第12話 死の再現

 トリキュラ討伐作戦の初めは順調であった。

 イグナーツ、クライド、エイミーの三人が一頭の気を引きつけ、もう一頭から離れるように動かすことができた。


 戦う前は不安感を見せていたクライドとエイミーだったが、いざ戦いになると怖気づくことなく的確にトリキュラの攻撃に対応した。

 軽々鉄板を貫くと言われる突進を全力で躱し、角には真正面から受けないよう攻撃をいなし、岩を粉砕する太い尾からの殴打は盾で確実に防いだ。


 エイミーも魔術による攻撃と、クライドの補助をこなした。

 しかし、耐えることはできても攻めることができていない。


「くっそ……こいつ硬いな!」


 クライドが持つ大剣はかなり重量があり、持ち主の筋力と魔術による強化で、硬い地盤を軽々と抉れるほどである。が、それを肌に受けても掠り傷しかつかず、痛がる様子が全く見られない。


「ええ。炎もびくともしないわ!」


 エイミーの魔術も、その鉄壁の防御を前に攻めあぐねていた。エイミーが得意とするのは炎を操る魔術である。物理攻撃が駄目ならと熱や火で攻撃してみても、トリキュラは涼し気な顔で受け流していた。


 ――ま、こうなるだろうな。


 しかしこの展開は、イグナーツの想定範囲内であった。

 トリキュラ討伐依頼が高難易度に設定されている理由は、堅牢すぎる鱗のせいである。そして持久戦になった挙げ句、他のトリキュラに挟み撃ちにされ敗北するというのが大半だった。


 弱点である足の裏も、他の部位より少し柔らかいだけで、今の火力ではダメージすら与えられないだろう。


「耐えるんだ。リリアーヌさんか、ティネが戻ってこれば勝機を見いだせる!」


 勝機が見えない中、なんとか士気を維持するよう叱咤する。とはいえ、イグナーツ自身もトリキュラに有効打を与えることができていない。図体の大きいトリキュラの死角に入って、攻撃し、すぐ死角に逃げ込むヒットアンドアウェイ戦法を取っていた。


 これにより突進を封じると同時に、極力クライドとエイミーに攻撃させないようにしていたが、早くも息が上がっていた。


 ――この役立たずの体め! 


 イグナーツの体が、あまりにも運動慣れしていないことを痛感した。動きを最低限に、筋肉負担の少ない動きに努めているイグナーツだが、既に足は乳酸で軋んでいる。


「……さて、アイツの様子はどうかな」


 イグナーツは距離を取り、リリアーヌの方を見る。

 と、


「イグさーーん!」


 そこには猛ダッシュするリリアーヌの姿があった。イグナーツの方へと、必死の形相で迫り来る。

 もう一頭のトリキュラも連れて。


「何やってるんだ! 少なくとも撒いてから――」

「むりですーー! 嘘ついてごめんなさーーい! 助けてくださーーい!」


 ティネは何度か振り返って魔術を発動させているが、すべてあらぬ方向へと飛んでいた。


「見栄張りにもほどがあるだろ! あいつ本当に天族か……?」


 天族は、魔力密度の薄い高度に住んでいる。故に、天族は少ない魔力を効率よく使える特徴があり、コントロールも総じて良い。しかし、リリアーヌはまるで魔術のコントロールができていない。


「なんでもしますからーー! ゆるしてくださーーい!」


 まさか何の成果も出さずに逃げに走るとは思わなかった。せめて一体くらいは倒すだろうとイグナーツは思っていた。とはいえ、体力の底が見えていたイグナーツにとってはありがたい展開だった。


 次の一手で全てを終わらせることができるのだから。


「……機能してくれよ」


 こうなれば、最後の手段に頼るしかない。

 イグナーツはティネから貰った短剣を掲げた。


「リリアーヌ! こっちに向かって全力で走れ!」


 ぶんぶんと顔を縦に振り、腕を大きく振りながら全力疾走。あのトリキュラから逃げれる身体能力は、ある意味凄くはある。


 と、余裕ぶっている暇はない。イグナーツは柄の先についている水晶を思いっきり地面に叩きつけた。

 パリンと水晶が割れる。


 刹那、


「ぐあああああぁぁっ!」


 この世のものとは思えない叫び声をあげながら、イグナーツは地に倒れた。体の内側から針で射抜かれたような苦痛が全身に駆け巡る。


 血走った目は大きく開き、涎が垂れた口からは絶えず叫び声が放たれる。普通の人間ではあまりの痛さに、廃人になってしまいかねないだろう。


 だが、イグナーツはそうならなかった。


 ――思い出した。


 何故ならこの痛みが二度目だったからだ。


 ――〝魔力が身体に流れると激痛が走る〟呪いをかけられ、この苦痛に一晩襲われ続けたんだ。


 段々と痛みが収まってきた。イグナーツはふらつきながら、ゆっくりと体を起こす。体を動かすたびに激痛が走り、意識が吹き飛びそうになるのを堪える。


「はぁ……はぁ……っ!」


 不意に、体の奥底から力が流れ込んできた。

 イグナーツの本来の体とのパスが繋がったと、本能で悟った。

 ティネの言葉は、はったりではなかった。


 だが、同時に痛みも段違いに強くなる。意識が飛ぶかどうかの間の中で、イグナーツは右手で地に触れた。


「……トリキュラの死を……再現しろ」


 誰の耳にも届かない消え入るような声だったが、詠唱として十二分に機能した。

 二体のトリキュラの足元から、背へと貫通する黒い槍が伸びる。そして、ビクリと大きな痙攣を一回起こしたあと、二体とも倒れ伏した。


「何が……起きたんだ……」

「トリキュラを……一瞬で……」


 クライドとエイミーは状況を飲み込めず、ただただ動かなくなったトリキュラを見つめることしか出来なかった。


「……」


 リリアーヌは無言のまま、じっとイグナーツを見つめていた。


 当のイグナーツは、地面にうつ伏せになって倒れた。同時に、黒い槍も霧散する。


 魔術を発動した後、魔力回路を閉じるための激痛がイグナーツを襲った。耐えきったが、ほぼ限界に近かった。痛みのあまり四肢に力が入らず、失神寸前にまで意識が朦朧としている。トリキュラを無事に倒し緊張が解けたせいもあり、指先すらぴくりと動かすことも出来なかった。


「たっだいまー。お、早速使ったんだね。どうだった?」


 どこからともなく現れたティネが、イグナーツの隣にしゃがみこんだ。


「……」

「しゃべることもできない、か。だから、ちゃんと事前に注意したのに。あなたの本体にかかっている〝呪い〟は、肉体と魔力にかけられているから、激痛が走るかもって」


 ティネは、イグナーツの体を仰向けになるよう転がした。そして、持っていた薬品の一つをイグナーツの口へと流し込む。

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