編成・中

「現在、4組ルースは大きく5つのグループに分かれている。まず伯爵派。いずれも貴族だ」


 グリフはそう言って、木札の山からエレーナ、ハルティア、アルジェ、グリフの札を抜き、ひとまとめに並べる。


「次いで純血派。ひとりを除いて裕福な家柄だ」


 オルウェンキス、ダニール、ベルナルド、ゲオルグ、ハター、そして除かれるひとりであるダダを示して塊にする。


「それに騎士派。主役のふたりが騎士家じゃないんだが、分かりやすいからな」


 抜き取られたのはキャスパー、メナ、そして騎士家のニーとジェイクだ。


「で、平民派。貴族がふたりほど混じっているがこちらも特徴からそう呼ばれている」


 ユリスとココトの2枚を示しつつ、フェルト、ディスケンス、ディン、キオラ、ポルト、フギム、ルールーを弾いていく。


「そして残りが赤山羊派だ」


 まずアズルトとクレアトゥールの札の位置を整え、そこにガガジナとチャクの札を1枚ずつ加えていく。

 出来た5つの塊は、凡そアズルトの分類と違わない。

 凡そと言うのは、最後のひとつをアズルトがグループとして認識していないためだ。


「なあ、リド。赤山羊ってなんだ?」

「俺が聞きたい」


 グリフを睨むと、即座に両手を掲げ無抵抗の意が示される。


「オレに噛みつかないでくれよ。組ではこれで通ってるんだ。文句があるなら言い出したオルウェンキスの坊ちゃんにでも言ってくれ」

「バルデンリンドの象徴である山羊と、貴様らの髪色が揃って赤系統だからな。赤の呼称ならば聞いたことがあるのではないか?」

「あるな、狡い真似をする。ところで、このふたりが混ざっている理由を聞いてもいいか」


 ガガジナとチャクの札を突いて問う。

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの表情が返ってきて、溜め息を吐きたくなった。


「昨日の騒動と今日の両人の様子から、もう分ける必要はないと判断した」


 グリフの言葉の通りならば、本来はアズルトとクトのふたりで勢力のひとつとして数えられているということ。

 孤立しているふたり相手になんとも滑稽な話だ。


「先を」


 どうだと尋ねる視線は無視した。


「まず4組の抱える最大の問題を話しておこう。4組には上3組のような強力な統率者がいない。1組には第二王子殿下と第三公女殿下、2組にはハルアハの第一王子殿下とバルデンリンドの姫、3組はジンバルト・ドゥカスという男が掌握している。対する4組はと言えば、マダルハンゼ閣下が折衝役として奔走しなんとか形を保っている状態だ」


「なにが問題なんだ」


「統率者の必要性だが、これが不在だと内部分裂からの対立、崩壊に歯止めが効かなくなる。精神的余裕を欠いた果てに待つのは、大量の脱落者だ」

「退学もさることながら、事故死や殉死が劇的に増える。過去には殺人すら起きていてな……」


 聞き役に回っていたアズルトをクトが見た。

 精神的余裕が引っ掛かったのか、事故死が引っ掛かったのか。

 個々に当て嵌まる部分はあるものの、クトにそれを実感として求めるのは難しいかもしれない。などとアズルトは考えたのだが。

 クトはなにやら納得した顔で首肯している。


「閣下はこの役に向いていない。旦那が言った通りあの人は凡才だ。人格者ではあるが、それは逆に仇となる部分だろう。責任感で今の役割を引き受けているものの、言ってしまえばそれだけなんだ。有事の際に対応するだけの能力はない」


「我々が事態を収拾できたとして、彼女が今の役割を続けられるかは怪しいものだな」


「厄介なことに、火種はすでに平民派に眠っているんだよな……。さて、伯爵派の抱える問題は先の通りだ。純血派は他派閥への攻撃性が問題だが、内部は安定している。騎士派の問題は赤山羊派以外への関心がなさ過ぎること。赤山羊派は……問題しかないのが問題だ。ホントなんなのあんたら。毎月騒動起さないと気が済まないの? 昨日も閣下が顔を真っ青にしてたんだけど。事情説明したの旦那だし」


