3. 竜王城(サンテロッサ)にて
ダギゼクスの城に到着した時、私はワイバーンの背にミノムシ状態で積まれていた。自分がその時、どこでどうしているのか、その時全く分かっていなかったのだけれども、あの怖い人と一緒に居た時とは比べようもない程、暖かく満ち足りていた。
こんなに暖かい物に包まれて眠った事は今まで無かったはずだ。不思議な気分だ。うとうとして、ぬくぬくしていると、誰かが時々、優しく美味しい飲み物を飲ませてくれる。ぼんやりと見ると、いつも優しく「大丈夫ですよ、眠っていて下さいね」と言ってくれるので、そのようにさせて貰った。
ここはもしや、話に聞く、天国のような所だろうか?
私は寒くなりすぎて死んだのだろうか?とか、少し思ったけど、まあいいやと思いそのまま眠ってしまった。とりあえず、眠ってから考えよう。
雄大な神々の山と言われるダギゼクスの深く高い連峰を背に、強大な竜王城(サンテロッサ)が聳え立つ様は多分、到着した時に私が見たなら恐怖しか浮かばなかっただろう。それ程に強大で私の身体には合わない建築物だった。
薬とポーションのお陰で、夢現のあいだにダギゼクスに連れて来られたけど、恐怖や寂しさに苛まれながら連れて来られるよりは絶対良かったと思った。
空を旅する間しっかりと意識ががあれば、気がふれていたかもしれない。
母さんがいつも、苦しい時や辛い時は楽しかった時の事を思い出して、乗り切るのだと言っていた。
だから私も冬の死にそうに寒い時には、土間の小屋の隅で、藁とぼろ布を敷いた鳥の巣の様なねぐらで、兄妹達と固まって暖を取りながら思い出す。
秘密の場所のヤマモモだ。毎年の兄妹達との楽しみだ。
温かくなってヤマモモの実が、赤から黒く見える程に色付いた、そのザワザワした実を口に入れた瞬間を何度も思い出した。
じゅわりとした食感を舌に感じ、青臭さと酸っぱさが抜けてだいぶ甘く変わった実をたくさん食べるのだ。種を吐き出しては、次々と口に入れる。手に取ると、ネチネチとした不思議な感じと独特の香りが手に付いてちょっと嫌だけど、後で小川で手を洗えば良い。
野原のブルーベリーはもっと後の時期になる。地面を這うように生えているブルーベリーは、村の子供達の貴重なおやつだった。皆、指先と口の中を青くしながら夢中で採って食べた。
うとうと、うとうとと、兄妹達が垢で汚れた顔をくしゃくしゃにして笑う顔を夢に見ていた。
後から、私をダギゼクスまで親切に手当てしながら連れて来てくれた竜人はジルドという人だと教えてもらった。彼はとても優秀な竜人なので、この竜人国で一番偉い皇太后様の下で働いているのだと聞いた。
王様ではなくて、皇太后様が一番偉いのだと聞いて、竜人の国は人の国とは違っているのだなと思った。
そして、最悪な事に、あの怖くて嫌な感じの竜人が、皇太子だと聞いて、しばらく落ち込んだ。
※ ※ ※
竜人族の預言者でもある、皇太后は、皇太子の番の預言だけでなく、この世界に関する重要な神託を受けていた。
ジルドは、皇太后の直属の配下として働いている。
彼は、貴族の竜人としては大変に珍しい双子の竜人として生まれた。
双子の姉はとても身体が弱かった。
必要な力は、ジルドが吸い取ってしまったかの如く、姉は竜人としてはとてもか弱い存在だった。
その為、彼は弱い者を大切に扱うという事を自然に身に着けていた。
皇太后は、現王であるアグダン王に任せておいては、これ以上に皇太子のハルマンの傍若無人さに輪がかかってが進んでしまうと危惧した。
以後、ハルマンの行動は全て皇太后の監視下に置かれる事となった。
皇太后の事を、皇太子とジルドはおばば様と呼んで育った。
だが、その、おばば様の言う事ですらまともに聞く様子もないハルマン皇太子だ。
番の娘が十五歳になれば、必ず番の力で魅了されて抗えなくなり、番を大切にするだろう。だが、人とは脆い者である、特に貧しい小作農民は冬を越すのさえやっとである。あと一年といった期間の間に亡くなったりすれば目もあてられない。
そういった理由で、シロアナはここに連れて来られたのだ。
※ ※ ※
私はダギゼクスの竜王の城に着いた時、豪華な客間に運ばれ、温かい湯につけられゆっくりと洗われた後、ベッドに横たえられた。その時もまだぼんやりとしていた。
侍女が三名も私に付き、着替えから身の回りの世話をしてくれる。
だが、人族の中でも小さい私にはダギゼクスの城の何もかもが大きすぎて手を洗うだけでも小さな子供の使う踏み台が必要であったり、一人掛けのソファーには、私が三人掛けても余裕がありそうだった。
ベッドに入るのも踏み台を使いよじ登り、クローゼットの扉を開くのも、ドアを開けるのも非力な私には、苦行となった。その全てを私に合わせた物に替えなければならないような状態だったのだ。
おばば様に付けられた侍女達は皆優しくて、私を脅かすような事はしなかった。いつも声を掛ける時にはそっと少し離れた所から声掛けしてくれ、『今から○○を致しましょうねと』やさしく理解させてから着替えや食事、竜人の勉強など慣らしてくれた。
私も侍女やおばば様が優しく、自分に危害を加えない事がわかって、少しづつ竜王城に慣れはじめた。
