第13話 森の目

「それじゃあ行ってくるね」


夜が明けた後、オサに見送られながらピュルテと二人で集落を出た。


結局昨日の夜は早々に引き返し、手掛かりらしいものは見つけられなかったそうだ。

この暗い森を一人で見て回るのは夜目が効くといっても無謀が過ぎる。


「そういえば森の民とはどういう経緯で知り合ったの?」


ピュルテが誰かと親し気にしている姿が想像できない。

すでにファンの中でのピュルテは超攻撃的なイメージで固まってしまった。


「お前がオサと呼んでいる森の民がいるだろう? あいつとあたしの母上が知り合いでな、母上に連れられて行ったのがきっかけだ」


「ピュルテの母親かぁ、すごい圧が強そう……」


「それはあたしのことをそう思ってるということだな?」


「ほら、そういうとこ。一番初めにピュルテの寝床で起きたときも顔を掴もうとしてきたこと俺忘れてないからね!」


寝起きの頭では理解できなかったが今思うと恐ろしい。


「そんなことした、か? 覚えてないな」


キョトンとした顔は嘘を言っていないに違いないが、それはそれで無意識にやっていたということなのだろうか。潜在的に危険な人物かもしれない。


適当な話をしながら二人は進む。

ひとまず今のファンの戦力ではろくに戦えないので、ロトを召喚する手はずを整えることにした。


「少し開けたところじゃないとやりづらくて」


おもむろに地面に陣を書き込んでいく。

ある程度のスペースにきれいな陣を書き込むことで召喚は成立する。

いびつな形のまま召喚を行ったことがあったがその時は形の定まらない靄がいきなり攻撃してきた。

訳も分からずに呆然としているところを師匠に助けられた。

だが脳裏に強く浮かぶのはその後にこっぴどく叱られた場面の方なのでファンとしてはあまり思い出したくなかった。


木の枝で地面を削り、作り上げた陣は両手を伸ばした程の大きさ。

これまでと違い、対価に払うのは魔力以外にない。


『召喚』


ファンの体から魔力が抜けていく。


抜け出た魔力が陣に向かう。解けた魔力が魔素となり、陣の中に集まりだす。


魔素に反応した陣が発行し、集まりだした魔素がやがて形をなしていく。


「おぉ、これが」


テンションの上がったピュルテの目の輝き方が凄いことになっている。

身を乗り出して見つめる様は待てをされた犬のようだ。


「はぁっはぁっ……。これでまたしばらく何もできなくなっちゃった……」


消費した魔力は8割ほど、一度に抜け出る魔力と一緒に魂まで出ていっているのではないか、思わずそんな悪態が胸の内に出る。


『こうしてきちんと召喚されるのってかなり久しぶりよね』


そういって効力のなくなった陣の中で話すロトだったが、


『————っ! ファン! そいつは!』


ファンそばにいたピュルテに気付いたとたんに戦闘態勢になる。


「あぁ、大丈夫大丈夫。今は危なくないから」


ひとしきり、今の状況に至るまでの経緯をロトに説明する。


『なんでこんなことになってるの……』


はぁ、と大きくため息をついたロトは話を聞くだけで疲れたと、ファンの肩へ乗っかった。


「確かこいつが使うのは風だったよな? 探知の魔法も使えるのか?」


「風はロトにとって…………体の一部みたいなものだから。遠くに飛ばせばそこに何があるのか大体わかるんだ」


不満そうなロトの代わりにファンが答える。


『風を飛ばす範囲はファン次第だけどね、あの時も全力ならあなたの硬い体でも真っ二つになっていたのよ』


ピュルテとの戦闘時、風の力が全く効かなかったのが気に食わなかったのか、ピュルテに食って掛かるロト。

今は協力しようというときなのに、ファンの内情も知らず、攻撃的に話すロトにピュルテも黙ってはいない。


「ファン。もっと別の契約者? はいないのか。口だけ立派でも実際にできないのでは子供たちが見つけられない」


『なんですって!?』


両者の間にバチバチと火花が散るさまは見事なまでにファンの想像通りで、


——―やっぱりこうなるよね


この二人のファーストコンタクトを考えれば当然だが、それからの経緯を聞くのと体験するのではまた印象がかなり違くなってしまうのは仕方ない。

ファンとロトの間の認識の温度差が顕著に出ているといっても過言ではない。


「落ち着こう? カリカリしないでゆったりいこうよ。今は同じ目的を持った仲間ってことでさ?」


内心のめんどくささから、出てきたのは言葉の節々を適度に飾り付けたペラペラな文言。

ファンもこの二人がすぐに打ち解けるとは欠片も思っていない。

だが、この調子だと本当に一歩も進まないまま一日が終わってしまいかねない。


「ほら、とりあえず動こう。ロトは探知の風を出して周りに反応がないか調べて?」


威嚇状態のロトに促し、二人の間に割り込んで話を進める。


『ファン、本当に協力する気なの? 私たち慈善活動をしに旅をしてるんじゃないのよ』