「あ?」

「すんません」


 脱線しかけた話は、クトのただのひと声で正された。

 そして追い打ちは基本。


「平民派の火種」


「はい……。平民派の中核がフェルト、ディスケンス、ユリス、ココトの4人だってのはいいか?」

「ん、問題ない」


「彼らは学園に入る前からの知り合いでな、身内意識が強い。ただこれが近頃悪い方向に傾き始めた。元々は同郷のフェルト、ディスケンスのふたりが騎士を目指していたんだ。そこに両人の実力を買ったユリスが、彼女の幼馴染であるココトが加わった。フェルト、ディスケンスの関係にユリスが割り込んだことで、そこに歪みが生じ始めたのは、学園に入学する直前のことらしい。


 ユリスは感情に素直で、思慮が浅いところがある。良くも悪くも子供なわけだ。彼女の好意に起因するフェルトへの身びいきは、若干ディスケンス優位だったあいつらの距離感を崩しちまった。


 数少ない例外を前に話すのはどうにも滑稽だが、学園での生活は身分を露骨に映し出すもんだ。確かな後ろ盾を持つフェルトと、それを持たないディスケンスの差は広がる一方。フェルトに曲がりなりにも人をまとめる素養があったのも事態を悪化させている。


 すぐにどうこうという話じゃない。ただ関係が崩れた後、潰れるのはおそらくフェルトだ。


 あいつは伯と同じなんだよ。ユリスの期待に応える形で今の立場にあるが、当人が望んでいるわけじゃない。立場が人を育てることもあるが、その前には波乱が待っているわけで、モノになるかも分からない人間ひとりのため、そんな面倒にオレたちが巻き込まれてやる義理はない。


 それにあいつにとってディスケンスは割と大きな存在らしくてな。仮に平民派を維持できたとしても、ディスケンスとの確執が残る。それはユリスに波及し、ディスケンスの流れた先との軋轢にも繋がる」