「姫さま、甘いお菓子をおばば様がお土産に下さいましたよ、お茶に致しましょうか」
姫様と呼ばれる事には、抵抗があったが、皇太子の婚約者は「姫様」と呼ばれると言われた。
侍女の中では一番若いメレニーが声を掛けて来た。見た目的には十八歳位に見える。
「はい、お願いします」
言葉遣いも、どう話をしていいか分からないので、頷くか、首を振る程度で、あまり喋らなかったが、少しずつ様子を見ながらそれも教えてくれるようになった。
「姫さま、こちらのお召し物はジルド様の姉君様からの贈り物でございます」
こちらは一番年上の侍女のハモーナだ。見た目的には三十歳位に見える。
「まあ、素敵なお召し物でございますね、姫様のお好きな若葉色でございますよ」
私は、緑色が好きだった。枯れた色より、緑の景色が好きだった。
こちらは二人の中間と言った年齢の侍女のシニカである。
三人ともおばば様の神殿に使える者達だそうだ。
私がダギゼクスに連れて来られてそろそろ二月が経とうとしていた。
そして、ジルドの配慮で、彼の姉のルピアが話し相手になってくれた。
ルピアはジルドと良く似た容姿をしており、白金の金髪に金色の瞳の美女で、彼女自身が竜人としては身体が弱く線の細い優し気な雰囲気を持っていたので、私は直ぐに彼女を好きになった。
ルピアに竜人族の使う小さいハープを習ったり、歌を習ったりもした。
但し、ハープの弦が強すぎてシロアナの指を痛めるので、そちらは断念したが、歌を歌うのはとても楽しかった。こちらは身体さえあれば何時でも何処でも習う事が出来る。
竜人の歌は素敵な歌がたくさんあり、私は沢山の歌を覚えた。
ラットリアでは仕事がはかどるような刈り入れの歌などしか知らなかったので、此方で教わった愛の歌や恋の歌、恋人を思う歌、戦に送り出す歌、別れの歌等、ルピアのハープに合わせて歌う歌はとても心に染み入るような素敵な歌だと思った。
時々、ルピアと一緒にジルドも何かしら土産を持って来てくれるので、少しずつジルドにも慣れて行った。ジルドはとても大きい竜人だけど、雰囲気がルピアと同じで優しいのだ。それに、顔を見ると、ルピアと似ていて、とても綺麗な顔をしていた。
そして、3月経つ頃には、部屋の庭に続く扉からテラスへと続く庭にも出るようになった。部屋の前から四角に囲うように造られている庭は外からは中の様子を見る事が出来ないように造られているので一人その庭を散策するのは安心だった。
誰も入って来ない、誰も覗いて見たりしない自分だけの庭だ。
そこにジルドは『デグーチア』と言う、リスとネズミの間に居るような愛らしい動物を連れて来てくれた。
リスのように手で食べ物を持って食べ、二足歩行もする。猫より少し大きい位でどっしりしている。身体は艶々の短い砂色の毛で、目は真ん丸でくりくりの黒色の瞳をしている。知能が高く、とても人懐こい。
私はデグーチアに夢中になった。
庭ではなく部屋の中で飼い、常に一緒に居るようになった。
寝る時は足元にタオルで寝床を作ってやるとそこで丸まって眠った。
イスに座れば膝の上に登りたがり、シロアナが歩けばデグーチアは立ってついて歩く。振り返ればデグーチアがクリクリの瞳をして子首を傾げてシロアナを見つめる。
「なんて可愛んだろう」
「そうですね、可愛いですね」
侍女達も、みんなデグーチアを可愛がった。
ルピアが体調の悪く暫く遊びに来ることが出来ない時など、デグーチアが居てくれるようになって、目に見えて私が明るくなったと侍女達が話をしていた。
名前も付けて、『サンディ』とした。
私は庭に出てサンディと東屋で過ごす時、歌を歌うようになった。
侍女の三人も、ルピアも歌を褒めてくれるので、嬉しかった。
サンディは私が歌い始めるとフサフサの尻尾を地面等に打ち付けてパタンパタンと上手に拍子をとってくれる。
「サンディありがとう」
サンディを抱き上げて撫でるとザンディは喜んでグフグフと喉を鳴らした。
私の庭には砂山と木の枠で囲った砂のプールを作って貰い、サンディの砂浴び場が出来た。
サンディは砂浴びが大好きなので、部屋に入る時にはブラッシングで砂を落とし、お風呂で洗う必要があったが、それすらもシロアナの慰めになった。
砂浴びで、コロコロと体を転がし砂に擦り付ける様が見ていて飽きない。
「おばば様、シロアナ様は本当にお可愛らしい方ですよ、だいぶ恥ずかしがり屋さんな所もお持ちですが、なんでも一生懸命努力して自分のものにしようとされますし、それに私達にでさえ色々と気遣いをして下さいます」
「言葉遣いや所作もかなり直されました、泣き言一つ言わずに感心致します」
「お歌がとてもお上手ですよ、天使様のような澄んだ声をお持ちです」
そんな恥ずかしい事をおばば様に言うので、止めて欲しかった。
三人の侍女はシロアナを可愛がり彼女に尽くしてくれている。
半年経つ頃には、最初は恐怖でしかなかったこの強大なサンテロッサにあるシロアナの居場所もそれなりに住みやすい暖かい場所になって来たのだった。
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