エネミー

 さて、邪魔になる諸々についての話をしよう。

 まず大変遺憾なことながらプレイヤーの調査は難航している。

 これには大きく3つの理由がある。


 1つ目だが、これはもちろんプレイヤーの存在だ。

 ただここで言うプレイヤーとは、すでに確定している公国のプレイヤーを指しているのではない。

 アズルトは他にもプレイヤーが紛れている可能性を考えている。


 取り巻きから侍女にクラスチェンジしたサーナニヤ、その主人でサーナニヤを重用する悪役令嬢のリズベット、男装の麗人から麗しの令嬢に路線変更したシャルロット公女殿下。

 まずこの3人は怪しい。


 ことシャルロットは公国貴族を動かせる立場にあり、想定されている公国に潜むプレイヤーとしての条件を満たしている。

 しかしだからこそブラフを疑わざるを得ず、また他のプレイヤーが目を光らせている危険性もあり迂闊な調査ができない。


 いやそもそも調査らしい調査ができない。

 困ったことにこの学園、それぞれの組の教室が離れているのだ。

 離れているとは言っても上位2組は互いの教室が目に入る位置関係なので、休憩時間の往来もそれなりにある。

 だが悲しいかな、4組は僻地も僻地、移動教室の際にも上位2組と顔を合わせる機会はほとんどない。

 教室の様子を窺うことはできない。そんなことをしようものなら、即座に相手のプレイヤー候補リストにゴールインだ。


 ただ主要キャラにこうも変化が生じていると、逆に特に怪しいところのないもう1人の主人公のアイナまで疑わしく思えてくる。

 変化という意味では、攻略対象の野郎どもにもそれらしい異常は見られないが。


 モブに紛れている場合もまず気づけない。ゲームに酷似し、それでいて色々と違っているこの世界では、明確なプレイヤー知識以外は判断材料にならない。

 候補はあくまで候補でしかないのだ。


 4組の中で公国貴族に対する際立った動きはない。

 本当になにもない。

 クレアトゥールが苛立って椅子を踏み砕いたがあれはノーカンである。

 暴発狐娘が反省室送りになって、監督責任とかでアズルトも反省室送りになったのはもはや意味不明だ。


 いずれにせよプレイヤー知識への反応がまるで見られないことから、アズルトは4組には自分の他にプレイヤーは紛れていないと結論付けた。

 確かなのはそこまで。


 2つ目、アズルトは『Lqrs』の設定はともかく、『ムグラノの水紋』のシナリオについてそこまで覚えているわけではない。

 そのため作中のイベントからプレイヤーを炙りだすとかどだい無理な話。

 相手がシナリオを熟知していたら、下手に動けばそれこそ異常として認知される。候補をすっとばしてプレイヤー認定ボッシュート。


 そう、アズルトは情報弱者。どちらかと言えば炙りだされる側なのである。

 やるなら確実に起きる大きなイベントで網を張るくらい。

 それも1月経った今だから言えることだ。


 曖昧な外見情報だけで現実の人間とゲームのキャラを一致させるのは至難の業だ。

 クレアトゥールくらい特徴がはっきりしていれば苦労はしない。

 知っているだろうか。髪は伸びるし、髪型は時と場合によって変わるものだ。服装も、いや服はもっと酷い。ゲームと違って用途別に更に種類を揃えていたりするのだ、お貴族様は。

