第31話 天才少女の真実
「パパっていっても、本当の父親じゃないけどね。孤児だった私を引き取ってくれたの」
「ほう……戦闘バカのフセヴォロトが……にわかに信じられないな」
「お前こそどうやってティネと知り合った?」
「私が森で倒れてたイグを拾って、人間に魂を移動させたの」
ティネはフセヴォロトに経緯を説明する。
まだイグナーツの本体が地下室にあること、魔術が使えないこと、生命創造術の研究をともにしていることを。
突拍子もない話を、フセヴォロトは真剣に聞いていた。どの言葉も真実と捉え聞いていた。
「現状は把握した。娘の言葉を信じないわけにはいかん。こう見えても彼女は天才だ」
「親バカだな」
「口を慎め。ティネの恩を台無しにするつもりか?」
「パパ!」
「すまん……」
フセヴォロトからの殺意は無くなったが、警戒心が無くなることは一切ない。それでもイグナーツにとっては十分だった。
「ところで、ティネ。どうしたんだ?」
「えっと……その……ちゃんと謝れてなかったから。さっきのこと。ごめんなさい!」
ティネは頭を下げる。
「リリアーヌに出すなって言ったんだがな」
「ごめん。声が聞こえてたから窓から出てきちゃった。その……街に行ってすることの、何か手伝いができればなって思って」
イグナーツは肩をすくめて、リリアーヌの肩に手をおいた。
「俺は気にしてない。研究に失敗はつきものだからな。そこから何か学んでくれたらそれでいい」
その様子を見ていたフセヴォロトは、疑心暗鬼な表情でイグナーツを眺めていた。
「……貴様、本当にあのイグナーツか?」
「ああ、そうだ。なかなか良い奴だろ?」
「自分で言えば台無しだな」
フセヴォロトは大きくため息をついた。
「ティネ、この男と話したいことがある。二人にさせてくれないか?」
「いいけど……遠目で見てたい。パパが殺しちゃうかもしれないから」
「娘が世話になっている者に手は出さぬよ。下心が無ければの話だが」
「こら、殺意出さないの! やっぱり私の目に入るところでね!」
三人は近くの喫茶店に入る。
イグナーツとフセヴォロトは同じテーブルに座り、ティネだけ別のテーブルだった。
「なぁ、フセヴォロト。一つ聞いていいか」
「なんだ?」
「白のレースの下着はお前の趣味か?」
フセヴォロトは思わず咳き込んだ。
狼狽はするだろうと思っていたが、まさかここまで面白い反応が見れるとは思わなかった。
「いやあれは、娘に可愛い物を身に着けさせようと思って……」
「ドン引きだな。まあそれはともかくとしてだ」
「……弱みを握ったつもりか、この悪魔め」
「そういうな。お前の言っていた本題とは何だ?」
フセヴォロトはこほんと咳払いした。
「……その前に一つ聞く。貴様にとってティネはどういう存在だ?」
「俺の命を救い、第二の人生を与えてくれた恩人だ。そして、この世で唯一逆らえない人間だ」
「……ティネがお前の体を掌握し、意思一つで殺せる状況下で無ければ殺していたところだった」
「よほど俺のことを警戒してくれているのか。光栄だな」
二人の間で火花が飛び散ったが、遠くからティネが見ていることを思い出し、咳払いする。
「しかし、不思議だな。今の貴様のほうが自然体な気がする。魔族に向いてなかったのではないか?」
「余計なお世話だ」
「……しかしそう思ってしまったからこそ、お願いしたいことがある」
「ほう。魔族殺し様が一体何を魔族にお願いするんだ?」
「……ティネの友人で居続けて欲しい」
「っ!」
その表情は初めて見た。
フセヴォロトの強さとは程遠い、けれども、笑うこともできない顔。
それは、目の前にいるのは、ただ一人の親としての顔だった。
「あの子は孤児だ。そして……魔術が使えない。いや、魔力が体内で生成されないんだ」
「馬鹿な……そんなことがあり得るのか」
ティネには何か秘密があると思っていた。眼の前で自分の魔力を使わない秘密が。
そもそも彼女は魔力が無かったのだ。
もしかしたら、ティネがこの街へ来たがらなかったのも……いや、人との交流を避けようとしたのも、魔力がないことをバレたくないためだったのかもしれない。
「あり得る。魔力を生み出す〝魔臓〟が生まれつき機能していない子供は稀に存在する。魔力の籠もった道具を使ったりして誤魔化すケースが多いがな」
イグナーツはティネと出会ってからのことを振り返る。
すると、魔草薬を使った術は使用していたが、ティネ自身の魔力を使っての術を使用していたことは無かった。
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