「うーん、リド」


 あまりに具体的な話でついていけなかったらしい。

 しかしこれは仕方あるまい。

 アズルトとしてももっと大枠の話が来ると思っていた。


「フェルトらの仲違いは、4人の間の話では終らないってことだ。それにしても当事者かってくらい詳しいんだな」

「あいつらにとって、オレは相談できる数少ない相手だからな」


 客観的に語ってはいたが、これは当事者と言って差し支えないのではないだろうか。

 義理はないとグリフは語っているが、マダルハンゼ伯の件といい、子山羊にしては人が良すぎる気がしないでもない。


 バルデンリンド公からの指示で動いている、という線は薄い。

 資料を読んだ限りでは、ただの数ある子山羊の1匹だ。

 才能にしても将来的に赤位に至るだろうという程度のもの。

 情報収集能力は諜報担当として使えなくもないだろうが、これが利益追求による行動でなければ、性格面で弾かれることになるだろう。


「相談を受けた身として対策は」

「こうしてあんたらと膝突き合わせているのも策のひとつだ」


「俺たちにどんな役割を期待する?」

「あんたらの班でココト嬢を――」

「却下」


 クトがばっさり切り捨てた。

 直前まで、いや今もまだうんうん唸っているが、こちらの話にはしっかり耳を傾けていたようだ。

 消化しきれず苛立っているのが尻尾の動きから分かる。


 手で布団の上に押さえつけてやると、びくりとしながら振り返る。

 表情が不機嫌から険悪まで冷え込んでいるが、これでそこまで怒っているわけではない。

 触れたことへの自動的な反応だ。

 布団を乱暴に叩いて乱れていた毛並みを整えてやると、そのままの顔でそっぽを向いた。


「アズルト・ベイ」


 クトで遊んでいる場合ではなかった。

 自発的な意思の表明に、少々気分が愉快な方に振れてしまっていたようだ。

 もっともグリフの問いはアズルトの意思確認、より正確には理由の提示を求めるものであって、遊びに対してのものではない。


「悪いがこいつの言う通りだ。実は今朝がた先約が入った。それに……そいつは用意してきた案ではないだろう?」

「参ったね。ところでその先約ってのを聞いていいか」

「チャク・アペルタリ。俺とこいつの利害が一致した以上、他を選ぶ気はない」


 アズルトは明言する。


「あー、くそ。分析が正しかったのに喜べねえ」

「あの娘の行動力を甘く見ていたな。しかし進んで外道に踏み入るか」


 男ふたりの独白は方向性こそ違うものの、共に悲嘆に暮れていた。

 より深刻なのはグリフのものだろうか。


「それは絶対か? より条件の良い相手が他にいたとしても?」

「グリフ・ベイ。残念だがそんな相手は見つからない」


 そもそもグリフの推したいココトは、アズルトらの求める人員からは程遠い。

 どれだけ言葉を積まれようと、3人目に選ばれることはないと断言できる。


「そこまでの逸材だったと」

「少し違う。彼女に勝る都合の良い人間は、条件的に組に存在し得ない」


 アズルトらに関心を持たず、力を渇望し、クトを恐れても隔意はなく、そして遊戯会に所属している。

 先3つを満たす者はいるかもしれない。しかし4つすべてとなると、チャクを除けばガガジナが当て嵌まるかどうかといったところ。


 そしてそのガガジナに、クトはさして興味を持っていない。

 ガガジナはアズルトらと同じく求道者なのだろう。けれどそれは、猛り狂い身を焼き尽くさんとする熱量には、まるで足りていない。


「ああそうだ。チャクが俺たちの所有物になったと、組の奴らにはそれとなく伝わるよう取り計らってもらってもいいか」

「所有物、な……」

「その方が誤解なく伝わる」

「引き受けよう。ただ、今回の相談と合わせてお代は貰いたいね」


 相互利益のための相談会だと途中から認識を改めたのだが、どうやら吹っかけたいなにかが、グリフにはあるらしい。


「要求は」

「オレもあんたらの企みに混ぜちゃくれないか」


 場が凍った。

 比喩ではない。

 アズルトが結界の強度を高め、直後にクトが扉と窓を氷塊で封鎖したのだ。


「ベルナルド」

「疑うのは当然だがこの件を私は関知していない。神に誓おう」

「わ、悪いな旦那」

「もし本気でそう思っているなら、次からは私のいないところでやって勝手に死ね」


 頬を伝う汗を拭うこともせず、ベルナルドは口と眼だけを動かし静かに抗議する。

 椅子の下に無数の逆氷柱が伸びていることを知れば、誰しもそうなるものだろう。

 グリフもそれには気づいているみたいだが、自身の下のものには気づいていない様子だ。


「その企みがなにか分かって言っているのか」

「面子から言って魔術絡みだ」

「なぜその話をベルナルドではなく俺にした」

「旦那からあんたらに話を持ちかけるなんてあり得ない。旦那はオレと関わることすら避けていた節がある」


