第19話 いざ魔王城へ

「師匠! 魔力をそろそろ使わせてください。頭が変になりそうです!」


 考え込んでいるイグナーツの耳に、騒がしい声がもう一つ届く。


「変なのは元々だろ。けど、そろそろちょうど良かった」


 イグナーツは大きなあくびをして、立ち上がった。


「よし、なら出かけるか」

「出かけるって……どこへ?」

「エフェンベルク城だ」


 二人の顔が強張った。

 かつてイグナーツが統治した、魔族の住まう巨大な城。四天魔王がいない今も尚機能している城に、イグナーツは行くと言いだした。


「危険じゃない? 魔族がウロウロしてるんだよね? っていうか、あなたも狙われてるんだよね?」


 四天魔王を恐れないティネも、さすがに敵地のど真ん中への突入には尻込みするらしい。


「多少のリスクはある。が、城の近くには魔草〝スピス〟が生えているんだ」

「スピス……? 聞いたことないけど……新種? それとももしかして……魔界の植物?」

「そのとおり。俺らの世界では有名な〝生きる植物〟と言われる魔草だ」


 さすがのティネも魔界の知識までは持っていないらしい。

 今後の取引材料になるかもしれない、と思いならイグナーツは話を続ける。


「それは魔力を用いて、柔軟に生き延びている魔草なんだ。枝や葉が切れたら魔力の治癒によって治癒するし、病気になっても回復する。山火事や豪雨からは、魔力の障壁で耐えうるんだ」


 必要な時に、必要な分だけ、必要な魔術を発動して身を守る。

 まるで意思を持っているかのような植物……それがスピスであった。


「自我を持つわけではないが……不必要に魔力を枯らしたり、死ぬこともしなくなるだろう」

「たしかに……妖精にその魔力を組み込むだけで効果ありそうだし、臨機応変に動く性質を解明すればさらなる進歩になるかも」


 一理あると思いながらも、表情には陰りが見えているティネ。いくら魔草のためとはいえ、魔族と出会うことを危惧しているのだろう。


「魔族と出会ったらリリアーヌの魔力を解放してやろう。より明確に魔力の流れがわかるはずだ。コントロールもマシになるだろう」

「ま、まあそうかもしれませんけど……」


 リリアーヌは頬をかきながら目を反らした。


「いきなり魔族との戦いっていうのは……自信が無いっていいいますか……」

「そうだよ、さすがに無茶すぎると思うな! 一人相手ならともかく、複数相手だったらさすがの私も対応しきれないと思うんだけど」


 いつもは張り切っているリリアーヌだが、いざ実践を前にすると怖気づく。そういえば、トリキュラ討伐依頼のときも、トリキュラを前に尻込みしていた。


「大丈夫だ。あいつらは基本単独行動だから、仲間を呼ばれる心配はない。あと……正直な話、エフェンベルク城にはヤバい魔族はいない」

「どういうこと?」


 ティネは首を傾げる。


「人間や天族を向かい打っていたのも、基本俺だけだからな。なにせ、四天魔王最弱の城だぞ?」


 〝四天魔王最弱〟という称号を嫌うイグナーツだが、今リリアーヌを説得するには言わざるを得ない。


「ほんとですか! それなら私やってみます! リリアーヌ=ヴァレの活躍をご披露いたしましょう!」


 イグナーツの話を聞いて、手のひらを返したリリアーヌ。

 心の変わりやすさはティネ以上で、リリアーヌの方が幼く見えるほどである。


 イグナーツは安堵のため息を、心の内でついていた。

 彼の言葉は、幹部クラスの魔族にさえ会わなければというのが前提である。ただ、もしあったとしても短剣の力を使えば、逃げるくらいはできるだろう。


「というわけだが、ティネはどうする?」

「……行くよ。生命創造術を開発するための、試練だよね」


 震える手を握りしめ、決意を固める。

 そしてはっと何かに気づき、ティネは頬を膨らませる。


「っていうか、なんで指揮とってるの? イグは私の下僕なのに」

「いいじゃないか。細かいことは気にするな」

「細かくないのに……」


 よりプクッと頬を膨らませるティネ。


「それでは、中間をとって私リリアーヌがリーダーに――」

「「ならなくていい」」

「声を揃えて言わなくてもいいじゃないですか……」




 翌日の早朝、身支度を整えた三人は家を出た。

 ティネの家から北東に進むとパラルロムがあるが、今回の目的地は西の方面にあるエフェンベルク城付近の森である。


 魔草〝スピス〟は魔力密度の高い場所に生息する魔界からの外来種である。城の近くでも、脇に流れる川のほとりにより魔力が濃い地帯がある。スピスが数多く群生している場所はその川のほとりだけである。


 城の近くには多くの魔族が徘徊し、人間の襲撃に備えたり、仕込まれた罠魔術を解除して回っている。川岸は見晴らしもよく、城へ攻めるために人間がよく使うため、より厳重な警戒網が敷かれていた。


「そろそろエフェンベルク城の可視圏に入る。あまり城から見える場所に立つと、見つかるからな」


 半日以上歩き続けたイグナーツたちは、森の茂みに身を隠しながら、川から少し離れたところを歩いていた。ティネの害獣避けの薬により、今の所戦闘は行っていない。だが、その薬は当然魔族には通用しない。そして一度彼らに見つかれば、間違いなく戦闘になるだろう。

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