第14話 囚われた天族

 リリアーヌ=ヴァレは地上より遥か空に存在する、神聖なる国で生まれた。


 地上に蔓延る悪を成敗し、秩序を保ち、世界の平和を存続させる。そんな天族に生まれたことが誇らしく、自分も世界の役に立てる天族になろうと小さい頃から思っていた。


 しかし、現実はそう甘くない。リリアーヌには、壊滅的に魔術の才能がなかったのだ。


 体内に宿す魔力量は、並の天族よりも優れている。だが、魔力のコントロール魔術をまともに発動させることは一度もできなかった。簡易的な魔術でさえ、暴発してしまう。


 だからこそ、自分を追い込もうと決めた。魔族の城に一番近い街で、強い害獣と戦う。自分を危機に追い込めば、本当の力が使えるようになるかもしれない。そう思って、地上に降り立った。

 しかしその結果リリアーヌは、魔族に囚われるという許しがたい運命へと流れ着いてしまった。




「おいしくなんか……ない! いつも食べてる……薬草の方が……」

「食べながら喋るな。あのな、涙流して肉を食いながら言っても、これっぽっちも説得力ないぞ?」

「だって止まらないんだもん! 仕方ないよ! 美味しくないのに美味しいんだから!」

「分かったから、とりあえず落ち着け?」


 依頼を終えたイグナーツは、ティネにリリアーヌの運搬を任せたあと、一度パラルロムに戻った。ギルドで報酬を受け取ったあと、食料を調達しに店へと向かう。


 パラルロムは最前線の都市として作り変えられてから、店前や外で物を売る事ができなくなっていた。もし街が戦場となったときに、貴重な食料を少しでも多く守るため、全て屋内での販売が義務付けられた。


 食料を扱っている店は異常事態時に緊急避難場所となる代わりに、無料で魔術障壁の術式を壁に刻んでもらえるらしい。


「……高かったな、あの街の物価は」


 食べ物が貴重であるということは当然、値段も軒並み高い。イグナーツは肉と調味料、その他安くて長持ちする食材だけを手に入れた。それでも報酬の半分は無くなってしまったが、致し方ないとイグナーツは自分を納得させた。


 家に帰ってから、早速イグナーツが簡易的な味付けをした肉を焼いた。また、調味料を使った薬草のスープも合わせて作った。

 四天魔王だった時代、自ら侵攻しないイグナーツは暇な時間が多かったため、城で働いていた調理師から料理を習っていたことがあった。


「ま、でもティネの美味しそうな顔を見れたんだ。金相応の利は生まれたってもんだ」

「や、薬草のほうが美味しいし! けど食わずに捨てるのが勿体無いし、イグが作ってくれたから食べてるだけなんだからね!」


 その料理をティネは一切休むこともなく食べている。口の周りを肉の油でつやつやにさせ、食べかすをぼろぼろテーブルの上に落としている。まるで赤ん坊のような食べっぷりだった。


 口では悪態しかついていないが、表情と態度が彼女の本音を表していた。


「さて、そこの天族サマも目覚めたみたいだから……話を変えるか」


 テーブルに座る三人目へと、イグナーツは視線を向けた。


「おはよう、リリアーヌ=ヴァレ。気分はどうだ?」

「最悪です。まさか、魔族に囚われるなんて」


 リリアーヌの水色の前髪の隙間から、髪と同色の瞳でイグナーツを睨んでいた。彼女の手と足は椅子に縛られ、動くことができない。せめてもの抵抗として睨んだのだろうが、イグナーツは涼し気な顔で受け流す。


「魔術も使えないなんて。あなたたち……私に何をしたんですか?」

「魔術が使えないのは元々だろう?」

「ち、違います! 少しコントロールが悪いだけで……さっきも一発くらいはトリキュラに当てましたよ!」

「そっかそっか」

「……別にいいですよ。正しく使えてないことには変わりませんから」


 リリアーヌの威勢の良さがふっと消え、暗い表情になって俯いた。


「ちなみに、魔術を封じたり、お前をここに運んだのはそこにいる大食い少女の力だ」

「ふぁっ!」


 食べ物を口一杯に含ませていたティネは、急いで咀嚼し飲み込んだ。そして汚れた口のままぴょんと手を挙げる。


「改めまして、ティネだよ。単刀直入に言うけど、あなたも私の下僕に任命するよ!」

「はい?」


 リリアーヌはキョトンとした顔でティネを見つめる。


「……ま、最初はそういう反応になるよな。俺もそうだったから分かる。掻い摘んで説明してやるとだな――」


 ティネは生命創造術を研究していること、その一環で魔族を手元に置いていることを説明した。

 話を聞いたリリアーヌは、大声で笑い始めた。


「あははっ……まさか、四天魔王サマが人間の研究材料になってるなんて……ぷすすっ」

「……今俺、喧嘩を売られているのか? そうなんだな? 魔術もロクに扱えないへっぽこ天族なんか歯牙にかけるに値しないが、そやかましい声を出す首を掻っ切ってやろうか?」

「どうぞどうぞご自由に。近づいたらこの椅子ぶん回して、あなたの頭をぺしゃんこにしてあげますから!」

「こらこら二人とも」


 ティネが制すると、二人は睨み合いながらも静かになった。


「さて、リリちゃん。あなたの魔力……私たちに使わせてもらうね」

「拒否権は無いでしょうから、お好きにどうぞ」

「ありがとう! よかった……これでイグの体が腐らずに済むよ」

「「は?」」


 イグナーツとリリアーヌが同時にティネへ顔を向けた。

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