編成・前
チャクとココトの魔術遊戯会への参加が決まってから、俺たちは早速――休憩を何度か挟みつつではあるが――創作遊戯の基本形を叩き込んだ。
騒いでいたフェルトらへの事情説明は、休憩時間にベルナルドが率先して動いてくれた。鈍重な外見に反して腰の軽い男である。
夕方になると、ガガジナ同伴でふたりには寮会へ魔術使用許可の申請に行ってもらった。本日はそのまま解散の流れだ。
ガガジナらが退室し、部屋にはアズルトとクト、それにベルナルドが残った。
残ってもらったと言うのが正しいか。
アズルトにはまだやることがあった。来たる班編成について考えなければならないのだ。
編成の期間は今月末から来月の頭にかけて。
期間の初めに仮の編成を提出し、共に行動し相性などを確かめる。そして期間の終わりに編成を確定し、以降はその班を活動の基本単位とすることになる。
基本的には個々人の判断で班が組まれていく。
小集団の長が割り振る場合もあるが、いずれにせよ班の集合として組が形成される流れに変わりはない。
だがこうして形作られる組というのは、得てして脆弱性を持つものだ。
合同演習で下剋上を果たすことを目標に掲げるアズルトにとって、自主性に任せるなどという生温い選択を、組に許すわけにはいかなかった。
自主的な編成を阻止するために必要なのは、編成期間に先んじての根回しである。
故にアズルトはベルナルドを残した。
そしてココトの身辺事情から編成の話へと持ち込み、それをダシに組全体の編成の話へと広げていった。
アズルトにとって幸運だったのは、ベルナルドもまたこの問題について独自に思案を巡らせていたことだ。
更にはそうしたことに詳しい人物に心当たりがあるらしく、ベルナルドは今晩は厳しいと言いながらも、一両日中に話し合いの場を設けると約束したのだった。
◇◇◇
場所はそのまま、日付を翌日に移す。
近頃来客の増えた室内には、ここの主であるアズルトとクトの他に、ベルナルド・ドラマルスとグリフ・ベイ・オルディスの姿があった。
「名乗ったことはなかったよな。オルディス男爵家3男のグリフ・ベイだ。貧乏貴族の名乗りになんの価値があるのかは、お偉いさんにでも聞いてくれ。オレの知恵を借りたいって相手があんただと知って驚いてるよ、アズルト・ベイ」
「俺もこういう形で話をすることになるとは思っていなかったよ、グリフ・ベイ」
ベルナルドがバルデンリンドの子山羊を連れて来るというのは、アズルトにとっては少々予想外の展開であった。
「知り合いか?」
「同郷、みたいなものだ」
隣からの疑問に肩を竦めると、グリフも眼鏡の奥の瞳を居心地悪そうに泳がせ、無意味に頭を掻いていた。
「んー、覚えとく」
普段とは違う対応になにかを察したのか、クトがいくらか真面目な雰囲気を出している。
「気づいているだろうが、マダルハンゼ伯は身分こそ確かだが、貴族としては凡庸なお方だ。伯が曲がりなりにも組をまとめられているのは、彼女の下でふたりの智者がそれを支えているからだ。ひとりはゲッヴェ辺境伯家がハルティア・ベイ。そしてもうひとりがこのグリフ・ベイだ」
「やめてくれ。オレはただのハルティア・ベイの小間使いに過ぎない」
「ということになっている」
にやりと厚い頬を歪めて笑うベルナルドは、妙に生き生きとしている。
「旦那がオレより高く買ってるのか……」
対するグリフは、ベルナルドの早々の裏切りに参ったといった様相だ。
「どこまで話してあるんだ?」
「ココト嬢を我々の班に引き入れたいというのと、その後の配慮について。潰れられては徒労に終わるからな」
「厄介極まりない相手に目を付けたもんだな。もっと他にいなかったのか」
グリフはココトの起用に否定的なようだ。
まあ無理はない。アズルトとて自分には手に負えぬと管理を諦めた口だ。
人間関係のトラブルはアズルトの管轄外なのである。
「所見は」
「どこから話したものか。アズルト・ベイはうちの組の連中の事情を何処まで把握している?」
「把握していれば理解できているとはならないだろ。俺は無知に等しいさ」
情報を得ていようと、それを理解できていなければ意味はない。
人間の感情の機微などはその最たるものである。
娯楽として誇張されたものならばいざ知らず、道理の通らぬ生の感情は、アズルトの理解を越えていた。
「そうか。いや、問題はない。そういう前提で用意はしてある」
「それの言葉を聞き誤るな。アズルトは我らと同程度に組の事情に通じている。その上で理解できていないと抜かしているのだ」
「お、おう?」
ベルナルドはアズルトという人間をかなりよく理解していると言える。
付き合う上でいちいち説明する手間が省けるのはたいへんよろしい。
ただそれはそれとして、口にする言葉は選んでほしいものだとアズルトは考える。
「ベルナルド・ドラマルス、俺を買い被り過ぎだ。それにこの場にひとり、まるで事情を解していない奴がいる」
「おまえが知ってたら十分だろ」
「俺が話せることなんてたかが知れてるんだよな」
「ん……。分かった、聞く」
クトは先のひと言だけで、アズルトの口から語るには支障があるという意を汲み取って、情報源をグリフとするべく動いた。
アズルト自身が外の情報を欲していて、クトを口実に使っているところまで理解しているかもしれない。
それでいて知ったことを無暗に口にせず、疑問があっても大抵は眼を瞑ってくれる。
アズルトは学園で生活する上で、クトの存在に大いに助けられていた。
その性質は然り、彼女の存在がアズルトの苦手とする煩わしい有象無象を遠ざけてくれているというのもある。
もっとも、同等以上に助けている節もあるので、アズルトは互いの関係を共生と認識している。
さりとて得難い相棒であることに変わりはない。
だからこそ他と比べれば対応が甘くなることもあるし、その成長のためにひと手間負ったりすることもある。
とは言え、今回のこれはそれとはまた別の話である。
「代わりに苦労が回ってくるのはこのオレってことなんだが、まあいいか」
グリフはベッドの間に置かれた卓上に、持参した袋から取り出した小さな木札を広げていく。
札の枚数は27枚。
その表面にはそれぞれ、
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