第30話 魔族殺しの半竜人

 と、最後の一人だけ風貌が他とは違った。鎧を着ず、ひらひらとした服を着ている。ローブとは違う、袖が異常に幅広で、幾重にも布が重なっている。


 しかし不思議と既視感があった。


「はて。どこかで見たことが……っ!」


 記憶と一致した瞬間、イグナーツは全力でギルドを飛び出た。

 体中から汗が吹きで、鼓動が早鐘を打っている。


 イグナーツがこの世で最も出会いたくなかった相手だった。


 向こうからは見向きもされていない。おそらく気付かれてもいないだろう。路地裏を何度も曲がり、図書館前へと飛び出た。


「はぁはぁ……ここまで来れば――」

「――逃げられる、と?」


 耳元で聞こえるしわがれた男性の声。

 イグナーツは腰から短剣を抜き、首筋へと飛来した剣を防いだ。


「くっ」


 三歩後方へ退かされるほどの重い一撃に、イグナーツは顔を歪める。


「見慣れぬ顔だ。指名手配でもない……が、私を見てのその動揺。只者ではないな!」


 刃渡り一メートル強の片刃の剣を構え直し、息つく間もない斬撃が繰り出される。イグナーツは短剣と短い鞘を駆使し、攻撃を防ぎ切る。


「私の姿を捉えたと同時に逃げ出した。自警団を見てなのか、はたまた魔族討伐専門隊〝ダイニクス〟の元隊長フセヴォロトを見て逃げ出したのか。なあに、答えなくとも良い。自ずと身体が応えてくれるっ!」

「この戦闘バカがっ!」


 イグナーツも必死に応戦しているが、運動神経が無い体では長く持たない。短剣を弾かれ、イグナーツの首元に剣を向けられる。


「……この剣撃……立ち回り……私は一人しか知らない。私から生き残った唯一の魔族しかな。しかしその顔と体は何だ……四天魔王イグナーツよ」

「相変わらず化物じみてるな……〝魔族殺し〟半竜人フセヴォロト=アニキエヴァ」


 イグナーツ頬に汗が一筋伝う。

 竜の血が半分入っている人間であり、竜族の鎧と高い知能、運動神経を有している。近距離戦においては魔族すら上回ると言われている。


 過去にイグナーツとフセヴォロトは一対一で戦ったことがあり、決死の戦いを繰り広げた。魔術だけで見ればイグナーツに采配があったが、戦闘経験と近接戦闘技術においてはフセヴォロトが圧倒的に上回っていた。完全な状態のイグナーツと互角だったフセヴォロトに、今勝てるはずなど無い。


「俺は訳合ってこの体に魂を宿している。ここにいる理由は、魔族襲来の話がここに来ていないか確認してたんだ」

「魔族襲来……だと? お前の差金では無いのか?」

「俺を殺そうとした新たな四天魔王の仕業だ。俺が生きていると知り、大軍を向かわせたんだろうさ」


 フセヴォロトは半信半疑の目でイグナーツを見る。

 首筋に当てられた刃からの殺気は一向に衰えない。答えを違えた瞬間には、顔と体は繋がっていないだろう。


「俺にその力がないことは、その目で見れば明らかだろう! 今は魔術だって禄に使えない。戦いだってこのざまだ。もはや生きるのに精一杯なんだ」

「……そのようだ。貴様は非道であるが下劣ではない。あの時の戦いも、真正面から堂々と儂に立ち向かった」

「それならこの剣を――」

「しかし数多の命を葬った罪が消えるわけではない」

「……違いないな」


 フセヴォロトの殺気は僅かとも衰えない。

 確実にこの場で殺される。

 短刀が手元から離れている今、本体との魔力回路(パス)を開けることもできない。

 覚悟を決めて目を瞑った時だった。


「イグ!」


 耳に届いたのはティネの声だった。


「やっと見つけた……って、パパ!?」

「ティネではないか! ……こいつとはどんな関係なんだ?」

「それは俺も聞きたい。なぜここにいるか問いたいところだが……それより、お前はこの化物の娘なのか!?」


 処理が追いつかず、三人は固まった。


「……とりあえずパパ、剣をしまって。イグは私の下僕で、一緒に研究をしてくれてるんだから」

「わ、わかった」


 あのフセヴォロトがたった一言で剣を収めた。ティネが娘だというのはあながち嘘ではないらしい。

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