第10話 初任務
翌日の早朝、五人はトリキュラの住処に向けて歩んでいた。
先頭歩くのは冒険者クライドと天族リリアーヌである。近接戦闘得意なクライドと、探知能力の高いリリアーヌを前衛に置き、。
後方にはイグナーツとティネが、中心にエイミーがいる。遠距離得意な魔術師を守るような、基礎的な陣形である。
本来、手強い害獣を相手にする依頼の場合、討伐対象の情報収集に装備の手入れ、道具の準備に一週間前後かけて行うのが普通である。
しかし、今回はクライドとエイミーの経済的都合により、最短での討伐となった。
「いやー、すまない! まさか、装備をちょっと良くしただけで、こんなに金が減るとは思わなくてな」
「だから言ったのに……ただでさえ食費と宿代ぐらいしかなかったのに、なんで使うのか理解できないわ!」
クライドの散財により、戦闘前から仲間割れが発生していた。クライドは強い装備に目がないようで、衝動的に買ってしまうらしい。
「まあまあ。今回の依頼が完了すれば、お金は戻ってくるんですから」
「リリアーヌ様は甘いです! そういって手に入れてはすぐ使い、結局なくなってしまうのです! ……やっぱり、次からは私が管理しようかしら」
「そんな! それだけは……」
にぎやかな三人の後ろで、イグナーツは歩きながらストレッチをしていた。前払いしてもらった報酬の一割で揃えた装備の動きやすさを確認していたのだ。
黒を貴重としたインナーに、肩・腕・脛に軽めの鉄甲、腰に軽量の短い剣が括り付けられている。
重装備のクライドとは違い、俊敏性を極力落とさない武装である。インナーには魔術を阻害する術式が込められている。トリキュラは魔術を使わない害獣であるが、もし万が一魔術を扱う敵に出会したときの対策だった。
魔族であったがゆえに、この世で一番恐ろしいものは魔術であると知っていた。だからこその選択だった。
「それにしても、身なりを整えると薬師らしくなるな」
ティネは魔術師よりもさらにぶかぶかのローブを羽織っている。
先程まで来ていたボロボロの白衣とは違い、汚れ一つない白色が、よりティネを薬師らしくさせた。
「薬師らしい、じゃなくて薬師だよ! 正確には魔草薬師だけど!」
「はいはい。ま、魔除けの薬の効果をみるに、お前が魔草薬師であることを少しは信じないといけないな」
五人には街を出る前に、ティネの作った薬をふりかけていた。害獣を近寄らせなくするための、通称〝魔除けの薬〟である。
街を出発して二時間ほど経つが、一度たりとも害獣に襲われていない。
「これくらい、初歩中の初歩だよ。人には微かに臭うくらいだけど、害獣の大半は忌み嫌う臭いなんだよね。とある毒草の臭いだから近づかないだけなので、嗅覚が鈍い害獣や、トリキュラのように毒の効果が薄い害獣には効かないけど」
辺りで群生している薬草を素材としているため、誰でも作ることが出来る。そのため薬師でなくても調合を覚える冒険者は少なくない。
「でも、臭いの加減は結構難しいのよ」
話を聞いていたエイミーが振り向いて、話に入ってくる。
「薄すぎたら意味ないし、濃すぎたら人体にも少し影響が出る。ティネさんが作られた薬は、私の知る中でほぼ完璧だと思うわ」
「えへへー、それほどでもないよ」
薬の完成度に、エイミーは何度もティネに称賛の言葉を投げていた。初めはイグナーツの影に隠れていたティネだったが、次第に打ち解けていった。
四天魔王に物怖じしないティネが、まさか人見知りだとは思わなかった。地下室で俺と話しているときは一切そんな素振りがなく、取り繕っているようにもみえなかった。
「……ねえねえ」
ティネがイグナーツの袖をくいっと引っ張った。
「ん?」
「これ、一応あげるね」
ティネが渡したのは刃渡り三十センチほどの短剣だった。柄の先端に小さいガラス玉がついているだけの、シンプルな剣だった。
「いや、俺短剣持ってるから別にいらないんだが……」
「違う違う。攻撃用じゃなくて――」
ティネはイグナーツの傍に寄り、他の三人には聞こえない声で耳打ちする。
「――柄のガラス玉を破壊すると、元の体との〝魔力回路(パス)〟が開いて、本来の魔術が使えるようになると思うよ」
「なっ!」
驚きの余り、素っ頓狂な声が漏れた。
ティネは簡単に言ったが、禁術級の魔術である。遠距離にある他人の体の魔力を利用できる……もしそんな魔術が生まれたら、その魔術師は天下を取ることができるだろう。
それは願ってもない武器だった。天族に遅れを取らずに、トリキュラを一掃することが出来るのだから。
「ただし使えるのは一回、五秒間だけだからね」
トリキュラ相手に五秒もあれば余ってしまうだろう。
ティネのおかげで戦略の幅が格段に広がった。簡単に倒せるならば、すぐにトリキュラを倒してしまうのは勿体無い。倒す以外にも利点を生み出したい。
「注意なのは、パスを開く前後が隙だらけになることだよ」
天族や人間たちの力量を伺い、それから助ける形で力を使おう。さすれば〝強い〟だけでなく〝命の恩人〟という付加価値がイグナーツに加わる。もし天族が強ければ、手柄を与える前に早めに発動してしまってもいいだろう。
「あともう一個大事な注意が……聞いてる……? そのもう一つは――」
いずれにせよ、上手く行けば偉そうに仕切っているリリアーヌとかいう天族の歪んだ顔が見られるだろう。想像しただけで口が歪みそうになり、思わずイグナーツは口を手で抑えた。
「――言ったからね? 私はちゃんと言ったからね?」
イグナーツに、ティネの言葉は届いていない。
欲望に捕われやすい魔族の本質のせいか、自分の世界へと入り浸ってしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます