パーティー

「そこの問題児ふたり。話があるのでこちらに」


 夕食を終えて寮へと戻る途中、アズルトとクトは廊下の角で糸目で赤位のカンカ・ディアに捕まった。

 白鬼を警戒し寮生の流れに紛れていたのだが、この呼びかけに彼らは示し合せたような速足で寮へ逃げ去り、瞬く間に静寂が訪れる。


 カンカ・ディアは寮とは逆へ廊下を進み、角をひとつ曲がった先で足を止めた。

 複合結界が瞬時に展開し、密談の環境が整えられる。


「アズルト・ベイ・ウォルトランならびにクレアトゥール・サスケントの両名に、騎士会からこういったものが届いています」


 そう言って制服の懐から2通の封筒を取り出した。

 そして問答無用で、それぞれの名の記されたそれを押し付けられる。


「招待状です。ちなみに拒否権はありません」

「先約があったらどうするのですか……」

 アズルトが呆れ気味に言うと。


「断ってください」

 温和な笑みでカンカ・ディアが言い捨てた。

 さらに付け加えられるバルデンリンドの子山羊らしい文句。

「ここは騎士養成学校『イファリス』です。騎士の道に優先すべきものがあるわけないでしょう」

 終いにアズルト・ベイには言うまでもないこと思いますが、と添えた。


 騎士会――正確にはイファリス騎士会と呼ぶべきもの――は在学騎士により構成される学園の運営機構であり、同時に彼らの騎士としての躍進を支える後援機関でもある。

 より具体的に語るのであれば、騎士号を得た者たちが技を磨き、情報をやり取りし、自らの進む騎士の道を定める場。


 学年や組といった垣根が取り払われているのが最大の特徴だろう。

 もっとも、進む騎士の道の違いから青派と赤派に分裂していたりもするのだが。


 国家騎士、教会騎士を目指すのでなければ、卒業を延期し騎士会に所属したまま、騎士としての責務を果たすのが主流となっている。

 学園を通じて国家騎士や教会騎士との合同訓練を執り行うこともあり、知見を広げる機会が地方に赴任するより遥かに多いためだ。


「常の通りであれば、4組から選ばれるのはアズルト・ベイではなくキャスパーなんですよ。でも僕は君を買っています。そしてシュケーベ・ディアとテズアラ・ディアも同意見だ。なので彼女の目付け役という形で押し通しておきました。詳細は部屋に戻ってから確認してください。それから、本件は口外無用です」


 くれぐれもと念押ししカンカ・ディアは結界を解くと、就寝の挨拶を残し寮へと戻っていった。

 少し時間を置いてからアズルトたちも寮に帰る。


「おまえと話すのは大丈夫だよな?」


 ベッドの上で封を切りながらクトが尋ねる。

 クトは勉強ができないが頭が悪いわけではないので、カンカ・ディアの言葉が実質的な拘束力を持つことには気づいているようだ。


「一緒に渡されたんだから、とは言えないな」


 書状には騎士たちの夜会なるものへ招待する旨が認められていた。文末に記される『これは騎士の試練である』との文言がなんとも不穏だ。

 これはゲームにはなかったイベントである。生徒間でもこの夜会の噂は聞かない。

 完全に秘された催しというわけだ。


「ただ、俺たちの間であれば話して構わないだろう。ディアは『彼女の目付け役という形で押し通しておきました』と言っていたからな」

「うゎ」

 悲鳴を上げるクトの、遠ざけた書状を見る目は汚物を見るそれだった。

 アズルトにはその気持ちが分からないでもない。


 参加者は本科2年以上の騎士会の面々と、本科1年までの各組指定の2名。

 日時は魔術遊戯報告会前日の夕食の後。食事も出るらしく夕食は控え目にとあった。

 服装規定については悩んでも仕方がない。

 庶民のクトはもちろん、庶民に毛が生えた程度の貴族身分のアズルトでは、選択肢などひとつしかない。


「頼りにするからな」

「いやーこればっかりは頼られてもあまり役に立てないぞ」


 知識はあるが、夜会など実戦経験皆無のアズルトである。

 まあクトの場合は夜会云々よりも前に、やることは多そうだ。

 手ぐしで整えられただけの頭と尻尾を見て、アズルトは珍しく溜め息を露わにした。



 ◇◇◇



 そして夜会の当日となった。

 白鬼からの接触は一切なく、遠くから注がれる視線が、自身の偽装が役を成さなかったことを知らせるばかり。そしてそれは狩りの日取りを決めたことの現れであったのだと、アズルトは遠からず思い知ることになる。


