負けイベント・後
焼け跡を避ける形で布陣する教官1人に生徒8人。
この8人の生徒の内の実に7人がゲームに登場したキャラクターと言えば、なんとも豪華な顔ぶれに聞こえる。
半数がやられ役としての登場ではあったが……。
いや本当のところ、アズルトは騎士家出身のニーやジェイクを覚えてはいない。剣士系のユニットは他の組にもいくらでもいるので、それこそボス格にならないと記憶に残らないのだ。
それでも残る5人については間違いがない。
言わずもがなの裏ボス『クレアトゥール』、
ストーリー後半の部隊戦闘では、条件を満たせばキャスパー、メナ、ガガジナの3人は仲間として使うことができた。懐かしいものだ。
懐かしんでいる場合じゃないな。アズルトは頭を切り替える。
どう見ても負けイベントだが、一矢くらいは報いたい。
報いたいが……使える駒がクレアトゥールとキャスパーくらいしかない。
先の説明で前衛後衛揃っていると思うのは早計だ。なにせそうした能力に仕上がるのはストーリーがもうしばらく進んでからの話。おまけにメナとガガジナは仲間になった上でなお晩成型だ。もっと言ってしまえば周回プレイ前提だ。
そしてなにより最大の問題は、アズルトたちが宝珠を使えないことにある。
闘気と強度の低い簡易魔術でどこまでやれるのか。バッテシュメヘも同じ条件とは言え年季が違う。騎士の闘気は往々にして宝珠による身体強化術式を下地にしているので、ほぼ魔術の域まで最適化されているはずだった。
「おまえらはああならないことを期待する」
外した宝珠を見せびらかし、バッテシュメヘが煽る。
反応は1つ。練り上げられる魔力の波動を感じる。悪くはないが、これでは牽制にもならないな。
動きを見て実力を計って、使えるようなら使い、そうでなければ現状で確かな戦力のあるクレアトゥールの援護に徹し勝機を探るか。アズルトはそう判断を下し長剣を緩く構える。
すでに8人が8人、臨戦態勢である。
「おれに当ててみな」
バッテシュメヘの声が消えぬ間に、ベルナルドから氷の柱が高速で射出される。
だが氷柱がバッテシュメヘに届くことはなかった。道半ば、いや1割ほど進んだところで粉微塵に砕け散ったからだ。
ほぼ同時にベルナルドの槍が飛ぶ。
そして魔術障壁が破られる甲高い音と共に肉達磨が宙を舞った。
速い。だがそれを黙って見ているほど残された7人も甘くはない。
掌底を突き出した体勢のバッテシュメヘに攻撃が殺到する。
……ただどうにも、腕の方は足りていないらしかった。
騎士家の2人がほぼ同時に剣を振るい、そしてこれまたほぼ同時に強制退場。
続く金砕棒は、闘気に付与術を合わせ尋常ならざる力で振り下ろされたにもかかわらず、真っ向から逆袈裟に弾き飛ばされる。
刹那の間隙にメナが刃を振るうが、剣の腹を手刀で払われ蹴り飛ばされた。
メナの攻勢に合わせ飛び退こうとしたガガジナは残念、バッテシュメヘの肘が決まりあえなく撃沈する。
そして裂帛の気合いと共にキャスパーが斬り込……む!
なぜ一拍の間を置いたのか、アズルトは訝しんだ。あえて万全のバッテシュメヘに飛びかかるとか、アズルトにキャスパーの考えは理解が遠い。
正面から打ち合ったキャスパーが絶叫と共に頭上を越える。
バッテシュメヘの踏み込む気配を察し、アズルトは軸線上にクレアトゥールを置く形で半歩ほど身を引く。
直後、クレアトゥールの剣がバッテシュメヘの銀光を弾いた。
重い斬撃に小柄な体躯が傾ぐが、それもクレアトゥールは計算ずくだったのだろう。
反動に身を任せ、わずかに上体を捻ることで抜き手を躱す。
腰を落としたアズルトは彼女の影から飛び出すと、バッテシュメヘの伸びきった左半身目がけ掬い上げるように剣を振るった。
だが切っ先は寸でのところで避けられる。引くのではなく捻ることで軌道から体を逃がされたのだ。
バッテシュメヘの無防備な背中が視界に入るが攻め手はない。
あるにはあるが、それは選べない。
捨て身で剣を当てるなんてのは負けを認めるのと同じだ。
直後に襲い来る右からの斬撃を、身を屈めながら両手で構えた剣で流す。
が、これは上手くいかない。軽く触れたところで尋常ではない衝撃だけを残し剣先が翻る。
受けるのも躱すのも不可能。瞬時に判断したアズルトはしかし焦ることなく距離を取り、その一撃をクレアトゥールに押し付けた。
二度銀光が閃く。
彼女の纏う闘気は量で質を補う形でバッテシュメヘを押しているが、いかんせん体格で大きく劣る。
クレアトゥールが2撃目を受け流すことに失敗し、迫り合いになる寸前、アズルトは刃を割り込ませ助け舟を出す。
拮抗は瞬きの間も続かなかった。腰を沈め剣を流したクレアトゥールが攻勢に転じたからだ。
だがそれでも、有効打を与えるには至らなかった。
