第7話 冒険者の集う場所

 目だけで周囲の様子を確認し、近くにいる兵に怪しまれていないか確認する。幸い、二人に近寄ってきたり訝しげな視線を送る兵はいなさそうだった。


 魔族の体であった頃は、人の魔力の流れから自分が意識されているかどうか簡単に見分けることができた。やはり不便な体だとイグナーツは小さくため息をつく。


「ティネ、下手なことを言うな。捕まるかもしれないぞ」


 〝魔族〟という言葉が兵に聞こえれば、内容によっては事情聴取される恐れがある。ティネはともかく、身分の証明しようがないイグナーツにとって極力避けたかった。


「ふがふが(ごめんなさい)」

「ったく、俺が捕まったら身分の証明しようがない。数日の監禁は免れないだろう。さすがの俺も、そんな窮屈な思いをしたくない」

「ふがふがふがっふ(分かったから口をどけて!)」

「お前は何を言ってるんだ?」

「ふ・が・ふ・が・ふ(手・を・ど・け・て)」

「あ、わるい。だが敢えてこのままの方が、トラブルなくいきそうなのだが」

「っ!」


 ティネからの可愛いげんごつをぽこぽこ浴びている内に、パラルロムのギルドへと到達した。


 パラルロムのほぼ中央に位置するギルドは、三回建ての大きな石造りの建物の中にある。一階は普通の飲食店で、フロアには四人がけのテーブルが綺麗に並べられており、奥には料理を注文するカウンターがある。しかしそこにいる客は情報交換を目的としており、魔族の出現地点や強さ、どの武器や防具が優れているだのという話が耳に入ってくる。


 イグナーツの目的は二階である。ここでは依頼の受付や報酬の受渡しを行っている。急を要したり、条件が厳しい依頼は壁に張り出されており、冒険者が確認できるようになっていた。


「で、ここでどうするの? カウンターの人、私たちのこと怪しそうな目で見てるけど」

「そりゃこんなぼろぼろ白衣で着ていたら怪しくも思うだろ」

「なんだって! この煤は私の研究の進歩の証であるというふがふが」

「黙って待ってろ」


 階段の脇で腕を組み、イグナーツはジッと様子を見ていた。

 このギルドには冒険者だけでなく兵も訪れているようで、想像よりも多い人が依頼を受けに来ている。看板の左上には〝SSSランク 四天魔王討伐〟と書かれた依頼書が張り出されており、そこにはまだイグナーツの名と顔写真が載っていた。


 幸い、今のイグナーツは全く別の人間の形貌をしているため、外見ではバレようがない。もともと高身長で黒色の髪、筋肉質な体が特徴だったが、今は男性の平均身長くらいで、灰色の髪に痩せ型の体だった。


 どうやらまだ人間側には、イグナーツに関する情報が入っていないらしい。もしこの手配書に別の魔族の名が書かれていたら、十中八九そいつがイグナーツを裏切った犯人だろう。


「しかし、初めてこのような場所に来たが……お笑い種だな」


 イグナーツは一枚の手配書を見て、呆れながら肩をすくめた。


「どういうこと?」

「今回の目的からは脱線するが……とりあえず、魔族討伐や害獣討伐の手配書を見てみろ」


 ティネは壁一面に貼られた紙を、端から順番に目を通していく。


「私もあんまり見たことないから……どこが変かよく分からないな」

「簡潔に言えば、報酬が安すぎるんだ」

「そうかな?」


 ティネからみれば、どれも標準の設定だと感じた。


「命を賭すほどの依頼であれば、それ相応の報酬を用意するのが当然だろう。失敗すれば永遠のゲームオーバーになるんだからな」

「それはそうだけど……」

「……少なくとも俺は配下に対して、命の危機を潜り抜けたものにはそれ相応の対価を払ったんだ。一ヶ月は家族を養える金とか、広大な土地とかをな」


 薬草採取や魔術研究などの命に関わらない依頼であればともかく、少しでも命を失うリスクがあるのであれば、報酬を跳ね上げるべきというのがイグナーツの価値観であった。


「しかし、見てみろ。まるでバイト感覚の金額設定じゃないか。例え弱いとされている害獣でも、一つのミスで死に繋がる恐れもある。に関わらず、勝った報酬は一階で売っていた定食を三回頼めば終わりだ。それに名誉も土地も与えられず、そこらに売ってるアイテムが追加報酬となっている」

「私達からすればそれが普通なんだけど」

「……常識だという刷り込みと、勇者やヒーローといった得のない名誉への価値。俺からしてみれば、それを利用する人間は魔族より恐ろしいと思うがな」


 魔族と人間の価値観の違いは、四天魔王であった頃に痛いほど知っている。知ったところでどうというわけではないが、あまりの愚かさに何度怒りを覚えたか数え切れない。

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