それが魔族を殺すということ
第18話 魔力で構築する生命体
「師匠、まだ魔力を使わせてくれないんですか! もう掃除・洗濯・料理すべての家事をこなしましたよ! 次は買い出しに行けばいいですかね?」
「イグー! 生命創造術って何なのー? 美味しいのー?」
イグナーツの裸体発見事件から一週間経った。
昼食を終え、窓際で温かい日差しを浴びながら昼寝をしようとしていたイグナーツの耳元に騒がしい二つの声が鼓膜を揺るがす。
「リリアーヌ、使うのは魔力じゃなくて魔術な。ティネ、お前はとうとう頭が狂ったか。とりあえず寝てこい」
イグナーツは実に平和な毎日を過ごしていた。
人間との戦いのことを考えず、四天魔王としての威厳を放棄する。ただ惰眠を慾るが如何に幸せであるかを、イグナーツは全身で感じている。
職に就かず、だらだらと人生を浪費する人間がいると聞いたことがあるが、イグナーツは分かる気がした。
「イグさーん。老後の余生みたいな生活してないで、研究手伝ってほしいなー」
しかしその幸せな時間はティネによって壊される。研究の没頭していたのか白衣がずれ落ち、白い肩が顕になっている。
「イーグーさーん」
「聞こえてる! 聞こえてるから叫ぶな。あと新しい服に着替えろ」
「めんどーだし……白衣あれば生きていけるし」
つんとティネはそっぽを向いた。大人な下着を付けるくらいだから、おしゃれに気を使っているのかと思いきや完全に見当違いだった。外出しない日は文字通り白衣のみで、下着を着ることすらしない。リリアーヌに何度そのことで注意を受けているが、一向に治る気配がない。
「はいはい。で、今日は何に詰まってるんだ?」
聞いたところで、アドバイスできることなど殆どない。だがティネにとって自分の考えを口に出し、人にぶつけることでストレス発散になり、新たな着想へと辿り着くことができるらしい。
「えっとね、とりあえずこういうのは作れるようになったんだけど……」
ティネは魔術陣が書かれた紙と、フラスコを取り出す。
水滴を垂らすと紙が光り、小さな人が現れた。
手のひら大で、背中には半透明の翼がついている。ティネと同じ金色の髪と青い瞳を持ち、白いワンピースに身を包んでいる。
「一応これが魔力百パーセントで出来た生命体……〝妖精〟って私は呼んでるけど」
形、質感、雰囲気……全てにおいて、間違いなく人間である。
パチパチと瞬きし、じっとイグナーツを見上げている。
「おお! いいじゃないか。確かリリアーヌを運んだやつらよりも、かなり人間らしい。外見も、表情も、動きもいいと思うが」
森で倒れてたイグナーツや、トリキュラ戦後のリリアーヌを家まで運んだのも小さな生命体だった。しかしそのときは丸い光の玉のような形をしており、水に浮かぶかのように空を飛んでいた。
随分な進歩であるとイグナーツは感嘆したが、対して、ティネの表情には喜びの欠片もない。
「見てくれだけは、ね。天族の細かい粒子と、魔族の体を観察できたことでここまでは持ってこれたんだけど……問題はやっぱり〝思考〟だね」
「思考?」
「命令を与えてあげないと動いてくれないんだよ。自分で考えて物事を考えたり、判断して臨機応変に動くってことができないとその先に行けないんだよね」
生命創造術の終着点……〝自我〟の誕生に至るため、自ら能動的に行動することは必然となる。
植物ですら臨機応変に自ら動くことができる。だが、ティネの妖精は独立して動くことが一切できないらしい。飛べと言われたら際限なく真上に上昇する。火を起こす魔術を使えと命じれば、体を構成する魔力を使いきるまで灯し続ける。
もちろん、命令を与える際に上限の設定をすることは可能である。だが、せめて自らを死に追いやらないための自制心は芽生えさせるべきだ。
「この金髪の子は〝シーラ〟ちゃんって名前をつけて、ずっと身の傍においてるんだけど、それでも変わらなくって。まあ、今から学習能力を求めるのも早い気はするけど」
傍から見ると小人にしか見えないが、たしかに表情はずっと同じで、目は虚空を見つめている。無機質さが表情から滲み出ている。
「致命的な欠陥だな。何か解決策はあるのか?」
「それがないんだよねー。人並みに知性のある魔草があればいいんだけど……そんな都合のいい話はないよね」
「人並みに知性、ね」
イグナーツもそのような植物の話を聞いたことがない。
ティネが求めているのは魔力に自我が宿っている植物であり、自我が宿っている植物の魔力ではない。
後者ならともかくとして、前者のような植物は噂にも伝説にも聞かない。
「いや、待てよ……しかしリスクが……」
イグナーツの中でふと心当たりのある魔草があった。直接的な解決にはならないが、致命的な欠陥は防げるかもしれない。
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