第11話 作戦会議

 パラルロムから二時間ほど西に歩いたところに、荒れた岩石と草原が入り交じる地帯がある。程よく食べ物があり、程よく隠れ家となる場所があるため、害獣が数多くいることで有名な場所であった。パラルロムの討伐依頼の半分が、この場所を指定している。


 そこがトリキュラの出現ポイントも、その荒野だった。

 この辺りは夜行性の害獣が多いため、日が沈むと難易度が格段に上がる。そのため、夕方までにケリをつけなければならないだろう。


「あれがトリキュラね。……想像より大きくない?」


 荒野から離れたところにある茂みに隠れながら、エイミーはごくりと喉を鳴らす。トリキュラは高さが二メートル近くもあるためすぐに見つかったが、迫力ある大きさに怖じ気づいてしまっていた。


「図体でかいやつは、隙が多いってのが常識だぜ? 見た目にビビらずに、落ち着いて弱点を狙えば――」

「トリキュラは、真っすぐにならかなり早い速度で走れますよ? なんでも、あの頑丈なパラルロムの壁も突き破れるとか」

「……まじか」


 クライドの表情が一瞬で固くなる。


「でも、ご安心ください。彼らが早く走れるのは直進だけで、曲がるときには一旦止まらないと行けませんからね」

「なるほどな。いやあ、知らなかったら絶対やられてたぜ」

「だからこそ……トリキュラが〝二体〟いることを絶対に忘れちゃだめなんです」

「わ、分かった」


 トリキュラの後方から、もう一体姿を表した。同じような大きさで、仲良く地に生えた草を食べている。


「さて、どうするか」


 イグナーツは顎に手を当て、作戦を考える。

 岩石による凹凸が少なからずあるとはいえ、ほぼ平面の地形。見つからずに接近することは不可能と言い切っていいだろう。

 

「二手に別れたいところだけど……できれは一体を四人で倒したいわね」


 戦力を分けて、トリキュラを離れさせるように戦い各個撃破するのが一般的ではある。だが問題は、クライドとエイミーの戦闘力に不安があるということだ。冒険者二人には今後協力者として動いてもらうため、出来れば五体満足で戦いを終えたい。


 懸念点といえば、ティネから貰った短剣。能力的に連発できるような術であるとは考えにくい。となれば、二体まとめて倒すほうが良いのかもしれない。


 と、先程からそわそわしているリリアーヌの姿が目に入る。自分の指を絡めては外し、トリキュラのいる方とは反対側の茂みに目をやっている。


 イグナーツはこほんと小さく咳払いし、一つ作戦を提案する。


「ここは天族様に一頭の相手をしてもらうのは如何でしょう?」

「なっ!」


 リリアーヌは信じられないといった顔でイグナーツを見た。

 思わず歪みそうになった口を、必死で強張らせる。


 確信があったわけではなかった。しかしこの驚き方、落ち着きのなさ……大口を叩いていたわりに、今一番臆しているのはリリアーヌだった。


「さすがに天族といえど一人は……その……」

「もしかして……自信がおありでない? いやいやまさか……私たちの心配をされているのですか? 大丈夫です。リリアーヌさんがトリキュラを倒されるまで必死に耐え抜きますから」


 イグナーツは天族の多くを知るわけでない。けれど彼らの性格は……無駄に高いプライドを嫌というほど知っていた。


 他種族より優位であると信じて疑わないのが天族である。魔族もそういう気質ではあるが、遥かに質が悪い。


 リリアーヌに関しても例外ではない。〝無償で人を助ける〟行為自体が、人を同じ目線で見ていない揺るぎない根拠である。リリアーヌ自身はそういうつもりではないだろうが、天族は人間に施しを与えて当然という考えが根底にある。


 だからこそ、その性格を突くように煽った。

 天族として弱音を吐くことはできない。

 となれば、彼女の出す結論は一つ。


「……いいでしょう! 私があんな鈍そうなやつら、瞬殺してやりますよ! 天から召した断罪の光を前に裁けぬ悪はないと、証明いたしましょう!」


 リリアーヌは拳を握り、力強く宣言した。

 その拳が震え、若干涙目になっているリリアーヌを見て、イグナーツは必死に笑いを堪えていた。エイミーも、そして彼女を慕っていたクライドさえも虚勢に気付いているが、助け舟を出すことはしなかった。


 誰も我が身大事なのである。

 故にイグナーツの申し出に、異を唱えられない。


 ――首尾は上々。あとは魅せ場が作れるよううまく誘導しながら戦えば……。


 と、イグナーツはふと異変に気付いた。


「そういえば、ティネはどこに行ったんだ? 姿が見えないが……」

「ティネさんなら、魔草を調達するから先に戦ってっていって、どこかに行ったわ。イグさんなら一人で倒せるからご心配なくって」

「……アイツ、後で覚えてろよ」


 イグナーツは心の中で大きな舌打ちをした。


 魔術が使えないイグナーツにとって、ティネはイレギュラーが起きた時の保険だった。そもそもトリキュラの誘導や人間二人の防御など、ティネにはやって欲しいことがたくさんあった。


 にも関わらず奴は堂々と依頼を投げ出した。そしてそれは、クライドらからの信用問題にも関わる。加わて依頼を失敗すれば、二度とチームを組んでもらえない可能性がある。途中で放棄する人を仲間などに二度誘うほど、彼らも愚かではない。


 ――この剣だけが頼りか。


 イグナーツは先程ティネからもらった剣を握りしめる。

 もしティネの言うとおりの能力が発動しなければ、十中八九イグナーツの思い描く結果にならない。博打ではあるが……剣に賭ける以外の選択肢はない。


「よし、では分かれてそれぞれトリキュラを誘き寄せよう。二頭が協力し合わないようにな」


 三人はこくりと(リリアーヌは渋々)頷き、ターゲットを見据える。

 そして、勢いよく飛び出した。

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