バッテシュメヘは逆手で抜いた短剣で彼女の剣を受けると、その衝撃を利用し大きく距離を取った。その体から気勢は散っている。
もっともアズルトはそれで気を抜いたりしない。
クレアトゥールが自然な動作で振り返り、これまた何食わぬ顔で一歩を踏み出すと上段からの振り降しをアズルトに見舞う。
そんな見え見えの攻撃が当たるはずもないが、脇を通り過ぎる刃は、例えそれが潰れていようとも容易く人を殺せるだけの速度と重さを持っていた。
どうやらこの狐のお嬢さんは先程の戦い方がお気に召さなかったらしい。
「あたしを盾に使ったろ」
「他の奴らも似たような戦い方してたからな。それでやられたのはまあ、見る目がなかったんだろう」
アズルトが肩を竦めると、クレアトゥールの尻尾がびたんと大きく空を叩く。
不意にくつくつと笑い声が漏れ聞こえた。
「結構、結構。くくっ、いや結構なことじゃないか。なあ、そう思うだろう青騎士諸君。いや良い。今年は間違いなく当たり年だ。流石にこの競争率を抜けてきた武特は違う。クソっ垂れなガキを押し付けられたんなら、ロドリックのところに殴り込みでもかけようかと思ってたが……まあしばらくは面倒を見てやる」
アズルトには最後の言葉がここにいない誰かに向けられている気がした。
「発言を訂正してやる。おまえら4人は騎士の道に立っている」
4人――そう、未だ戦闘能力を失っていない者が、アズルトとクレアトゥールの他に2人いた。
蹴り飛ばされたメナが唇を引き結び、足を引きずりながらも戦線に復帰する。
「くっそどうなってんだ。剣で受けたはずなのに全身が血を噴きそうなほど痛てえんだけど、ってか血ぃ出てんじゃねーか。どうなってんだコレ!」
ぎゃーぎゃー喚きながらキャスパーも戻って来た。
魔力弾を正面から受ければそうもなるだろう。普通は失神している、頑丈な奴だ。
「さて第二ラウンドといこうか。もし一撃受けても立っていられたなら、どの科目でも評価をひとつ満点にしてやる」
掌に乗せた宝珠を展開し、騎士と人間との差を見せると宣言するバッテシュメヘ。
餌をチラつかせている辺り勝たせる気がないとしか思えない。
いくつかバッテシュメヘの攻め筋を想定してみるが、今のアズルトではどう足掻いたところで力技で捻じ伏せられて終わり。
騎士が相手ではクレアトゥールを盾にしたところで
それに、この人数差は騎士の有利に働く。
「教官殿、腕が痺れて動かないので棄権します」
「ハァ?」
仕方ないだろう。そう仕方ない。
裏ボススペックの狐娘が体勢を崩されるような攻撃を2度も受けたのだ。それよりも明らかに少ない量の闘気で。
腕が動かなくなってもなにもおかしくはない。
「使えねえ奴だな。さっさとすっこめ」
悪態をつきながらもバッテシュメヘはあっさりと棄権を認めてくれた。
打ち合った闘気の感触や入学試験のデータから、そうなるのもやむなしと判断されたのだろう。
なにせ『アズルト・ベイ・ウォルトラン』の基本スペックはメナ嬢にも劣るのだ。
感謝を述べバッテシュメヘに背を向ける。
そして「左の指先」と呟きを残しその場を離れた。
クレアトゥールであればもしかしたらと、そんな好奇心からのひと言だった。
そこから先はすべてがあっという間の出来事だった。
初めに伸された19人の中で、その始終を把握できた者がどれだけいただろう。
「今度はこちらからいくぞ」
そう言ってバッテシュメヘが構えた時には、すでにその姿は消え失せていた。より正確には、クレアトゥールの背後にあった。
縮地――それは騎士の真の入口にして絶技。圧縮された時空を渡る歩法であり、難解極まる空間魔術の奥義であった。ただし、頂きではない。
その証に、バッテシュメヘが伸ばしかけた指先は迫りくる刃を前に引き戻される。
間合いも読みも無価値とするかに思える縮地であるが、万能からは程遠い技術である。その理由は先に述べた通り難解であるが故、である。縮地はその魔力制御の難解さ故に、外部からの魔力干渉に対し致命的なまでに脆弱だった。
もちろん縮地の構成そのものに術式攻撃を阻むための防壁は組み込まれている。しかしその防壁は、自然界に存在する超高密度の魔力構造体群――人種、魔種、龍種――そのものによる魔力干渉に機能しない。
なにが言いたいかといいば、歪めている時空に人が触れたらそれで壊れるのだ。
したがって詰められる距離には限界があるし、その動きを予測することも不可能ではないのである。狙いが1人に絞られるとなればなおのこと。
もっともそれで手詰まりだ、続く攻撃の手はない。しかしそれで良い。
クレアトゥールの勝利条件は一撃受けて立っていること。
もちろん先んじて攻撃を潰してしまっては、それは受けたことにならない。客観的事実であり、異論を挟む余地などありはしない。バッテシュメヘは受けることを条件にしたのだから。
