第22話 天族の一撃
さらに魔力が高まった魔族を前に、リリアーヌが引きつった笑みを浮かべる。
イグナーツは口を塞いでいたリリアーヌの手をどけて、彼女に耳打ちする。
「魔力を解放してやる。そしたら魔力の流れを意識しながら、思いっきり地面を蹴るんだ」
「それだけ!? 殺される気しかしないんですけど!」
「いいから、俺の言うとおりにするんだ。そうすれば分かる」
曖昧な説明にリリアーヌは釈然としなかった様子だった。しかし、いきなりの本番で、複雑なことを言っても出来る可能性が低くなる。成功率が高い方法をこなしていくのが一番であると、イグナーツは判断した。
魔族は右腕に魔力を集中させ、巨大な鉤爪を象った武器を作り出す。
「いくぞ、天族!」
魔族は駆け出し、リリアーヌへ接近する。魔力によって強化された脚力で、わずか一歩でリリアーヌの眼前へと迫る。
魔族に躊躇も容赦も存在しない。有るのは殺戮衝動と、戦闘できる歓喜のみ。
薄紫の鉤爪は、リリアーヌの首へと振り下ろされる。
「っ!」
リリアーヌの姿が消えたと、誰もが錯覚した。ワンステップ、右方へ移動しただけだったが、あまりにも早かった。
「ひゃう!」
だが、勢いあまってリリアーヌは転んでしまった。が、すぐに起き上がる。
魔族も何が起きたのか理解できず、固まっていた。
「すごい……私、すごいです!」
魔力による身体強化に、リリアーヌは頬を赤らめるほどに感動していた。
確かに今の筋力強化は、イグナーツの想像を遥かに超えていた。あの魔族の攻撃を悠々と躱せるほどの速度が出るとは思わなかった。
しかし、課題であるコントロールの解決にはなっていない。
「次は当てる」
魔族は左腕にも鉤爪を作り出し、リリアーヌへと再び襲いかかる。リリアーヌはまた力任せに横っ飛びし、川岸へと倒れ込む。
「リリちゃん!」
「遅い!」
魔族はリリアーヌが立ち上がるより先に、攻撃を仕掛けた。
当然回避は間に合わない。リリアーヌは反射的に腕で顔を覆った。
「防いで!」
ティネの叫びと同時に、甲高い金属音が響き渡る。
魔族の鉤爪を、魔力障壁を展開した二体の妖精が防いでいた。魔族は何度も斬りかかるが、妖精の障壁は無傷のままであった。
「なんと密度が高い……まるで俺らの魔力のようだ」
魔族はあくまで比喩として言ったが、図星だった。
妖精が使う魔術は、イグナーツの魔力を利用している。並大抵の攻撃では破れない障壁となっていた。
「ということは、だ。まずこの鬱陶しい魔術を使うやつから仕留めたほうが効率いいということか」
魔族は狙いをリリアーヌからティネへと切り替える。
「障壁を展開して、私を守って」
ティネは自身の周囲に残りの妖精二体を展開し、魔力障壁を展開させて攻撃に備える。
「なんだよ、お前も守りに入ったのかよ。ったく、だるいなあ」
魔族は頭を掻きながら、大きなため息をついた。
「力半分に遊べりゃいいと思ってたが……どうやら少し本気を出さないといけないみたいだな」
魔族は足を曲げ重心を落とし、独特な構えへと変えた。
おもちゃと遊ぶのではなく、対人戦闘として意識を切り替える。
魔力の流れもより激しく、意識も敵のみに定める。
「俺の全力はあいつの速さの比じゃない……そのぷかぷか浮いてる盾とどちらが速いか勝負だな」
「ねぇ、あなた……私だけを気にしていいの?」
「なに……?」
振り向くと、リリアーヌの背に手を当てるイグナーツの姿が目に入った。
「ちょ、何するんですか! 変態ですか!」
「いや、ちょっとした実験だ」
イグナーツは、リリアーヌの背に魔術陣を展開する。もちろんイグナーツ自身の魔術ではなく、予めリリアーヌの服にティネが仕込んだ魔術陣である。
「お前ら……何をしている?」
魔族の言葉に意を介せず、イグナーツはさらに魔術陣を展開させた。
「んっ! 何か、何か入ってきます! なんかこう、温かいものが私の中に!」
「誤解を生む言い方はやめろ!」
「だってぇ……はうっ!」
魔族はその様子を見て、顔に怒りが広がっていた。
完全に馬鹿にされたと思ったのだろう。攻撃を悠々と躱されたあげく、意味の分からない行動を見せつけられたのだから。
「何をいちゃいちゃと……」
「手を向けろ、リリアーヌ」
リリアーヌは涙目になりながら、両腕を魔族の方へ向ける。
そして魔族が攻撃の動作に入る前に、イグナーツは魔術を発動させる。
「だから言っただろう。実験だ!」
刹那、白銀の閃光が魔族へと放たれた。
周囲の木々が激しくしなるほどの衝撃波を放ちながら、魔族の体へと放たれ続ける。
十秒弱放たれたあと、魔族は白目をむきながら地へと倒れ伏す。
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