第17話 イレギュラーな二人
二人は階段を、足音を立てないようにゆっくり降りる。二度目の悲鳴は聞こえず、戦闘音や破壊音もしていない。
声を出さないよう脅かされているか、それとも声を出せない状態になってしまっているか。いずれにせよ、これ以上の情報は目で見る以外に獲得する手立てはない。
イグナーツはドアの前に立ち、耳を近づける。中からはリリアーヌの荒々しい呼吸音だけが聞こえていた。最低限生きていることを確認したイグナーツは、一度呼吸を整えてからティネにアイコンタクトを送る。
そして、思いっきりドアを開けて中に侵入した。
地下室には部屋の中央でへたり込んでいたリリアーヌしかいない。壁を突き破られた形跡や、部屋を荒らされた形跡もない。
リリアーヌは涙目になり、震えている。どことなく頬が紅潮しているが、傷や服の乱れなどは無かった。
「リリちゃん、大丈夫?」
傍に寄ったティネに、リリアーヌは抱きついた。
「大丈夫じゃないですよ! なんでこんなところに――」
リリアーヌは涙ながらに指さした。
「――どうして全裸の男の人が浮いてるんですか!」
ティネが作った偽の壁は消え、イグナーツの本体が保存されている容器が顕になっていた。
イグナーツはため息をついて、ティネに視線を向けた。
「……ティネ、これは一体どういうことだ?」
「あはは、壁を作るの忘れてたよ。リリちゃんこれを見てびっくりしたんだね」
「笑い事じゃないです! 暗闇の中から、人の体がいきなり現れたらびっくりしますよ! それに……それに、男の人の裸なんて」
「つうかそれ、俺の元の体なんだが」
「っ!」
ティネは言葉にならない悲鳴をあげ、さらに顔を真っ赤にした。
ティネは立ち上がり、容器へと近づく。
「でも、少し〝漢〟が情けないね?」
「た、たしかに……って、私はそのお父さんのしかっ!」
「見るなぁ! ティネ、壁を早く戻せ!」
ティネは渋々といった表情で壁を出現させた。
リリアーヌはふうと大きなため息を漏らした。
「あれが本当の体……」
「どうした? 気になるのか?」
「違います! じゃなくて……」
リリアーヌはイグナーツに顔が見えないように、そっぽを向いた。
「確かにあの体からは魔族の魔力を感じました。師匠って本当に魔族だったんですね」
「半信半疑なのに、俺を殺そうとしたのか?」
「そういうわけじゃ……ただ、うまく言えないけど魔族っぽくないって気がして」
リリアーヌの言葉に、イグナーツは即答できなかった。
過去にも、何度か魔族に言われたことがあった。〝イグナーツ様は魔族らしくない〟と。
「私も人のことを言えませんけど……魔族の方が、人間の下につくことをプライドが許さない気がして。天族と同じ屋根の下に過ごすのは、もっての外のはず。私への特訓だって、もっと痛めつけるようにしたんじゃないかって。でもあなたは――」
「まてまて。勘違いするな」
イグナーツはリリアーヌの言葉を止めた。
「魔族っぽくないか。でも、俺は間違いなく魔族だ。今、その目で見たろう? 言っておくが、俺が魔術を教えるからといって油断したらいつ何を仕掛けるか分からないぞ。そう思って俺に接するんだな」
天族と仲良くなる気はさらさらない。
天族が魔族に偏見を持つように、魔族も天族に対して思うところがある。そのつもりで言った脅しだったが、リリアーヌはティネと顔を合わせてにへらと笑った。
「か弱い女の子の悲鳴にいち早く駆けつけた魔族サマに言われましてもねぇ」
「説得力の欠片も無いよねぇ」
「……ほんとお前らいい性格してるよな」
イグナーツは内心ホッとしていた。
魔族の体を見たリリアーヌが暴走しないか懸念だった。魔術が使えなくとも、物理的に殺すことはできるのだから。
普通の天族であれば、元はといえ四天魔王の無防備な体を目の前にしたら、如何なる手を使っても壊そうとするだろう。
――お前もイレギュラーな天族なのかもな。
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