第8話 信頼と策略

 と、イグナーツの視界に二人組の冒険者が目に入る。


「依頼、どれを受ける? ひもじい生活から抜け出すために、大物を借りたいところだぜ」

「そうは言うけれど……二人で大物はリスクが高すぎるわ。せめてもう二、三人いればいいけれど」


 まさに理想としていた冒険者たちが現れた。


 イグナーツの思惑は至極単純である。

 人数が不足しているチームに協力を申し出て、報酬を山分けしてもらい金を稼ぐ。ただそれだけである。


 ギルドに登録しなければいけないのは、代表者一名だけである。他のメンバーについて登録の有無について問われない。もちろん報酬をギルド側で分割して支払ってほしいなどという場合は、支払い対象となる全員が登録している必要があるが。


 これらの知識は、四天魔王時代に配下から教わったものだ。必ずしも正しいとは限らないが、身分不明のイグナーツらが金を稼ぐ方法が他に思いつかなかった。


「宜しければ、俺らが力を貸そうか?」


 このチャンスを逃す手はない。

 二人にイグナーツは声をかけた。


 一人は黒色の髪をもつ険しい顔を男性。筋肉隆々で、高身長という威圧感満載だった。重々しい甲冑に、腰に剣、背に盾、仕込みナイフを身体中に仕込むなど、まさに防御と攻撃に全てを割り振った戦士であった。


 もう一人は茶色の髪をした細身の女性だった。赤色のローブを着た魔術師であった。朱の宝玉が嵌められた木製の杖を背負い、靴には回避力を高める風属性の魔具が仕込まれていた。二人共おおよそ二十代半ばで、冒険者真っ盛りと言う雰囲気を纏っている。、

 だが肉付きや装備を見る限り、戦闘経験に特別長けているわけではないとイグナーツは推測した。


 装備を見る限り、戦闘スタイルは重厚で近距離特化の前衛と、身軽で遠距離特化の後衛。


 二人組ペアとしては最良な選択とは言えない。どちらかが倒れてしまえば、近距離か遠距離、偏った戦力しか残らなくなる。一応本人たちも理解しているようで、高難易度の依頼には手を出せないでいるのだろう。


「……見ない顔だな」


 突如話しかけてきたイグナーツに対して、二人とも警戒心を強めた。そして、怪訝な目を服に向けてくる。


「人を探していたようだったので、声をかけさせてもらった。俺は近距離を得意とした戦士で、相方は薬師だ。俺たちが加われば前衛二人に後衛二人とかなり安定すると思うが」

「その格好で前衛? にわかに信じられないが」


 ごもっともだ、と思いながらイグナーツは用意していた言い訳を使う。


「盗賊に盗まれて、な。だからといっちゃなんだが……装備のために報酬の一割を前借りさせて欲しい。で、クエスト攻略後に一割。それが俺らの分け前でいい」

「なっ! たった二割ですって!」


 女性の方が目を大きく開いた。本来であれば均等に山分け、或いは戦果に応じての分け前にする筈が、依頼開始前に二割しか貰わないと断定した。それもイグナーツとティネ二人合わせてである。助っ人としては破格の価格設定である。


 しかも、それが高難易度の依頼となれば、二割の恩恵はさらに大きくなるだろう。


「別に何か企んでるわけじゃない。名も知らぬ相手に前借りをお願いする身だ。それくらいしなければ割に合わないからな」


 優先すべきはイグナーツらが得る金ではなく、信頼である。身元が分からない二人を受け入れてもらうためには、まず報酬面でかなりの譲歩を行う。そして依頼実行時に実力を認めてもらい、徐々に半々の分け前へと近付ける。


 それがイグナーツの狙いであった。しかも幸いにも声をかけた相手はかなり若い。若ければ若いほど、深く考えずに目先の利益に囚われやすい。


「どうする? 俺はいいと思うぜ。次の害獣は頑丈で有名だからな。数がいるに越したことはないぜ」

「……私も異存は無いわ。今の状況で贅沢は言っていられないもの」


 女性は渋々といった面持ちで頷いた。二人の言葉を察するに、経済的な窮地に立っているのは明らかだ。そうであれば選択肢は無いにも等しい。二人が見ていた依頼書は達成すれば一ヶ月は楽に過ごせる報酬額である。


 女冒険者は、一つの手配書を指差した。


「私たちが挑もうとしているのは――」

「トリキュラの討伐、だろ? 三つの角を持つ四足歩行の怪物。魔術こそ操らないものの、その皮膚には高い魔術耐性があり、素早い突進から繰り出される刺突は鉄製の鎧を軽々貫通する。弱点はその速攻攻撃を生み出す足だ。特に足の裏は皮膚が薄く、痛めつけやすい」

「……かなり詳しいわね」


 今の説明で、女性の目の色が変わった。

 四天魔王として、ここら一体にいる害獣の情報は調べ上げている。人間が害獣を魔族にけしかけることがあるためだ。


「害獣には若干知識があってね。かなり昔だが、トリキュラとも一回対峙したこともある」

「いえ、それでもかなり心強いわ。私はエイミー=アーキン」

「俺はクライド=ランドールだ。暫くだがよろしく頼むぜ」


 イグナーツはエイミーとクライドに握手を交わした。


「俺は……イグ。孤児で親がいなくて、親名がないんだ。正直、手助けさせてくれると思わなかった。こちらこそよろしく頼む」


 低姿勢な態度で、相手の緊張を緩和させる。

 そしてティネにも挨拶させようとしたが、彼女は隣にいなかった。見回すと階段の手すりの陰に身を潜めて、こちらを伺っていた。


「あいつはティネ。人見知りであんな感じだが……薬草に関する知識は豊富だ。便利な薬も持ってるだろう」

「ふふ、可愛いわね。それに心強いわ。薬師だなんて普通、討伐依頼に同行してくれないもの」


 年相応の可愛さを見せているティネを見て、二人の緊張が一瞬にして解けるのをイグナーツは見逃さなかった。ティネの〝年端もいかない少女〟という要素は相手を説得する上で大きく働く。もし二人の警戒心が強ければ、もっと早い段階でティネの名前を出していただろう。


 事がうまく運びすぎて、思わず笑いが堪えそうになる。イグナーツは漏れかける感情を、愛想笑いで蓋をした。

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