霧
1958年、フィンランドの小さな町で1人の男性が怪死する事件があった。男性は前日まで力強く狩猟を行い、夜は涼しい顔で仲間たちと度の高い酒を煽っていた。遅くまで妻と語り合い、そしてようやく眠りについた。
しかし翌日、いつになっても起きてこないので妻が男性の部屋を開けると、その有様たるや凄惨極まりなかった。床に仰向けに倒れた男性は、まるで液体に浸した後のように、黒ずんだ血で全身コーティングされた状態で発見されたのだ。部屋も酷かった。全体に霧吹きをかけたような、微小な血の斑点がそこら中に付着し、全体として赤く仕上がっていた。発見者である男性の妻は理解が追い付かず一時間ほど立ち尽くした後で絶叫し、精神を病んだという。
検死の結果は失血死であった。立ち会った医師は恐怖に震え、後に悪魔に殺されたのだと述べた。遺体の内部にはほとんど血液が残っていなかった。遺体と部屋を塗りたくった血は全て男性のもので間違いないと結論付けられたが、それは消失した血液が大量にあることを意味していた。
遺体を綺麗に洗浄すると、実に綺麗なもので注射針の痕のような外傷さえ見られない。しかし、眼球の隙間や爪の隙間などにも血痕が見られたことで、語弊なく全身から血が漏れ出たのだと分かった。
治安当局はこれを毒殺事件と考え捜査を行った。しかし、このような事例を引き起こす毒物は知られていない。犯人として疑われた男性の妻は夫の死を嘆き、衰弱し、ほどなく病死したことで皮肉にも容疑は晴れた。
原因解明が一向に進まない中、町では多くの噂が流れた。軍の開発した毒物、新しい病気、神罰、悪魔……。中でも、飢えたドラキュラの餌食になったとする説が最有力だった。男性の死にざま、特に大量の血液が行方不明になったという情報が(例の医師から)漏れ出たからだ。
しかしその後も新たな話題の提供はなく、町の将来を案ずる心がこの事件を思い出させないように働いた。その町の若者がこの奇怪な出来事を知らず、男性とその妻の住んだ家屋(カリ家)が既に存在しないのも仕方のない事だった。
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