 ドラマルスほどの豪商ならば、表の子山羊については知識があって当然だろう。

 しかしこいつはどうしたものかと、アズルトは内心首を傾げる。


 アズルトへの警戒の甘さから言って、グリフは白で確定だ。

 特別な役目を与えられていない、白い子山羊。

 白い子山羊たちに与えられる使命と言えばひとつしかない。


 ――強者たること。


「ベイ、それは子山羊としての要請か?」

「おいアズルト!」


 立ち上がりかけたグリフの靴が瞬時に凍りつく。

 グリフが驚愕を抱え足もとに視線を向け、自身を指向する氷柱の存在に遅ればせながら気づいた。


「俺は問いを繰り返さないといけないのか」

「クソッ、要請だ。だから余計なことは口走るな」

「ということらしい。席をひとつ増やすことになった。手間をかけるが文句はそいつに言ってやってくれ」


 アズルトが告げると、氷群は瞬く間に魔力の塵となって消えていく。

 部屋に残ったのは確かな冷気とふたつの溜め息だけ。


「手間はいいから心労をかけるな」

「会については後で詳しく話す。ただし、聞いてから引くことは許さないし、途中で脱落も許さない。口にした以上は意地を通せよ」

「二言はない。しかし旦那はよくこんな奴に付き合う気になったな」

「発言は控えさせてもらう」


 増えた手間を考えると実に不快だった。

 隣でこれでよかったかとクトが尻尾をぶつけてくるので、軽く撫でて感謝を伝える。

 それから、気が抜けだらしなく座るふたりに、厄介事はすべて押し付けることを決めた。


「会に所属することになったんだ、多少無茶を言わせてもらう。今ある条件で、4組の編成の最適解を考えてくれ」

「会とどう繋がりが?」


「これ以上、ベルナルドの負担を増やすわけにはいかないだろ。それにグリフ・ベイにも会に割く時間を確保してもらう必要がある。組の安定は必要不可欠と言っていい。乱れた組の立て直しに奔走するのは無駄の極みだ。班編成を自主性に任せると碌なことにならないのは知っているだろう」


「不可能だ。それができる地盤があるなら、オレたちはそもそもこんなことに頭を悩ませてはいない」

「ならそこから作り直せばいいだろ。先の面倒が半減するなら、今ここでまとめて片を付けるべきだ」


 憮然とするグリフ。失笑するベルナルド。

 変わらぬクトに視線を留め、手早く思考を整理する。と言っても、アズルトの出す答えなんて大半は力技だ。


「取り巻く事情をすべて差し引いて、適性だけで統率者を選ぶとしたら」


 武力を背景にした独裁体制。つまるところはそれだ。


「旦那なら――」

「それでは本末転倒だ。私はもちろん、貴様も除外だ」

「ああそうか、そうだな。となると、ハルティア・ベイ、メナ・ベイ、それから……オルウェンキス・オンだ」


 決まっているようなものだな。

 告げられた3つの名に、アズルトは躊躇いなく担ぐべき人物を定める。

 そこに、隣から不機嫌な声が刺さる。

 それは、アズルトが感じた秘かな呆れに重なっていた。


「おまえらさ、メナのなに見てんだ」

「いいぞー、言ってやれ」

「いいのか?」


 不思議そうに首を傾げる。


「こいつまで目が曇ってるみたいだからな。上に立つ奴らが理解してないとなると、どこかで予定外の苦労が増える。彼女の自業自得だが、その時になってから自分で説明させるのは酷だろ。言ったところで怒りはしないさ」

「分かった」


 クトはグリフに顔を向けると、あのなと切り出した。


「おまえらがなければっていつも言ってる騎士狂いだけどな、それだけがメナだぞ」

「そういうわけだ。メナ嬢は候補から除外してくれ」


 クトの言葉に続けて結論を述べたのだが、グリフにはまるで納得の色がなかった。

 どうやらもっと具体的に言ってやらないと分からないらしい。


「いや待て。彼女は変わったところはあるが、おおむねにおいて人格者だろ?」

「なんだおまえ馬鹿か。それはメナじゃないって言っただろ」

「猫を被るのもまた騎士の務めであり、同時に武器である」

「貴様らが勝手に同族視しているだけなのではないのか?」


 ベルナルド、おまえもか……。


「オ、オレは信じないぞ」


 男たちの幻想は斯くも難く、そしてなんと無情なるものであることか。

 メナ・ベイ・ツィベニテア、罪深い女である。

 それにしても――。


「話が進まない」


 グリフもベルナルドも自分の世界に引き籠ってしまい、意思疎通に支障をきたすほどであった。

 人の理性をここまで堕落させる。

 彼女は天使よりも悪魔が正解なのではないだろうか。


「メナ呼んで来るか?」

「そうだな、不本意だが」

「ん」


 クトが立ち去った部屋でアズルトは、呻く哀れな男たちをただ冷めた目で眺めるのであった。

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