7.現れた、竜騎兵

 私は移転を始めた魔法陣の中で、あまりの不安に胸の奥にぎゅうっと痛みを感じた。こんなに不安なのは、なぜだろう。


 「ギュギャア!!」


 ふいにグリフォンになっているサンディが叫びバサバサと宙に飛び上がる気配がした。


 「サンディ!?」


 異常に気付いて叫んだ。


 何か強大な魔力の塊が私に向かい近づいて来る。それにサンディも気付いたのだ。


 阻止する為に頭を低くして戦闘態勢になる。


 あり得ないはずなのに、魔法陣の中に鉤爪の付いた巨大な何かの一部が現れて私を掴もうとしたのだ。


 それは一瞬の出来事だった、


 サンディはそれに体当たりして喰らい付いた。


 『近づけてはならない』


 私には、サンディの思念を感じられた。


 


 

「ニコ!、どうした、サンディ?」


 皇宮の転移門に到着した時には、魔法陣によって運ばれた人々の中にサンディだけが居なかった。


「アバルドおじさん、サンディが居ない!サンディがどこかへ行っちゃった」


 泣きそうな顔をして、周りを見回し探し回る私を、おじさんは抱き上げて背中を撫でてくれた。


「大丈夫だ、あいつは帰って来る。大丈夫だ。なんたってグリフォンなんだぞ」





   ※      ※      ※





 一方密林の方で私はその様子を視ていた。サンディとは使役獣とその主として繋がっている。

 

 私はサンディの見たものを見る事も、感じる事も出来る。


 心の中で、よくニコを護ったと褒めた。


 地鳴りは続き、密林の奥から地割れが始まる。


「大魔術師!これは一体…」


「穢れた血が撒かれた事によって、地中の狂竜の遺物が操られ蠢いているようだ」


 副官のファラドスの言葉に、ジェイフォリアが答えた。


「穢れた血?とは」


「魔境の奥に飛ばした奴らは仲間割れでもしたのだろう。もともとラムトム村の村人は皆殺しにして入れ替わっていたようだ。一番穢してはいけない場所に血を撒けば、呪いを浄化するどころか、より強力な呪いに変化する」


「なんて馬鹿な奴らなのでしょうか・・・」


 シャナーンの部隊の誰かが声に出した。驚きを通り越し感心しているようだ。


「丁度良い、浄化の演習を行う。この場所は過去、狂竜を葬り、浄化されずに呪われている。魂鎮めの浄化を行う」


「はっ、皆、抜かりなく行え。遠慮はいらん」


 ファラドスの声に、シャナーンの遠征部隊は持ち場に散る。



 シャナーン部隊が散ってすぐに、地面の揺らぎが大きくなる。まるで地中を掘り返すような地盤の動きが起こり、瘴気が充満し始めた。


 掘り返された地面から、土煙がもうもうと立ち上がり、それが消えかける頃には、見上げる程の一体の竜の骨標本が組み上がっていた。


 周りの地形は、元の状態が分からない程に様変わりしている。


 そして、肉を持たない竜は、もともと肉の上に並んでいた美しい赤い鱗が、魔力の残る鱗の記憶によって骨の上に並び、キラキラとかがやいていた。


 土の中で腐らずに散らばっていたそれらは、魔石の魔力によって引き寄せられている。


 あばら骨の隙間から、巨大な、赤く脈打つような輝きを持つ魔石が見え隠れする。


「大魔術師、これは…」

 

「ほう、腐っても竜か、綺麗に素材が揃っているな」


「大魔術師、あんな所にグリフォンが・・・」


 ファラドスは驚いて指差す。


 骨の右腕に黒いグリフォンが喰らい付いてぶら下がっている。



「サンディ、よくやった、此方に戻って来い」


 私の声で、漆黒のグリフォンはバサリバサリと羽音をさせて戻って来る。



 その時、唐突に、強い光と共に、光の魔法陣が近くの空中に回転しながら浮き上がって来た。


 シャナーンの物ではない魔力を感じ、みな一斉に警戒の体制を取る。


 そこから、意表をつく者達が現れた。


 「「「「竜騎兵!?」」」」


 六体のワイバーンに乗り現れたのは、まごう事なき竜人国の竜騎兵だ。


 がっしりとした大きな体の竜騎兵達が竜(ワイバーン)にまたがり竜を操っている。


 濃紺の竜騎兵の制服は赤のラインの入った特徴的な物だ。あれは間違いなく竜人国の物だ。


 一人の竜騎兵は、前に自分よりも小柄なローブの人物を乗せており、そのローブの人物が竜の上に浮き上がるように立ち上がった。


「我はヴァルドフの預言者と呼ばれる者だ。まずは、シャナーンの魔術師殿達には迷惑をかける」


 小柄なローブの人物からは、声高なしわがれた声が紡がれた。


 まず最初の言葉の意外性に、皆、押し黙ったまま、声の主を見ている。


 傲慢なはずの竜人が低姿勢で話を始めたので戸惑いもある。


 だが、少し前にシャナーンに訪れた竜騎兵達も、このように礼儀正しかった。


 竜人国の在り方も少しずつ変わってきているのだろうか。



「預言者殿、シャナーンのジェイフォリア・アマダニス・クロニクスと申す」


 私は預言者に直接会うのは初めてだった。


「これは、シャナーンの大魔術師殿、お初にお目にかかる、迷惑をかけているようなので、始末に来た」


「ほう、これの始末にと?」


「そうじゃ、過去の間違いは正させてもらおう、我らが辿って来た道は少々と言わず、多くの間違いを犯してきたのだ、そろそろ転機が来たと言う事になる」


「では、シャナーンの者達は下がらせよう」

  

