい御令嬢ぶりに、組を率いる立場にある彼らまで魅了されてしまってね。組をまとめる役として誰が相応しいかという問いに、ベイの名を挙げる始末だ」

「あらあら、それは困りましたね。ところでアズルト・ベイ」


 愛らしく小首を傾げるメナの瞳は「なにか言うことがあるのではありませんか」と静かに語っている。


「彼らの目も欺ける、その情報で手を打ってはもらえないか。それに雑事で時間を取られるのはベイの本意でもないと思うんだが」

「ベイはお上手ですね。でもそうですね、今度しっかりと手合せをしてくださるのでしたら、許して差し上げてもよろしいですよ」


 それは正しく『メナ』の本領発揮だった。

 助力と聞いて、始めからアズルトの譲歩を狙っていたのかもしれない。


 譲歩である。

 アズルトは人目のある場での訓練において、『アズルト・ベイ・ウォルトラン』に設定した力量を8割ほどでしか振るっていない。

 もっともただ手加減するだけでは訓練にならないので、アズルトは自身にデバフ――能力を弱体化させるための魔術を多重に付与している。

 もちろんバッテシュメヘ教官に露見すると事なので、徹底した魔術隠蔽も併用だ。


 それはしかし、メナには見抜かれていたのだろう。

 魔法を、という意味ではない。

 騎士に精通するメナは、加減をしているという結果をまず読み取った。

 過程は……彼女にとっては関心の外なのかもな。


 アズルトにメナの要望を蹴るという考えはなかった。

 どこまで見せるかというところが悩ましい。値切りは可能だろうが、この騎士に魅せられた狂信の徒に出し渋るのは、愉しみに欠けると言わざるを得ない。

 自身の悦楽と、与えられている役割との妥協点をどこに定めるか。


「ん」


 不意に袖が引かれた。

 向けられるじとっとした眼差しは相変わらず感情を読むのが難しいが、ぺしぺし当たる尻尾からいって抗議かなにかだろう。

 自分との立ち合い以上のものは許さないぞ、といった類の。

 縄張り意識ではないが、クトはこういったの話になると、断固として自分の優先を譲らないことがある。


「こいつ基準で相手をするってことでいいか」

「はい」


 メナの顔に作りものではない、いつか己の嗜好を語った時と同じ、心からの笑みが咲いた。


「というわけだ、子羊たちもいい加減に夢から醒めろよ。それから――」

「分かっている」

「本当に分かっているのか、ベルナルド。他の子羊たちはメナ・ベイの乙式錯術の影響下にある。目を醒まさせようとすればそれはすなわち敵対行為だからな。おまえらに伝えた俺には、まあ責任がある。場合によってはメナ・ベイの意向に従って剣を抜くからな」


