流行

 オルセン症が再びヒトの前に現れたのは1973年、カナダ・ユーコン準州である。ここでは先の3名の犠牲者を遥かに凌ぐ規模で人が死ぬことになった。7月17日に準州都のホワイトホースで50代の女性が死亡したのを皮切りに、わずか1ヶ月で60人、次の1ヶ月で598人、更に翌月は4901人の死亡が確認された。

 オルセン症は発表当時、その異質な症状から存在が半信半疑だったがこの災害を受けて誰もが理解する事態となった。今回の事態を重く見たピエール・トルドー首相は原因解明と予防策構築のための援助を惜しまず、世界中の医師/研究機関に働きかけた。

 ニコラスはオルセン症の第一人者と見なされたが実態は他の医師と大差はない。今回は被害者が息絶える瞬間が目撃されたことでそれを突破口にしようと意気込んでいた。しかしそれはあまりに惨たらしく、ニコラスは背筋を震わすことになる。

 患者は死の直前まで何の異常もないというのだ。普通に笑い、どこかを痛がる様子もない。しかし、突然震えだし、気絶するように倒れこむのだという。これでも十二分に酷いが、真に恐ろしいのはその後だった。倒れた患者からは霧のように血が噴き出し、空間に広がっていくのだという。この世のものとは思えない光景に目撃者の一人、オリバー・ヒンチクリフは腰が抜けてその場から動けなかった。血の霧を受けた彼は、この話をした8日後にオルセン症を発症し亡くなった。しかし、彼の周囲の人物やこの証言を聞いた人物にはオルセン症が発症し死亡した。これを踏まえ、ニコラスらはその霧に病魔の元が潜んでいると考え遺体と血液に重点を置き徹底的に調査を行った。

 この爆発的な感染の経路については謎が多かった。そもそも、努力の甲斐なくウィルス自体が発見できていない。遺体の血液、骨髄、脳、霧によって赤くなったシーツ……調べても何も出てこない。

 今回の症例とノルウェーでの症例に加え、フィンランドでも同様の症例があったことが明らかとなり、寒冷地が共通点ではないかと考えられた。しかし夏には気温が20度を超えるホワイトホースで、これが関係あるのかははっきりしない。何より不可解なのはこれが3ヶ月で計2万6千人の死者を出したところでぱったりと消えたことである。キレイさっぱり、死者は0となった。しかし、いつまた襲い来るとも知れない脅威にユーコン準州人は怯えることになった。そう、この地獄はユーコン準州の外には広がらなかったのだ。これも大きな謎となった。

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