 髪の色は光の加減で違って見えるし、そもそもゲームほど強く色分けされていない。

 瞳の色とか無理だろうそんなもの。


 繰り返しになるがアズルトはゲームに惚れ込んでいたのであって、キャラクターに惚れ込んでいたのではない。

 使っていたキャラクターに愛着はある。けれどそれは細かい造形まで覚えているかというのとはまた別の話だ。

 ガガジナなんかは愛用していたものの鬼人の巨漢という認識が大部分で、組に同じ特徴の人物がいたら見分けられていたかどうか。


 そんなわけで、アズルトは早々にゲーム知識での判別を諦め、食堂で毎日少しずつ顔と名前を合致させていった。

 ただこれも一筋縄ではいかず時間がかかった。

 4組の席はゲームの主要キャラクターの席から遠いのだ。


 そして3つ目、プレイヤーはアズルトの仮想敵だが、ゲームの敵は他にいる。

 人類種の大敵、魔種である。

 シリーズによっては同じ人類が敵だったり色々とあるのだが、『ムグラノの水紋』の敵は魔種、厳密に言えばその内の魔族だ。

 人類種と似た姿を取るが、けれど決して相容れることのない存在。

 魔種は人間食いますゆえ。

 それは魔族も変わらない。人の姿をし、人の言葉を発し、人の考えをする、けれど人を喰らう化け物。上位個体ともなれば1度の食事で国を平らげるモノまである。

 加えて魔種の根源たる瘴気は、人間を侵し、理性を持たない魔物へと作り変える。


 騎士とは古の時代において、瘴気渦巻く魔境へと踏み入り魔種を駆逐する魔道の者たちの呼び名でもあった。

 その役割は今日の騎士にも受け継がれている。

 魔種を討ち果たし瘴気を払う。騎士はその術を宝珠により与えられていた。

 この時代、その最先に立たされることになるのが、救世の三乙女と呼ばれることになる主人公らであり、それを辿るのが『ムグラノの水紋』の物語というわけだ。


 閑話休題。

 なぜ今ここで魔族が問題になるのかと言えば、奴らがすでに学園に紛れているからである。

 教官、上級生、そして同じ予科1年にも。

 ザル警備と言うなかれ、重要なのはここからである。


 ゲームにはよくラスボスを遥かに凌駕する強さの隠しボスというものがいる。

 やり込み正義な『レ・クィ・ラケル・ストーリーズ』シリーズに隠しボスはつきもので、複数というのも普通だった。

 そして『ムグラノの水紋』の正真正銘最後の隠しボスだが、やはり魔族なのである。


 戦える時期はラストダンジョンを解放し、さらにいくつかのイベントを攻略した後。更に他の隠しボス(アリーナを除く)をすべて倒した後に、なんの説明もなく学園に出現する。

 この隠しボスの詳細は設定資料集にも書かれていなかった。他の隠しボスには設定があるにも関わらず、である。


 当然、考察好きが仮説を立てた。その中にこんなものがある。

 全主人公、全ルートにおいて、選択した主人公の友人として登場するキャラクターが、実 はこの隠しボスなのではないか、と。


 主人公に友好的な主要キャラで、DLC含めて唯一操作キャラにならなかったこと。

 ラストダンジョンの、なんとも中途半端なイベント消化段階で出現条件を満たせること。

 その先のイベントで友人キャラが登場しないこと。

 決め手となったのは、隠しボスをラスボスよりも先に倒した場合に限り、友人キャラとの友情エンドが発生しないという事実が判明したことだろう。


 周回前提で調整された隠しボスを1周目に倒すのが条件である。ゲーム難易度を落とすことを視野に入れなければならない。屈辱である。

 しかし、であるからこそ、『Lqrs』プレイヤーの間ではほぼ確定とされた仮説であった。

 そして仮説が間違っていなければ、学園にはもう件の隠しボスがいるのである。


 周回前提のボスとか、世界観的に実力が未知数である。それともこの世界は難易度イージーの設定なのだろうか。

 ゲームは単純な暴力のぶつかり合いだからあのバランスで良かったが、戦術・戦略レベルでの魔法の化かし合いはどうなっているんですかね。学園に魔族が紛れているのは、まずもってその隠しボスの仕業だ。魔族絶対殺すマンの天騎士が出張ればそれでカタはつくだろうが、捕捉はできているのか。宮廷魔術師仕事しろよ。いや教会仕事しろよお前の庭だろ。


 普段温厚なアズルトですらそんな悪態をつきたくなるほど、隠しボスとすれ違った時には内心慌てに慌てたものだった。

 プレイヤー知識云々に関わらず、公国のプレイヤーは完全に目をつけられているだろう。物事の全体を見通せれば見通せるほど、あの行動は奇怪に映るはずである。

 公国のプレイヤーは触れたら連鎖する文字通りの地雷プレイヤーだ。怖いね。


 とまれかくまれプレイヤーを調べる上での縛りがとてもきつい。

 アズルトは自身で縛るのは好きだったが、強要されての縛りはあまり好まぬ性質だった。それで面白くなるならいい、しかしただ面倒になるだけで面白みのない縛りの多いことなんのって。


 そんなわけでして、アズルトは裏ボスに引き続き、邪魔になる隠しボスの攻略に取り掛かることにした。

 急と言うなかれ。アズルトにしてみれば入学した当初からある眼の上のたんこぶ。対策くらい考えもする。


 それに攻略と言っても物理的にどうこうするわけではない。

 アズルトに与えられている公爵の狗の役を晒し、隠しボスさんには本来の役に専念してもらおうという、ただそれだけのことである。

 なんせ彼女には主人公の友人という外せないお仕事が控えている。

 彼女らにとってそれがどんな意味を持つのかは知らないが、アズルトの始めることに比べて重いということはないだろう。


 どうせ公爵家との繋がりは知られている。アズルトがどれだけ慎重に動こうと、取り巻く無数の糸までは隠し通せない。

 加えて、仕事を知られたとして、アズルトに今以上の不都合が生じるわけでもない。

 滞っていた仕事にようやく手を付けられ、隠しボスの警戒も誘導できる。まさしく一石二鳥であった。


 アズルトのこの考えは浅はかであったといえよう。

 確かにこの時点においてアズルトの取ろうとする一手は大きな意味は持たない。しかしそれは決して、小事であることと同義とはならないのだ。

 これから始めることは小さな波紋では終らない、それをアズルトは失念していた。

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