 敵ではない者の術理を暴いたのだから、それくらいの骨は折って当然というのがアズルトの合理であった。


「お心はありがたく受け取っておきます、アズルト・ベイ。ですがベイとは他のものを頂くお約束をしてしまいました」


 けれど当のメナは助勢は不要と拒絶の意を示した。

 それは思うに、謙虚が故の辞退ではない。

 なったらなったでそれを有効活用し、将来の糧とする。そんな思惑が透けて見える。


「承知した。機会を奪うような真似はしない、それで良いか?」

「ええ」


 ベルナルドらに伝えるべく形にした言葉、それに対するメナの返答がすべてを物語っていた。


「オレは……オレはもう、なにも信じられなくなりそうだ」

「北寮会は酒を扱っているって知ってるか」


 項垂れるグリフの肩に重々しい所作でベルナルドが手をかける。


「行くか?」

「いいな」


 そんな消沈しきった男たちを余所に、メナの興味はすでに別のところに向いていた。


「クレアトゥールさん」

「ん?」

「チャクさんはどうですか?」


 クトの愛想のない眼が、ほんのわずかだが緩んだ。


「おまえと似た臭いがする」

「そうですか。ふふ、楽しみが増えました」


 こうしてメナと言葉を交わしているクトの姿は、相応に年頃の少女らしく見える。

 話題には目を瞑る必要があるし、そもそもの口数が多くないクトであるから、語らいはこのわずかな往復で完結してしまうのだが。


 ただまあ、双方がこれで満足しているようなので良しとしておこう。

 チャクについて気づいたのは、グリフが語ったような経緯なのだろう。

 それはさておき、折角メナを呼んだのだからもうひとつの案件もさっさと片づけてしまおう。


「メナ・ベイの時間がよければ、同席してもらっても構わないか?」

「私でお役にたてることはあまりないと思うのですけれど」

「ハルティア・ベイとオルウェンキス・オン、どちらに組を任せたら良いかという話になっているんだが」


 純血派の家系でありながらバルデンリンドの騎士と似た哲学を持つメナは、生粋の純血派であるオルウェンキスから、明確な敵意を向けられている。

 メナからしてみれば羽虫がちょっと騒いでいるくらいの認識だろうが、確かめられるのであれば、その意思はきちんと確かめておくべきだ。


「私はオルウェンキス・オンを首魁に祭り上げることに異論はありませんよ」


 ベルナルドらの目をも欺くメナの演技は、その思考まで貴族の形に洗練されている。

 彼女の返答はアズルトの真意を酌んだものだった。

 すなわち、オルウェンキスに4組ルースを率いさせたいという。


 この流れにベルナルドたちも呆けている場合ではないと悟ったのか、意識をこちらに向けた。

 だが、メナの言葉はこれで終わりではなかった。


「むしろ問題になるとしたら、私ではなくアズルト・ベイ、貴方であるとお伝えしておきます」

「俺が?」

「先ごろオルウェンキス・オンから同盟の打診がありました」


 同盟とはまた仰々しい。

 気取った言葉を使いたがるお貴族様らしくはあるが。


「そういった話が出ているのか、ベルナルド」

「いや、私は聞いていない。純血派とは別と考えてくれ」


 どうかな、と思いはするが思うだけだ。

 生憎とアズルトは、ベルナルドほどオルウェンキスの性格を把握してはいない。

 妙に毛嫌いされていることだけはよく理解しているが、それもまさかメナとの確執を捨て去るほどのものとは思っていなかった。

 まったく以て不測。これだから人の感情は恐ろしい。


 しかしそれはそれとして、状況は割とアズルト好みの、つまり愉快な方向へと転がっているようである。


「仮想敵は俺たち、と。使えるか?」

「へいへい、おたくらは話が早くて助かるねえ。名前を出すのを躊躇ったオレが馬鹿みてえだ」


 この場にオルウェンキスを長とすることに異議のある者はいない。

 オルウェンキスは馬鹿で阿呆でおまけに屑を付けても余りある、血統主義に凝り固まったどうしようもないほどのお貴族様だが、その気概だけは確かだった。

 折れないのであれば、叩いて整える余地がある。

 おまけに今、オルウェンキスは自発的に主義を曲げ、アズルトらの打倒を目指し動き始めた。

 これを利用しない手はないだろう。


 グリフが木札を並べ替え、5つのグループを9つの班と保留の塊に作り変える。


「ココト嬢を旦那の預かりにして、ディスケンスは武闘派の中に放り込む。フェルトんとこのフォローは旦那からダダを借りることになってる」


 当初の要望に対する回答がまず提示された。

 そこで手を止めたグリフに、隣からかける声があった。


「私からもひとつよろしい?」

「意見は歓迎するところだ、メナ・ベイ」


 メナの手がすっと卓上に伸び、保留の木札の中からガガジナを取り出す。


「彼を私たちの班にお誘いしたいのです」


 言ってキャスパー、メナの札の隣に並べる。

 そこに連なる3つの名は、ゲームにあって狂犬で詰まったら試せと言われる鉄板編成だった。

 もちろん晩成型のガガジナを入れるわけだから、相応の育成が求められるのだが。


「案外乗り気なんだな」

「はい。それから、オルウェンキス・オンはベルナルドさんを手放さないと思いますよ」

「奴の気の迷いではないと」

「気まぐれで謝罪を口にできる方ではないでしょう?」

「昨日の件で私がこやつと付き合いがあるのは知られたはずだ。それでもなお?」

「ええ」


 オルウェンキスの人間性を仲立ちに、メナとベルナルドの間でなにやら見解の一致を見たらしい。


「ならばダニール・ベイには悪いが」


 ベルナルドが札を入れ替えると、グリフが他との兼ね合いを考えつつ調整を施す。


「2班でやれるのか?」

「隊ではないでしょうか」


 これまでと打って変わって、ベルナルドがずいぶんと楽しげである。

 目的ができたからだろうか。

 アズルトの班を打ち倒すという。


 ここまで丸投げにしておいて、それはどうにも狡いと感じるアズルトであった。

 しかし今更、攻略される側になったアズルトが口を挟めることではない。


「メナ嬢から見てもそう思うか」

「アズルト・ベイをクレアトゥールさんから引き離すのは大前提です。ベイの援護を受ける彼女を、私たちに倒すことはできません。そして引き離した上でなお、私の班にできるのは彼女を抑えるところまでです」

「我々ではアズルトに勝てない、と」

「ベイがいつも負けておられるのは、魔術をまるでお使いにならないからですもの」

「同感だ、メナ嬢。ではこやつらに気張ってもらわねばなるまいな」


 だからアズルトは組まれていく編成を見ながら、自分の班がどうそれに対処するかを考えることで身から出た不愉快を紛らわせるのであった。


「グリフ、貴様の班はそれで良いのか?」

「ああ、問題ない。5番手につける自信はある。それにフェルトの身内を抱え込むよりよほど安全だ」

「言ってくれる。ではこれで動くということで良いか?」

「俺は構わない。メナ・ベイは?」

「希望は通していただきましたから」


 こうして4組の支配者と9班の編成が、この場にいる4人と、おまけ1人の意思のみで決められたのだった。


 並べられた札は上から順に。


 1班:アズルト、クレアトゥール、チャク

 2班:キャスパー、メナ、ガガジナ

 3班:オルウェンキス、ベルナルド、ココト

 4班:ディスケンス、ニー、ジェイク

 5班:ハルティア、エレーナ、アルジェ

 6班:グリフ、ディン、キオラ

 7班:フェルト、ユリス、ダダ

 8班:ダニール、ポルト、フギム

 9班:ルールー、ゲオルグ、ハター


 と定められた。


 そして6日の後、仮編成が行われると、この日に卓上に並べられた木札の通りの班組みが行われ、暫定的ながら4組の組としての活動が開始されることとなったのである。

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