 私の会話で散っていたシャナーンの部隊の者達は後ろに下がる。


 すると、預言者は竜騎兵の竜から飛び降り竜の目前に立った。


「縛!狂い竜を封じる。それぞれにこの地を祓え、呪われた魂を鎮めよ!」


 預言者の術式が狂竜を中心に展開される。穢され呪われた地を祓う六芒星をなぞる魔力が、定位置に就いた竜騎兵たちから放出され、辺り一面眩い光に包まれる。


 骨の竜はその結界の中で暴れ回っているが、音も振動も殺され、ヴヴヴーーーーーゥーンと言う結界を張る音のみが聞こえた。


 結界の中でバラバラと竜の骨組みが地に落ちはじめ、竜の形を保てなくなった狂竜の骨組みは、全て下に落ちると白い粉に変わった。


 だが、最後にその上に落ちた狂竜の魔石は割れもせず、白い粉の中から赤く燃えるような石の頭を覗かせていた。


 この狂竜の魔石の回収が、最も重要な事だろう。


 これを野放しにしているのがいけなかったのだ。


「これが、アレに渡りでもしたら、大変な事になる。封じなければならん。――くっ!なんと、呪縛印が引き千切られた!」


 唐突に、預言者が驚きの声をあげた。


「まずい狂竜の呪縛が破られた!来るぞ!」


 続いて叫んだ預言者の声と同時に爆音が響き、突然ヒュンヒュンと天から魔力の塊が炎の矢となって降り注いで来た。


 天災だ、火山の噴火の様に炎の塊が矢の様に降り注いでくる。辺り一帯が炎の海に包まれる。



 シャナーンの部隊は、預言者の言っている事の意味が分からなかった。


 昔の狂竜の呪いを、今、浄化したのに、なんで『狂竜の呪縛が破られた、来るぞ』になるのか分からない。


 それは、まあ当然だろう。


「別の生きた狂竜が、この狂竜の魔石に共鳴してやって来たようだ」


 私が分かり易いように言葉を追加すると、シャナーン部隊は驚愕した。


「大魔術師、この上にまだ!?」


 ファラドスの声が響いた。


 


 


 預言者はこの炎の雨に怯む事なく、魔石を葬る為に、加護がかかっているはずの自らのローブが燃え始めても逃げもせずに術式を組み立てている。


 銀色に輝く、禍々しい銀龍が炎をまき散らしながら飛来してきたのを見て、皆、遠い目をした。


 竜にも色々いるが、銀色となれば、王族だ。


 竜人、エルフ入り乱れて、竜の動きを止めようとやっきになっている。


 大厄災がやって来たのだ。


「預言者、さっさとその魔石を処分しろ」


 冷たく言い放った。


「ええい、ババアも老体に鞭うってやっとるのよ、待て!」


 すでに、ローブは燃え尽き、白銀の長い髪とシワの刻まれた顔を晒していたが、気にしてはいなかった。


「私も参加させてもらう」


 私も術式を組む。あんなモノ早く殺ってしまえば良いのだ。


 だが、これが囮だった等と、預言者も私も、誰も気づいていなかった。






   ※      ※      ※


 


 



 地鳴りのあと、皇宮に帰ってきた俺とニコは、取りあえずは与えられた沙羅の寝殿に休んでいるように言われた。


 念のため護衛も寝殿周りを固めておくとの事だったので、二人とも食事を済ませ、ジェイの連絡を待つことにしたのだ。


 皇宮でも、第一王子の母親の正妃や身内の捕縛等で騒然としているので、大人しくしていた方が良いだろうと思った。


 だが、地鳴りや揺れは此方にまで響き、山が燃えているとの話が伝えられ、居ても立っても居られなくなったニコは園庭の月見台からそちらの方角を伺った。


 まあ、何か他にすると言っても、それ位しか出来なかったのだが、結局何も分からず、しょんぼりと池の上に張り出した台から池の中を覗き込んでいた。


 俺はどうしてやる事も出来ず、少し離れた場所からニコを伺って好きにさせている。


 だから、ほんの一瞬目を放し、次に視線を戻した時に、ニコの側に見知らぬ男が立っている事が信じられなかった。


 美しい流れるような金の長髪を、宝石で飾られた銀の髪止めで緩く纏めた、大柄な俺よりもさらによりも長身の美丈夫が立っている事に…



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る