父との誓い
第29話 動き始める歯車
エフェンベルク城の最上階にある王の間。
朱色の椅子に金の肘掛けと、龍の装飾が施されている。
鮮血を連想する朱の長髪を垂らし、鋭い鉄色の瞳をした魔族ローザリンデ=バルシュミーデは頬杖を突きながら、貧乏ゆすりをしていた。
「ああ、イライラするわ。せっかくイグナーツを出し抜いてこの座についたというのに……周囲は森だらけだし、チンケな街が一つあるだけだし。人間も全く攻めてこない。ねえ、引っ越ししたいんだけど」
「その……費用と建設できる人材が……」
近くにいた初老の魔族が、おどおどと進言する。
他の四天魔王に比べ、エフェンベルク城にいる魔族の数は少ない。新たな城の建設となると最低三年はかかる。
「新たな四天魔王となったというのに……これじゃ先代と何も変わらないじゃない。私は他の王以上に人間を殺したいというのに! ……とりあえず、何かしらの手を検討なさい。別に城でなくてもいいから」
「ハッ」
初老の魔族は頭を下げ、王の間を退いた。
ローザリンデは今日何回目になるか分からないため息をついた。
先代の王イグナーツは手が緩すぎる。もっと積極的に侵略すべきだという過激派が城を支配した筈だった。
しかし、いざローザリンデが王となり動こうとすると、尻込みをする魔族が多すぎた。何だかんだ言いながら、平和というぬるま湯に浸かったせいで、命を賭けたやり取りに臆病になってしまっていた。
「退屈すぎるわ。何か刺激的なことが……っ!」
ローザリンデは思わず立ち上がった。
東の方向に途轍もない力の気配を感じた。
人間や天族には生み出し得ない、魔族の魔力。
遠方であるにも関わらずはっきりと感じる魔力……それは並大抵の魔族ではない。そしてローザリンデはこの魔力の気配を何度も感じていた。見紛う筈がない。
「あは………アハハハ! 生きてたのね……イグナーツ=エフェンベルク! 王たる貴方がそう簡単に死ぬわけないわよね!」
虎柄の毛皮を表面に縫い付けたコートを纏い、ローザリンデは部屋を出る。
「緊急収集! この魔力の源……イグナーツを倒しに行くわ。目的地は……パラルロムよ!」
パラルロムに着いたイグナーツはギルド集会所へと趣き、まず掲示板を確認した。
掲示板には特段、先程の魔力についての調査依頼などは書かれていない。ギルドの中の会話に耳を傾けたが、誰も魔族という単語を出していなかった。
――あれだけの魔力でも、人間は感じることができないのか。
振り返れば、あの魔力のすぐ側にいたティネは健康そのものだった。あの魔力を感じる事ができなかったのはある意味幸運だったが、ある意味不幸でもある。
魔族は間違いなく動いている。
もし彼らが直接パラルロムを襲撃した場合、無事で済むとは思えない。
「あ、イグさん! お久しぶりです」
振り返ると、エイミーとグライツが立っていた。トリキュラ討伐依頼以降、はじめての再会だった。トリキュラの依頼報酬を使ったのか、少し装備が豪華になっていた。
「あの時はありがとう。助かった」
「こちらこそ、あの時は協力を受け入れてくれて感謝する」
「あの時の天族様はどうなった?」
そういえば、二人にはリリアーヌを介抱するといってそのままだった。
「リリアーヌは無事に回復して、今ではまた天族様の責務を果たしている」
イグナーツの言う責務とは、主に家事のことである。
「そうか。良かった。俺たちの力不足さえなければ……あんなことには」
「それはお互い様だ」
話しながら掲示板を見ると、ふとあることに気付いた。
「そういえば、依頼数が前より減ってないか?」
「そうなの。パラルロムに配属されてるアーケオ王国直属の自衛団が帰ってきて……彼らがいくつか片付けちゃったのよ」
「力の見せびらかしだな。この街にいる冒険者は他愛もないと馬鹿にしてるんだ」
魔族と戦う冒険者と、人々を守る自警団。本来目的が一致しているはずだが、仲が悪い場合が多い。
「そうか。しかしなぜ、このタイミングで?」
「さあ。噂によると、エフェンベルク城に何かしらの動きがあるからとか……」
先の魔力漏れとは別に動きがあったということだろうか。
おそらくイグナーツを追放し、エフェンベルク城の天下を握ったのは過激派だろうから、何ら不思議ではない。
ギルドのざわつきが不意に静かになった。そして、大量の金属音がなる。
「噂をすれば、だ」
魔術陣が刻まれた鎧を着た兵士たちが、ギルドへ次々とやってきた。そして奥の部屋へと入っていく。
「あっちには自衛団専用の待機室があるのよ。いい身分ね」
エイミーは小声で耳打ちした。
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