第15話 籠絡された天族

「俺の体が腐る? どういうことだ? あの液体で保存されているのではないのか?」


 食い気味に問い詰めるイグナーツに、まあまあとティネは落ち着くよう促す。イグナーツは浮いていた腰を椅子に落とし、説明を待つ。


「腐るってのは比喩なんだけど……あのね? 魔族の体ってほとんど魔力で出来てるせいで、維持に凄い魔力使うんだよね。光合成で魔力を生み出す花とか何やらを使って補給しているんだけど、徐々に減ってるみたいで。正しく言うなら、崩れかかってきているってことかな」


 ティネはぴっとリリアーヌを指差した。


「そこで、リリちゃんの魔力! 天族は生み出す量が普通の人より多いし、魔力粒子が細かいから隅々まで行き届くしで、イグに供給する魔力としてこれ以上ないくらい最適なわけ。いやあ、丁度良かったよ」


 原理は、イグナーツの本体から魔力を引き出した魔術と同じ。リリアーヌとイグナーツの本体と間にパスを作り、魔力を流れ込むようにしたのだ。


 リリアーヌから本体に流れる一方通行にしておけば、呪いの効果を受けることもない。そして、リリアーヌの魔力を永久的に奪い続け無力化できる。


「なるほど。それはいいことを聞いた。ではお言葉に甘えて好きに使わせてもらおうか」

「前言撤回です! やめてください! 使うとしても、魔族以外に私の魔力を使ってください!」

「でも、さっき好きにしていいって言ったよね?」

「駄目なものは駄目です! 私の清廉で神聖で高貴で完璧な天族の魔力を、こんなへなちょこ魔族にあげたくありません!」


 悪魔のように笑みを浮かべる二人に、リリアーヌは椅子ごとがたがたと揺れらし怒りを伝える。


 イグナーツは心の底から爆笑していた。これ以上ない天族への屈辱を、自覚なしに与えている少女に対して。イグナーツですら、このような仕打ちは思いつかなかった。


「やっぱりティネは魔族以上に性悪だな」

「えへへー」

「褒め言葉じゃないですから!」


 息を荒げていたリリアーヌは、がくりと頭を垂れた。


「……いいですよ。いつの日かここから抜け出して、あなたに掛けられた術も解いてもらいますから。その後で天族に報告して、この家に攻めてやりますから」


 リリアーヌはそれっきり黙りこくった。よほど先程の事実がショックだったのか、何を言っても反応しなかった。


 ティネはイグナーツにどうしようと視線を投げてきた。

 このまま放っておいて、ただ魔力の補給源とする手も無くはない。が、せっかくであれば更に有効活用したいものである。


「なあ、こいつから搾り取る魔力の量は制限できるのか?」

「うん、大丈夫だよ。なんなら、イグに権限を与えることもできるよ」

「そうか。つくづく便利な魔術だな」


 イグナーツはリリアーヌの横でしゃがみ込んだ。


「近づかないでください。汚らわしい」


 イグナーツの頭に一瞬血が登りかけたが、どうにか自制する。


「なあ、リリアーヌ。お前が地上に来たのは、落ちこぼれだと言われた奴らを見返すためか?」

「……そうです。でも貴方には関係ありません。同情される筋合いなど――」

「同情じゃない。取引をしよう」

「取引?」


 イグナーツは手に持っていたナイフで、リリアーヌの腕を縛る縄を切る。


「お前の目標を達成するには魔力のコントロールは不可欠だ。でも、同じ天族に教えを乞うことはできず、人に教わることもプライドが許さない」


 続けて、足を縛る縄も外す。リリアーヌは驚きのあまり、椅子の上で固まっていた。


「……ま、まあ外れではないですね」

「なら、俺が魔術を教えてやろう。俺から求める条件は〝俺が元魔族である〟ことを他の人間にバラすなということだけだ。簡単だろう?」

「ちょっと待ってください。意味が分かりません。魔族に魔術を  教えてもらうなんて私には受け入れられません。それなら人間に……」


 イグナーツは机を強く叩いて立ち上がった。


「リリアーヌ=ヴァレ! お前が目指すのはただの魔術師止まりでいいのか! 火をおこす、水を出す……そんな初歩的な魔術では何の助けにもならん!」

「っ!」


 豹変したイグナーツにびくりとリリアーヌは体を震わせた。


「俺は魔族の中でも四天魔王と称されていた。それ相応に魔術についての知見はある。強力な魔術なら尚更な。俺ならできる。他の天族には比にならん魔術を教えられる」


 リリアーヌは考え込む。確かに普通の魔術を習ったところで、普通の天族にしかならない。より人を助け、より天族に認めてもらうには強力な魔術を使えたほうがいい。


「でも魔族の使う魔術なんて……」

「生贄などのリスクもなく、人道的な魔術もある。加えて俺なら魔族しか知らない強力な魔術だって教えられる」


 イグナーツは真正面からリリアーヌを見る。


「駄目だと思ったら切り捨ててくれて構わない。利用するだけ利用する価値があるとは思わないか? 必要なのは〝過程〟じゃなく〝結果〟だろう?」


 イグナーツは次から次へと大義名分を提示する。

 リリアーヌを立ち止まらせているのは余計なプライドのみ。ならば、プライドに抵触しない動機を用意すればいい。


「元魔族ですが……今は人間ですもんね。ティネちゃんの道具がなければ、魔術が使えない……」


 リリアーヌの中で色々な感情が渦巻いていた。

 だが、一番に大事な目標が何かと考えた時、迷う余地はなかった。


「……分かりました! わたし、やります! ただし私は〝人間のイグ〟に魔術の教鞭を依頼します。そして魔術が使えるようになった暁には〝魔族のイグナーツ〟を倒します」


 イグナーツは少しだけ驚いた表情を見せた。

 言葉遊びに過ぎないが、天族としての落とし所なのだろう。


「なるほど、俺は敵となる奴を自ら育てることになるというのだな。……いいだろう。それはそれで面白そうだ」


 イグナーツにとって、リリアーヌを仲間にすることはメリットがあまりに大きすぎる。


 リリアーヌが寝ている間にティネが調べたことだが、天族特有の細かい魔力は生命創造術にも向いていることが分かった。


 細かい魔力粒子は柔軟性が非常に高いため、人間でいうところの脳や脊髄などといった機能の構築に最適であった。もちろんこのことはリリアーヌには言わない。もし魔族の生命維持だけでなく禁術の開発にまで使われると知られたら、十中八九断られるだろう。


 そして何より、魔族の気配を察知できる〝天族の目〟がイグナーツにとって重要だった。ティネの家やパラルロム周辺には、元々イグナーツの配下だった魔族が大半を占める。もし見つかってしまえば、新たに四天魔王はイグナーツを邪魔だと考え容赦なく排除に踏み出すだろう。


 今の体では抗いようがない。そのため天族の目によって魔族と合わないようにすることは極めて大事である。


「ところで、もうお肉ないの? もう少しなら食べてやってもいいけど?」


 急に話の腰を折ってきたティネ。イグナーツは嘆息しながらテーブルに向き合うと……


「俺の分まで食べやがって! 調理した肉はもうない! 保存してる肉は一切食べさせないからな!」

「そんな! で、でも私は薬草のほうが好きだし? 困らないし……肉なんか別に……好きだけど……やっぱりくださいお願いします何でもしますからどうかお恵みを!」

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