落ちこぼれの天族

第6話 最前線の街

 ティネの家に一番近い街――〝パラルロム〟は人口十万人ほどの自然豊かな街である。


 周囲を森林と草原に囲まれ、街の中央を横切るように川が横切っている。その川は手を加えなくても飲めるほどに澄んでおり、名水として値が付くほどである。また、大自然によって生まれた清らかな空気は病すら治すと言われている。


 パラルロムは余生を過ごす街として人気が高く、富裕層の別荘が多く建てられていた。人に多くの癒やしを与え、〝神に愛された街〟などという肩書がつくほどだった。


 しかしそれは、五十年前までの評判であった。


「なんだこの仰々しい壁は……魔術陣がびっしり書かれてる。俺らを殺ってやるって気持ちがビンビン伝わってくるな」


 パラルロムの直ぐ傍で立ち止まったイグナーツは思わず口笛を吹いた。


 全長五メートルに及ぶ石壁が、ぐるりと街を覆っている。壁面には複雑怪奇な幾何学模様がびっしりと埋め込まれており、所定の場所に魔力を流せば連鎖的に発動するようになっている。


 門をくぐると、灰色で無機質な街が広がっていた。かつて見られた景観や自然は跡形もなく、家も道も灰色一色の石で作られている。空襲に備えるための防空壕、攻め入られたときのための魔術兵装があちらこちらに見られ、極めつけに大きな甲冑を着た兵が耐えることなく行き交いっている。


 まるで戦争ど真ん中にある街のようで、空気が張り詰めていた。


「仕方ないよ。だってこの街はイグの……エフェンベルク城に一番近い街なんだから」


 街を変えた原因は、他でもないイグナーツであった。彼の立てた城……エフェンベルグ城が一番近い街であるため、国はパラルロムを癒やしの街から、戦最前線の街へと変えてしまった。


 別荘や観光施設は立ち退きを迫られ、国が派遣した軍の宿舎や訓練所、鍛冶場やギルドの集会所に置き換わった。


「言っておくけど、俺は攻めたことが一度もないからな」


 ティネにだけ聞こえるようにぼそりと呟いた。


 イグナーツは攻めてきた敵を、城に迎い入れて戦う方法をとっていた。そのため、一度たりともパラルロムに侵攻したことがなかった。そもそも、このパラルロムは地理的や資源的要因により、軍事的な価値が小さかった。そのため、魔族側にとって攻めるメリットがないのである。


「それにしても……俺らの格好、大丈夫なのか?」


 イグナーツもティネも、薄汚れた白衣を揃って着ていた。

 薬師というよりは、浮浪者のような身なりであった。


「私、この街あんまり着たことないし。服、これしかないし」

「……ま、なんとかなるか」


 身だしなみに頓着がない二人は、気にしないことにした。


 イグナーツがまず足を運んだのは、図書館だった。

 パラルロムであれば、魔族に関する本も多いのではとイグナーツは考え、そこで情報収集することにした。


 図書館は街に入ってから五分も歩かないうちに見つかった。町の端にあるせいか、不気味なほどに閑散としている。そして当然のごとく、図書館の入り口横には険しい顔の兵が立っていた。


「俺ら、捕まらないか?」

「目を合わせず、堂々と自然に歩けば大丈夫だよ。たぶん」

「……不安しかないが、行くしかないか」


 ティネのアドバイスどおりにし、なんとか図書館へと踏み入れたイグナーツとティネだったが、数分もしない内に図書館から出てきた。


 肩を落とした二人は、図書館から少し離れたところで同時にため息をつく。


「利用するのには住民票? とかいうのがいるんだね」

「しかもそれを貰うには役所に行って、金を払わないといけないのか……いや、そもそも俺は身分を明らかにすることができないな」


 図書館は、本を無償で貸し出すサービスを行っている。となれば、盗まれないように借りる人の身元を明らかにするのは自明であった。


「ティネは持っていないのか?」

「持ってないよ? そういうのあること知らなかったし」

「なら、この体の人間はなんという名前なんだ? 回収したときに身分証的なのを持っていなかったか?」


 イグナーツの魂が入っている体が、運良くこの街の出身であればその身分を利用することができる。しかし、ティネは首を横に振った。


「無かったと思うよ。あったとしても捨ててるかも」

「だよな。ま、期待はしてなかったが……とりあえず図書館での情報収集は後回しにして、金集めを優先するか」


 そもそも、この図書館に生命創生術に関する本がある可能性は限りなく低い。生命への冒涜であり、倫理的に是とされない術の本など、たとえ研究論文であっても殆ど作成を許されないだろう。


「同感だよ。それにしても、積極的に私の助けをしてくれるんだね。いい下僕を持ったよ」

「何言ってるんだ? いち早く生臭い草だけの生活から脱却したいだけだ」

「むっ! 好き嫌いはしちゃダメって親から習わなかったの?」

「習ってない。むしろ好きなものには貪欲になれと習ったな」


 軽口を叩きながら、二人は街の中心部へと歩き出した。


 大通りに出ると、先ほどまでとは比べ物にならない人が行き交っていた。鬱蒼な雰囲気とうってかわって、賑やかな雰囲気になった。鎧を着た兵士を除けば、だが。


 ティネは知らぬ内に、イグナーツの背中の後ろに立っていた。


「で、お金集めってどうやってやるの?」

「以前、人間から聞いたことがある。魔族や害獣の討伐や未開拓の地の調査などを生業としている人間……冒険者のために、依頼者との仲介をしている組織があると。国や町、組織や個人からの駆除の依頼をとりまとめ、冒険者たちにその仕事を割り振り、依頼料の正しい支払いを行っているとか」

「……それって、〝ギルド〟のこと?」

「そうそう、それだ。そのギルドってやつで金を稼ぐ」

「それも、確かギルドに冒険者登録をしなきゃいけないとかじゃないの?」


 ティネの危惧する通り、ギルドの利用にも登録と本人確認が必要になる。

 特にギルドはお金のやり取りが発生すること、命の危険が伴う依頼も扱うことから、役所が発行する顔写真付きの証明書が必要となる。図書館以上に利用するのは困難である。


「ま、やり方次第ってやつさ。うまくいくかはわからないけどな」

「やっぱり魔族らしい非合法な方法を……」


 イグナーツはとっさにティネの口を押さえた。

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