第4話 廃れた義理


 義理が廃れば、この世は闇よなんて演歌の歌詞が、時に頭の中を、唐突に駆け巡ることがあるんです。


 そんな時って、大抵は、人様の不義理に腹を立てている時なんです。

 

 先だっては、卓球仲間の横着な連中に腹を立てていました。

 腹を立てたからといって、文句を言ったり、胸ぐらを掴んだり、そんなことではないのです。一人で、口の中でもぐもぐ言って、うさを晴らしていただけなんです。


 いやね、体育館を借りて、練習をするんだから、準備と後片付けくらいするのは常識だろうって、そう思っているんです。

 それなのに、遅くに来て、早くに帰る人がいるんです。

 早くに帰らなくてならないなら、一番にやって来て、台を出したり、ネットを張ったりするくらい常識だろうって。

 遅くに来たなら、後片付けくらいしていくのが常識だろうって。


 そんなことをもぐもぐ言っていたんです。

 そんな時に、私の頭の中に、義理が廃れば、この世は闇よって、村田英雄の声が囁くのです。

 

 私は、高倉健の任侠映画を映画館に行って観たことはありませんが、なぜか、その場面を思い浮かべることができるんです。


 相手がやりたい放題をして、我慢に我慢を重ねて、そして、あの鋭い目つきで懐のドスに手をかけるんです。

 それでも、忍耐をしますが、ついに、堪忍袋の切れます。

 諸肌を脱ぐと、その背中には見事な入れ墨があると言うあの場面を、私は知っているのです。

 

 あれって、義理も何もない輩に鉄槌を下す瞬間なんです。

 

 現実にはドスを出してなんて、あり得ない在り方なのですが、そんな場面って、日常生活の中で、形を変えて、往往にしてあるものなんです。


 これも卓球の練習の合間の出来事であったのですが、いつもは温厚な方が、怒りに任せて、ボールの入ったケースを蹴って、球が何百個も床に転がってしまったことがあったのです。

 

 で、なんで、その方が怒り心頭になったかといえば、女性の相方がお茶をしていて、なかなか、試合のある台のところに来てくれなかったからだと言うのです。

 我がチームの女性連は、おしゃべりが大好きです。

 お茶菓子を持って来て、合間合間に、モグモグタイム、ああでもない、こうでもないとケラケラと笑っています。

 

 それにいきりたったと言うわけですが、腹を立てた方に、分が悪いのは火を見るよりも明らかです。

 

 短気は損気っていうやつです。

 

 そんなことをすれば、次回から来づらくなるだろうにと、私など思いますが、そういう人というのは、さほどのことも考えないようです。

 だから、そんなことあったのってな具合で、平気でやってきます。


 そんな時も、義理が廃れば、この世は闇よって、私の耳の周りで、歌詞が巡るのです。


 そういえば、トランプがまもなく国賓としてやって来ます。

 今上陛下の最初の国賓として、いろいろと行事が組まれていることと思います。国のお客様ですから、大切にお迎えをしなくてはなりません。


 でも、あの方の、義理も、随分と廃れていると、私、思っているんです。

 

 だって、習近平に対しても、北の御曹司に対しても、なかなかにやるではないかって、そう、思っているからなんです。


 習近平にも、御曹司にしても、トランプは、尊敬しているとか、友達だとか、そんな風なことを呟いています。

 そんなことを言われたら、誰だって、トランプっていい奴だ、まさか、馬鹿な真似はすまいって思います。

 何もかもがうまくいくって、だから、少々、無理を聞いてもらおうって、だって、尊敬しているって、友だっていうんですから、そのくらいはって思うんでしょうね。

 でも、中国に対してはズバッと関税をかけて、御曹司には席を蹴って会談を無しにしてしまいました。

 これって、習近平や北の御曹司にとっては、義理の廃れたありようだと、彼らの頭の中には、義理も廃れば、この世は闇って……、もっとも、そのような歌詞も、彼らは知らないし、だいいち、彼らだって、思想なるものに、がんじがらめになって、義理などという概念はないはずですから、この情緒的な言葉はきっと浮かんでは来ないことでしょうが……。


 でも、まもなく、日本にやってくるトランプは、日本という国で、不義理はないと、私、思っているんです。

 天皇陛下の前では、義理を尽くすだろうし、国技館や「かが」艦上でも、それなりの義理ある振る舞いに興じると確信しているのです。

 だって、こちらには、義理を貫き通す覚悟が、みなぎっているからです。

 やると思えば どこまでやるさ それが男の魂じゃないかって、義理が廃ればこの世は闇の前にある歌詞です。

 それがあるから、きっと、トランプは義理堅く、日本滞在を楽しんでいくと思っているのです。

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