 夜会の会場は、騎士会の領域である学舎北西、その上階にある柱の林立する広間だった。

 立食形式の会で、かなりの量の食事が並べられている。


 これは平時に比べ学園に戻っている騎士の数が多く、それを誤魔化すため夕食に姿を見せていない騎士会員がかなりの数いることがひとつ。

 そしてもうひとつに、騎士はそもそもよく食うのだ。


 騎士の実技の中に料理の科目があるくらいで、更に言えば期末の遠征試験では食料の確保から調理まですべて審査対象となる。

 宝珠により魔力消費の多い騎士はその戦闘能力維持のため、求められる技能が他の魔道士や兵士に比べて多いのである。


 そんなわけで、夜会ながら料理は騎士風のものが主だった。

 それもおそらくは騎士会による自作で、皿によって出来栄えがだいぶ違う。

 と料理の説明から入ったのは、先にあまり喜ばしくない話が待っているからである。


 参加者は100人には届かないだろうが、それなりに多い。

 教官の姿はない。

 居並ぶ人々の様相は、溜め息を吐きたくなる。


 大多数を占める本科2年から上は騎士号を持つ者たちだ。

 最低でも騎士礼服を身に纏っており、公の場に出る機会もあるため、それらは見栄えを意識した意匠の仕立てとなっている。

 女性はイブニングドレス姿も多く華やかだ。


 招待客である本科1年から下は、財力の差が如実に顕れている。

 ただ騎士会の服装を意識してか、予科1年より2年、予科2年より本科1年の衣装の方が、おおむね騎士らしい落ち着いた雰囲気を有している。


 そして招待客に平民がほとんどいない。

 衣装から判断するに4、5人か。

 学年が上がるほど地味と言ったがそれはお貴族様のことで、平民候補生は背伸びをして良い服を着込む傾向にあるようだ。


 つまり、ただの学園の正装――アズルトは貴族として最低限の刺繍が施されたものだが――で出席しているアズルトたちは浮いていた。

 せめてもの抵抗にと、とりわけ豪奢な衣装で着飾る同期たちから距離を取ってはいるが、傍目には大した差などないのだろう。


 その同期について触れておく。

 1組からは第二王子ルドヴィク殿下とバルデンリンド家のクラウディス様。

 2組からはハルアハ王国第一王子ギスラン殿下と悪役令嬢リズベット様。

 3組からは攻略対象のジンバルト・ドゥカスとアイフマ・ベイ・レイダム。

 言うまでもないが、4組からはアズルトとクレアトゥールだ。


 5人の攻略対象の内、教官であるテュトス・ノーツェヘネラ・ディア・ククアンタフを除く4人が揃っている。

 残る4人にしても、悪役令嬢に裏ボス、本来の参加者であるキャスパーは主人公の仲間となる人物である。役回りのないモブはアイフマ・ベイ・レイダムくらいか。


 もっともモブはモブでもアズルトと違いあちらは伯爵家の次男坊。それも騎士の位格次第では家を継ぐかもしれないお貴族様である。

 ちなみに従者として壁際に侍女主人公サーナニヤが居る。


 特別招待客としてメナ嬢の姿もあるが、彼女は騎婦人の会の役員にして騎士会の相談役、その道の大物だから仕方がない。

 財力ある騎士オタの情報網は伊達ではないのだ。

 今回は騎士の立場での参加ではないからか、ケープを羽織ったイブニングドレス姿である。女神との囁きがあちらこちらから聞こえるのは、今更な話だろう。


 そして当然のように白鬼の姿もあった。

 高いところにある窓の縁に腰かけている。クトは気づいていない様子だ。


 さて、夜会の主役は予科1年の8人である。

 将来の位格騎士の顔見せと、彼らへの上級生との顔繋ぎの場の提供。

 実利的な話をするのであれば、この会の目的はこのようになるだろう。


 特別挨拶を求められるわけではないが、紹介はされる。

 返礼は当然のことだが貴族の礼ではなく騎士の礼だ。敬礼と言うべきか。クトもこれは淀みなく行える。

 それから成長を期待するといった形式的な口上が延べられ、自由行動となる。


 広間に入った時から好奇の視線を向けられており、面倒な会になると身構えていたアズルトだったが、蓋を開けてみれば声をかけてきたのは6組だけであった。

 内3つは寮会で見知った顔。つまりは4組から上がった騎士たちである。

 最後にやってきたカンカ・ディアからは、適当なところで帰って構わないと言われている。顔を繋いでおくべき者たちは以上ということだ。


 クトの希望もありアズルトは早々に戦線を離脱。壁際に下がって料理を堪能することにした。

 もちろんその状態でも出来ることとして、方々で交わされる会話に耳を傾け、覚えておいた方が良さそうな人物の顔の記憶に励む。

 好奇の眼は相変わらず。そして近づいてくる者がいないのも。


 ただアズルトには少し気になる視線があった。悪役令嬢リズベットの視線だ。

 大半がクトを、そしてついでとしてアズルトを見ているのに、リズベットだけはアズルトばかりを気にしている。


 もうひとつ気になるのは、取り巻きから侍女にクラスチェンジしたサーナニヤ。

 彼女のクトを見る視線はどうにも臭う。アズルトに向けられる眼もどこか他と違う。

 疑惑の眼差しと言うか、プレイヤー知識の介在が疑われてならない。


 長いこと候補止まりだったが、黒と判断してもいいのではないか。

 しかし3人の主人公の内の2人がプレイヤーだったことで、アズルトは逆に安易な先入観が働いている気がしてしまい踏ん切りがつかなかった。


 いや、そもそも黒を想定して動いておいて損はない。

 ただ少しばかり苦労が増えるだけだ。

 そしてそれは候補の現状と変わらない。


 そうして対応策を思案していると、向けられていた雑多な視線が前触れもなく消え失せた。

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