第25話 天族の抱える疾患
イグナーツはわざとらしく咳払いを挟んだ。
「そうだ、リリアーヌの体質〝魔管軟質症〟について話しておこうか」
「え、私病気なのですか!」
リリアーヌの顔がさっと青ざめる。赤くなったり青くなったり、リリアーヌの表情はころころと変わっていじりがいがある。
「いや、病気というより体質だ。体内にある魔力が通る管〝魔管〟は、本来ある程度の硬さがあり、安定した量の魔力を体に流すためのポンプの役割もある。だが、リリアーヌの場合は魔管が柔らかすぎて、不安定なんだ。だから魔術は使えるがどれも不完全になる」
「天族の魔力粒子は細かいから、余計に難しいとか?」
「ティネの言う通りだ。魔力を認識できるようになったとしても、不安定な流れまで把握するのは難しい。魔族なら別だがな」
天族は魔力気配の察知には長けているが、魔力そのもの流れを把握できるわけではない。対して、魔族は魔力そのものを自在に操ることができる。
「さっきのコンラーディン戦では、リリアーヌの魔力の流れを把握、操作して流れを安定させた。そしたら魔術が無事完全な形で発動できたわけだ」
「じゃあ私は……その病気さえ治せば、魔術が使えるようになるってことですか?」
「そういうことだ。魔術の才能が無いわけじゃない。ただの体質ってだけだ」
「なるほど……って、」
リリアーヌはむっとした顔をイグナーツに向けた。
「それって結局、今のままじゃ一人で発動できないってことでしょ? どうやって治せば――」
「魔管軟質症は俺が知る限り、治療法は見つかっていないはずだ。魔族の間でも、決して治ることのない先天性の体質とされているからな」
イグナーツはティネに視線を向けるが、首を横に降った。
「私も魔管軟質症は詳しくなくって。あまり例のない体質みたいで」
ティネの専門分野は魔草薬学であり、医学ではない。
「リリアーヌ、君は魔術が使えないわけじゃない。その不規則な流れを把握してしまいさえすればな」
「そんなこと私には……」
「出来ないじゃない。もうやるしかないんだ。本当に魔術が使いたいならな」
「……使いたい。どれだけ時間が掛かったとしても、私は諦めない」
リリアーヌは覚悟を決めた目を空に向けた。故郷が浮いているであろう空に。
「今できることが無いことはない。俺は何度もリリアーヌの体を通して、魔術を使う。その感覚を覚えていくしかない」
「わかりました。私、頑張ります!」
ティネは拳を握り、立ち上がった。
同時にひらりとタオルが舞い落ちた。
「っ!」
「そういえば……ティネ」
イグナーツは叩かれた頬を擦りながら、残ったティネに声をかける。
「どしたの?」
「魔草薬の魔術は見たことあるが……ティネの魔術を見たことない気がするな」
それはイグナーツが前々から思っていた疑問である。ティネは魔草やイグナーツの魔力を使って魔術を発動することはあるが、自分の魔力を使ったところを見たことがない。すでに魔術陣が刻まれた剣や服などは見ても、それを刻んでいるところは見たことがない。
使っていないからどうこうというわけではなく、単なる疑問である。ティネは腰に手を当て、無い胸を反らした。
「……ふふん。能ある鷹は爪を隠すってやつだよ。戦闘だって実験場なんだから、薬を試さないなんて勿体無いでしょ?」
「そりゃそうだ」
ティネの言うことには一理ある。
イグナーツは川岸に頭を乗せ、空を仰ぎ見る。浮かんでいるはずの月が雲に隠れ見えなくなっていた。
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