けれど潰されたバッテシュメヘ当人にしてみたらどうだろうか。
抵抗も許さず一手ですべてを決めるつもりでいたのだ。絶対的な自信で思い描いた結末は、不意の一撃に乱された。
ではどうする。刃を避け、損ねた一手を継続するか。正面から捻じ伏せるため身を退くか。それは矜持が許さないだろう。
案の定、バッテシュメヘは力技に出た。それだけの実力を持っているのだ。
目の前を通り過ぎようとする刃に無造作に剣を噛ませその動きを止めると、突進の如き踏み込みと共に刃を振り抜き、文字通りクレアトゥールの体ごと弾き飛ばした。
剣身が離れる瞬間に雷弧が見えたので、付与術も行っていたのは間違いない。面子があるのだろうが少し大人げない。
この段になってキャスパーとメナがクレアトゥールのいた場所を振り返るが、残念ながらバッテシュメヘはもうそこにはいない。
直後、2人が揃って地面に崩れ落ちた。
指先に灯した雷撃系の魔術で、首から下の自由を一時的に奪ったのだろう。
この間10秒たらず。いやはや見事な手並みである。そして赤位らしい手段を選ばない戦い方でもあった。
アズルトとしては将来有望な候補生に初見殺しを学ばせるというのは、実に理にかなっていると考える。それでもクレアトゥールのことがなければ、そのやり口に嫌味のひとつも言えたのかもしれない。現実とは非情なものである。
「サスケントの暇人ども、手頃な玩具が来たからって遊び過ぎだ。なんで騎士相手の戦いに慣れてんだよ。候補生が縮地に完璧に合わせてくるとか冗談じゃねえぞ」
バッテシュメヘの独白は怨嗟と言って良いものだった。
先までの意気揚々とした気配はどこを探しても見つからない。
「おまけに宝珠もなしに魔術対策を仕込むか、あの悪ガキ」
剣を支えに膝立ちになるクレアトゥールを見てバッテシュメヘが舌打ちをする。やはりキャスパーらに撃ち込んだものと同等以上の魔術を使っていたらしい。
なにはともあれ彼女は攻撃を凌いだのだ。ならば称賛されて然るべきなのではないだろうか。
アズルトは場内を見渡す。
ひよこたちは未だ状況を掴めていないらしく、倒れ伏し介抱を受けるキャスパーやメナを指し喧々囂々の混迷にある。
騎士家のニーやジャックは先の激突を見ていたようだが、今の教官の言葉にどこか遠い目をしてしまい戻って来そうにない。
手の空いている教官は戸惑いをその面に滲ませバッテシュメヘの対応を待っている。
仕方がないとアズルトは教官に近づく。
そして小声でぼそりと言葉を落とした。
「教官、立っていますね」
「……ああ」
バッテシュメヘの応答は鈍い。眉間には深い皺が寄り、なにか思案に耽っている風である。
その双眸は、身を起すのがやっとという有様のクレアトゥールを射抜いているようで、別のなにかを探しているようにも見える。
「単位1つ免除でしたっけ、羨ましいですね」
返事はない。
余人の干渉を拒む立ち居姿にアズルトの気弱が鎌首をもたげるが、このまま思考に没頭させるのもそれはそれで問題があるように思えた。
危険な臭いがするのだ。ロドリック・オン・バルデンリンド公爵と旧知であるらしきこの男からは。
クレアトゥールで試し過ぎたかもしれない。
「拍手でもした方がよろしいですか?」
やや大仰に打ち鳴らす寸前の形に手を構えてみせる。
ここにきてようやく、狐娘へと振り向けられていたバッテシュメヘの意識がアズルトへと移った。
そこからの反応は、まあアズルトの予測を大きく外れるものではなかった。
「……おいクソ餓鬼。腕の具合が随分と良さそうだな」
「はい、どうやらそのようです。少し休ませて頂いたからでしょうか」
しれっと言い放つ。
少し――時間にして1分強といったところか。言うまでもないことだが嘘であるし、バッテシュメヘもそのことに気づかないはずがない。
上官を馬鹿にしているのかと問われたら詰む。
思惑は別としてこれ自体は煽りに他ならないからだ。『はい』を選べば制裁と殴られて、『いいえ』を選べば嘘だと殴られる。
まあアズルトにしてみれば詰んだからどうしたという話で、ここで切った札についても近く捨てる予定でいた。
もっとも、辟易するといった面持ちで額に手を遣るバッテシュメヘの様子を見るに、枝葉の方に食いついてしまったようなので、アズルトの身辺への追及はないだろう。
ただ、それはそれこれはこれである。
「ああそうかい。ならここの後始末は全部おまえがしておけ」
後始末――後半組の散らかしたあれやこれの処置のことだ。
かくてバッテシュメヘの憤懣はすべてアズルトに押し付けられたのである。
クレアトゥールの件は有耶無耶になったまま、本日の訓練はこれにて終了と相成った。
約1名を除いて。
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