第21話 初めての戦い

「みんな、川底にあるスピスを取ってきて。五本ずつ取ってきたら、私の傍に戻り一旦待機だよ」


 応えるように体の光が明滅し、妖精たちは川底に潜る。

 指示を与えれば、的確に動く妖精たち。しかし、数を言わなければ永遠に動き続けてしまうため、目的達成後の指示までしっかり与えなければならない。


「スピスを取るときは、地中から根こそぎ、な。地上に出てる部分は魔力障壁が張られているから、触れることもできない」

「分かってるよ。来る途中に散々聞いたし」


 妖精たちは川底で地中に潜り、根本からスピスを持ち上げる。そしてそのまま浮上し、ティネの傍に置く。しばらくすると結界が消え、ティネの袋へと放り込まれる。


 一本、また一本と袋の中に収まっていく。


「リリちゃん、魔族は?」

「まだ来てないみたいです。内部まで見ることはできないですけど……玄関の方には少なくとも誰もいません」

「あいつら飯食うの遅いからなぁ……。食うよりも騒ぐことのほうが好きだからな」


 イグナーツは目を細めて、城の方へと向ける。


 薄暗くなった森の中で、明るい灯りを灯している城は、人間にとっては恐怖の象徴でしか無い。が、イグナーツにとっては違う。そこはかつて住んでいた城であり、顔なじみの魔族がたくさんいる家なのかもしれないと、ティネは思っていた。


「恋しくなった?」

「俺が、ここをか? まさか……俺を殺そうとした奴らだぞ? 湧くとしたら恨みのほうが湧くと思うけどな」


 イグナーツは鼻で笑った。

 死にしがみつきたくなるほどの壮絶な苦痛を、ここにいる魔族の誰かがイグナーツに与えた。そんな場所に戻ろうとは思わない。戻ったとしても、ここにイグナーツの居場所はもうない。


 のんびりと気楽に暮らせる今のほうが遥かにマシである。


「次会えば、間違いなく殺し合いになるな」

「これだから戦闘民族は……っ!」


 イグナーツをいじろうとしたリリアーヌの目つきが急に変わった。


「……いる。城じゃない、けどどこにいるか分からない」


 その一言で、イグナーツとティネは臨戦態勢になった。

 周囲に視線を巡らせるが、姿は視認できない。


「……ティネ、いけるか?」

「うん。妖精は作業中断して、手元に置いてるよ。全部は取れなかったけど……」


 合計十本弱のスピスを回収した。欲を言えば二倍の数を集めたかったが、これ以上はリスクが大きすぎる。妖精を周囲に纏わせながら、ティネはフラスコを構えた。


「逃げるぞ。俺について来い」


 イグナーツは川を下る方へ走り出した。と、どこからか物音がしてイグナーツを追いかけてくる。身体能力の高い魔族を相手に、この人間の体では確実に追いつかれるだろう。


「師匠。もう少し早く走れませんか? 追いつかれてしまいますよ」


 軽くイグナーツを抜かすリリアーヌ。


「煩い。この体だとこれが限度なんだ!」


 イグナーツは体の運動神経のなさに舌打ちした。

 筋肉量はもちろんのこと、持久力もまるでない。五分もせぬうちに息があがり、足が鉛のように重くなってきた。


「つか、それよりティネ! 体力なさ過ぎだろ!」

「もう……だめ……わたし……だめ……」


 そのイグナーツ以上に体力が無いティネ。まだ走り始めて間もないというのに、もう息を荒げている。


「おいおい、逃げんなよ。釣れねぇな」


 イグナーツが足を止めた。声が聞こえたのは、誰もいないはずの前方からだった。リリアーヌはとっさに飛び跳ね、イグナーツの隣に立つ。


「速い……!」

「これが魔族だ。油断するな」

「ヒヒッ、いいねえ。その表情……ゾクゾクするよ」


 木陰から現れた白髪の男が、気味悪い笑みを浮かべていた。

 白シャスに黒のジャケット、そして銀のアクセサリーを全身に纏ったその外装は、ガラの悪いチンピラ以外の何者でもなかった。


「気をつけろ。魔族は魔力そのものが武器であり防具だ。人間のように鎧は身に着けないし、あんなふざけた格好でも全力で戦える」

「おーい、聞こえてるぞー。これは、そう……ファッションだ。人間から手に入れるの苦労したから汚したくないんだが……人間をこの手で殺められるチャンスを見逃すほうが惜しいな」


 魔族がにやりと笑い、一歩イグナーツらの方へ近づく。

 ただそれだけで逃げ出したくなるほどの威圧が放たれる。魔族を討つと粋がっていたリリアーヌですら、顔が強張り、息をするだけで精一杯だった。ティネはリリアーヌほど顔には出ていないが、じっと魔族を見て警戒していた。


 ――まずいな。


 今の状況ではまともに戦うことすら難しい。

 完全に怖気づいたリリアーヌの肩を、イグナーツは叩いた。


「おいおい、雑魚を相手に何をビビってるんだよ。さっきまで魔族は片っ端から葬ってやるって言っていたのに。あんなので怖気づいてたら、天族の名が廃るぞ」


 その言葉を聞いて、リリアーヌの顔がさらに真っ青になる。


「ちょ、ちょっと待ってくださいい! 私そんなこと言っていませんし! 天族じゃありませんし!」


 いきなり挑発するような言葉を並べたイグナーツの口を慌てて塞ぐ。


「あ、あははー。すみません、この子がついイキったことを言ってしまって! 私は決してあなたと戦う気はありませんし、魔族を滅ぼそうなどとは毛頭――」

「ほほう、天族か。こりゃ俄然殺る気が湧いてきたな」

「ですよねー!」

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