第28話 前触れ
イグナーツは床へ座り、吹き出た汗を袖で拭う。
「なに……いまの……」
リリアーヌは呼吸を整えながら、イグナーツへ問う。
「あれが本来の俺の魔力だ。あまりに気配がデカすぎるから、滅多に使わないんだ」
イグナーツはリリアーヌからフラスコを受け取り、中を覗き込む。
「俺の髪、か。俺の一族は代々髪が薄くなるのが早いというのに……酷いことを」
ティネははっと我に帰り、イグナーツの腕に縋り付いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……わたし……」
「ティネは怪我してないか?」
「うん」
「なら大丈夫だ。貴重な毛を失ったのは許せないが、研究のためであれば仕方ない」
ティネの頭をポンポンと二度撫で、立ち上がった。
「でも私、きっと取り返しの付かないことを……」
「大丈夫だ。とりあえず、一回寝るんだ。いいな?」
「……うん」
ティネは俯きながら、寝室へと足を運んだ。
今の状況で、さすがにイグナーツに言い返すことが出来なかったのだろう。
「それにしてもヤバイ……魔族は間違いなく俺の生存に気付いたろう。パラルロムにも気付いた奴がいるかもしれない」
密度の高い魔力は、そのまま空中へ放つと凄まじい圧迫感となって放たれる。天族でなくとも、魔族や魔力感知の高い人間なら、魔族の存在を知ることができてしまう。
特に四天魔王の魔族はとりわけ密度が濃いため、かなり広範囲に渡って知られてしまうだろう。
「パラルロムに探りを入れてくる。お前らはここに残り、最悪の自体に備えて荷物をまとめておいてくれ」
リリアーヌはこくりと頷いた。
「リリアーヌ……今日から明日の夜まで魔術を使うのは禁止だ」
「え? 特訓も?」
「もちろんだ」
リリアーヌは不服そうな表情もせず、こくりと頷いた。今の深刻な状況への手段だと悟ってくれているのだろう。
「えーと、ちなみにそれは……魔族が来たら、私が戦うってことですかね?」
「近からず遠からず、だ。でもこの前みたいな無茶なことはしない。だから心配しなくていい」
「……はい」
「あと、ティネが起きても家の外には出させるなよ」
「わかりました。今のティネちゃんは、疲れてますからね」
イグナーツはこくりと頷き、身支度をさっと整えてから家を飛び出した。
いつかは魔族と戦うときが来るだろうと思っていが、ここまで早いとは思わなかった。イグナーツは必死に対抗策を練りながら、パラルロムを目指した。
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