第9話 魔族の天敵〝天族〟
話が無かったことにならないよう、詳細を詰めよう。集合場所や日時、出来れば当日の動きまで打ち合わせ、さらなる信頼を得たい。
「それじゃ、討伐についてだが――」
「ちょっとお待ちください!」
イグナーツが話を先に進めようとしたとき、どこからか静止の声がかかった。こつんこつんと、ブーツの音が三人のもとに近寄る。
「あなたたち……トリキュラを倒しにいくのでしょう? 今は繁殖時期であるため、つがいでいることが多いです。となれば、もう一人戦力がいてもいいと私は思うのです」
声の主は、冒険者二人と同じ歳くらいの少女であった。純白のブラウスに、黒色のコルセット付きスカートを履いており、どこかの令嬢ではないかと思う華麗な外見だった。腰まで伸びている澄んだ海のような水色の髪が、彼女の美しさを更に引き立てる。
――この服は……こいつもしかして……。
害獣と戦う服には見えないため、クライドとエイミーは困惑の表情をしていた。しかし、イグナーツだけは違っていた。そのゆったりとした服こそが彼女たちの象徴であり、イグナーツら魔族の不快の象徴であった。
スカートの裾を持ち上げ、恭しく頭を下げる。
「私の名前は、リリアーヌ=ヴァレ。天族です」
そして彼女は襟元につけた、白い輪の中心に片翼が描かれた紋章を見せる。
「まさか……天族様が……」
目を輝かせる人間二人を他所に、やはりかと項垂れるイグナーツ。
天族は、空の上の街に住まう人間の一族を指す。人間と同じ体組織をしているが、特異な魔力……より粒子サイズが細かい魔力を扱っている。
少量の魔力で魔術を発動できる、という点では魔族の魔力と似ている。が、魔術発動時の気配が小さかったり、より緻密な魔力コントロールは天族の魔力のほうが上回っている。
人間にとって、天族は崇高する存在である。災害や病気で苦しむ村の回復を始め、戦争の仲介としても活躍しているため〝平和の使者〟という異名が付けられるほどである。
「確かに繁殖時期ではあるが、一頭になったタイミングを選べば――」
イグナーツとしては断固として仲間入りを拒みたかった。魔族と天族は、犬猿の仲である。
いくら人間の体になったといえ、魂は魔族であり、天族に対して嫌悪感を抱かずにはいられない。
天族は、ただ高いところに住んでいたからというだけで威張り散らす連中である。人間に対して無償の救いをしているように見えるが、高位種族として確固たる地位を築くために行っているだけである。そして何より、魔族が絶対悪であるという印象を人間に与えた張本人でもある。イグナーツとしてはあまり同じ時を過ごしたくない相手でだった。
だが、
「報酬品も賞金もいりません。私はただ……困っている人を救えたらいいのです! それに私なら、魔族が近寄っただけで気配を察知し、見つかるまでに対処することが可能です。それが天族としての我が使命!」
覆しようのない魅力を、リリアーヌという天族は言い放ってしまった。
天族は空気中の魔力が少ない高度に住んでいたせいか、魔族の魔力を敏感に捉えることが可能である。天族によっては、自身の一キロメートル以内にいる生命すべてを察知できるとも言われている。
これは余りにも魅力的な力だった。なぜならトリキュラの出現する場所は、エフェンベルク城に近づく方面である。となれば、魔族と遭遇する危険性も高くなる。そこでリリアーヌの魔力感知があれば、視認される前に魔族の存在に気づき、容易に逃げることができるだろう。
「天族様、それはもし宜しければお手伝いいただけますでしょうか?」
「もちろんです! 大船に乗ったつもりで行きましょう!」
余所者であるイグナーツに、拒否権はない。
彼女の加入を阻止することができず、イグナーツはため息をつきながらティネの元へと近寄った。
「私に相談せずに他の人と仲良くなるから、バチが当たったんだよ」
「それは無いが、完全な予想外だった。まさかここに天族がいるとは……」
「天族が見るのはあくまで魔力だから、正体がばれることはないだろうけどね」
イグナーツの体内にある魔力は、魂が入り込んでいる人間の魔力である。いくら天族といえど、イグナーツの正体に気付くことはない。
「俺個人的に好まないだけだ。あいつら、天族とかいう名を背負っているくせに、魔族に対してはえげつない手を使ってくるからな」
現に今も、天族はイグナーツに対して抗いようの無い立場へ立っている。もし天族の女がイグナーツを切り捨てろと言えば、冒険者二人は従わざるを得ないだろう。
故に下手なことをするわけにはいかない。せっかく都合の良い人間とできた縁を、天族のために崩すのは勿体なさすぎる。
「あなたがイグさんで、あなたがティネさんですね?」
「うわっ」
ひょっこりと顔を出したリリアーヌに驚いたイグナーツ。
「私は天族のリリアーヌです。今回のトリキュラ討伐にご協力させていただきます」
彼女の表情や声音から、先程の話はどうやら聞かれていないようだった。
ほっと安堵のため息をついていると、リリアーヌはイグナーツに手を差し出した。
「よろしくおねがいしますね」
「あ、ああ」
イグナーツはしぶしぶ彼女に手を差し出し握手した。
その態度には、ティネが尻を捻って無理矢理表情を変えないといけないほどの、不快感が染み出していた。
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