第32話 約束

「そして、生命創造術。あれは……友達が作れなかったティネの最後の希望なんだ。自分のことを理解できる友達が欲しい……その一心でティネは禁忌に手を伸ばしている」

「……理由が幼稚だな」

「幼稚が故に真摯で強靭な意志だ。儂も幾度なく説得を繰り返したが、ティネの硬い意志を変えることはできなかった」

「……そして余計に孤立したアイツを支えてほしいと」


 フセヴォロトは頷く。


「儂は仕事柄長くこの街に入れない。経済的な支援をすることでしか、ティネを助けられん。そしてもし、ティネの研究を悪用しようとする輩が出たとしてもすぐには駆けつけられん」

「……なるほどな。理解した。で、子守の報酬は何だ?」

「貴様が人間でいて、娘に手を出さん間は……秘匿しておいてやる。仕送りの金も増やしてやろう」

「十分だ」


 平穏な生活が担保されるこれ以上ない条件だった。

 もし元とはいえ四天魔王を匿ったとバレたら、フセヴォロトは死よりも恐ろしい処刑を免れないだろう。しかしそれほどまでに、ティネを想っていた。


「互いに年を食ったな」

「同感だ」


 そしてイグナーツが席から立ったとき、警報が鳴り響いた。


「……魔族か」


 フセヴォロトの問に、イグナーツは頷く。


「おそらくな。おおよそ千は下らないだろう」

「となれば、無傷で乗り切るのは困難だ。我ら自衛団は百もおらん」

「そこで、だ。フセヴォロト……お前の力を借りたい。一つ作戦がある」

「ほう。しかし、ただ協力するのは性に合わん。儂からも条件を出そう」

「なっ! パラルロムの命運がかかってるんだぞ」

「だからこそ、だ。もし儂が協力すれば……ティネに禁忌の術から退かせる手伝いをして欲しい。あれは決して完成させても損にしかならん」

「……お安い御用だ」


 生命創造術の開発を止める気はないが、ここで共闘しなければ勝率に大きな差が出てしまう。事が終わったあとに妥協案を考えればいいだろう。


「ならば〝理の暴力〟と称された貴様の作戦、聞かせてもらおうか」

「その呼び名はやめろ。気持ち悪い」




 店の中にはイグナーツとティネ以外に残っていない。

 フセヴォロトは作戦を聞いたあと、頷いて店から出た。


「ねえ、イグ。さっき私の話してたでしょ」

「ああ」

「幻滅した? 私に魔力がないって知って」


 警報が鳴り響く最中、ティネは一番にそのことを尋ねた。

 しかしイグナーツは答えず、


「ティネ。お前に一つ頼みがある。敵はおそらく、街に向けて巨大な魔術を遠距離から一発放ってくる。それを防いで欲しい」

「私が…そんな事できるはずないよ。たくさんの魔族の攻撃を防ぐなんて! 魔草薬術が聞かなかったら……私には魔力がないから……」


 先の失敗もあってか、ティネは弱音を吐いた。

 普通の人間であれば無茶な要望だ。人間より強力な魔術を、数千の力が束ねられた魔術を、たった一人で防げというのだから。

 イグナーツは、ぽんとティネの頭に手を乗せる。


「魔族が好きなものは何だと思う?」

「強い魔力? それとも……強い魔術?」

「外れではないが、正解ではない。……力だ。手段は問わない。結果を残せる力があれば、魔族は大喜びする」

「でも私にはそんな力――」

「俺はお前の〝魔草薬師〟としての才能はすごいと思っている。才能というのは、知識と応用の二つがあって初めて成り立つ。だから俺は、そんなお前の横に入れて誇らしい。だからこの場をくぐり抜けて……もっと助手ライフを過ごしたいと思った」


 イグナーツは手を離し、近くにあった椅子に座った。


「なぁ、考えても見ろよ。魔術が満足に使えなくなった魔族に、魔術がくそ下手くそな天族、そして魔力が無くて魔術が使えない人間。こんな三人でパラルロムを救うって面白くないか? この先も共に生きるって、楽しいと思わないか?」


 ティネは目を大きく開けた。

 魔術が使えないのはティネだけじゃない。イグナーツも一人では魔術が使えない。リリアーヌも、今は満足に魔術を扱えない。


「お前には魔族の俺が認める技術が一つある。それを応用すれば……あいつらなんか怖くない」


 ティネは決意した。


「成功したら、肉、奢ってよね」

「任せとけ」

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