基本的に旅をする間二人で話している時間が長いため、ファンの性格やらなんやらはロトが一番理解している。

いつものファンだったらこうしてピュルテに付き添い、行動することもないためロトが変に思うのも無理はない。


「ちょっと、ロトこっち」


ピュルテに聞かれないように少し離れ、肩を寄せて小声で話す。


『こんなこと手伝ってもあの女は心変わりしないわ。間違いない。そんな顔をしてる』


「それはやってみないとわからないじゃないか」


『そうそう簡単に考えが変わることはないわ。今まで私たちのように花を狙ってやってきた人間を見続けていれば敵対心もそりゃあものすごいことになってるわよ』


「でも現にこうして仲良く、はちょっと微妙だけど一緒に過ごしてるよ」


『ちょうどいい小間使いができたとでも思ってるんじゃないの?』


懐疑的な考えは何ともロトらしいが、おそらく本音はピュルテが気に入らないだけな気がする。


「いや、道中はむしろかなりピュルテに迷惑かけたよ」


ロトもいない、魔力もないファンはかなりのお荷物だったはずだ。

かなりのしかめっ面だったが、ため息をつきながらも手助けしてくれたのは事実だ。


『恩は売れるときに売っておくものだと考えればそれくらいのことはするかもしれない』


「疑いすぎだよ」


むしろファンの方が、恩を売ろうと打算的な考えがあったとはここでは口に出せない。

現に今ロトを説得してピュルテの力になろうとしているのは、心証を良くしてしっかりと花を貰おうとしている気持ちが少しあるのだ。


そして何よりも、今までの旅のように力づくで解決することができないというのが一番大きい。

力づくで花を摘もうとした結果があの見事なまでの返り討ちだ。

隙を見て花を摘もうとしたファンが助かったのもピュルテの気持ち一つ。

結局トラレイトが欲しいなら一番の近道はピュルテに協力することだとファンは考えている。


「わかってるだろ? 武力行使は今の俺たちじゃ力不足だよ」


『それは』


「それにせっかくこうして行動する仲になったのにわざわざ戦おうとすることないよ」


数日接してみて、特段ファンをだまそうとする気配もない。

そこまで血気盛んじゃないと笑うファンの顔をみて、ロトが口を噤む。


「急ぐ旅でもないしさ、せっかくジルの書を解くきっかけを見つけたんだ。じっくりいこうよ」


『むぅ……』


そう言われて言葉が出ないのか、ロトはむっと口をすぼめたまま黙ってしまった。


「話はついたか」


「とりあえず、それでどこに向かうんだっけ?」


「遺跡群に向かう。あたしの知る限りこの森で起きたことなら、何かしら知ってそうな奴らがいるからひとまずはそこだ」


「遺跡か、いいね! ついでに何か掘り出し物もあるかも!」


『…………』


まだ少し不満そうなロトが歩き出したファンにしぶしぶとついていく。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ここか」


そうして数時間歩いてたどり着いたのは風化し、ふれたら崩れそうになっている門だった。


「これ、何の場所だったのかな」


頭上に気を付けてくぐった先はガラガラと崩れ去った建造物が並ぶ、寂びれた場所だった。

昔、ここに住んでいたものがいたのかその名残が随所に感じられる。


「母上が何か言っていた気がするんだが、何だったか……。随分前に聞いてからここにはあまり来ていなかったから忘れてしまった……」


『その歳でもう記憶がダメになってるなんて、悲しいわねぇ』


「なんだと?」


『あら、何も言ってないわよ? 空耳?』


「始まった……」


相性の悪さと言うべきか。初遭遇の時のイメージはなかなか払しょくするには時間がかかる。

どちらかといえば喧嘩腰なのはロトなのだが、ファンには諫める努力を放棄し始めていた。

何度止めようと気を抜けば煽りあいに発展するのだ。いちいち止めるのも馬鹿らしい。


「あたしを婆扱いするつもりか……獣の分際で、ヒトの言葉を扱うことで賢くなった気になっているだけの畜生が!」


「賢い気になっているんじゃなくて実際に賢いのよ。森のお猿さんの知能に負けるとでも思って?」


過激だ。

割って入る勇気があってもこの中に入るのは躊躇うに違いない。

巻き込まれてはボロボロにされそうだ。


――――少し落ち着くまでその辺を見て回っておこう


辺りを見回すと、どれも似たような瓦礫が集まっているだけかと思えば、


「意外と細かいところは違う……」


何かの模様に見えるが、どれもボロボロで元の模様がどんなものだったかはわからない。

この森の中、何の目的でこんな規模のものを建てたのか。

いやこの遺跡が崩れる前のときには森はなかったのかもしれない。


「しかしどれもこれもボロボロだなぁ」


手を伸ばして瓦礫に触ると、触れた部分がぽろぽろと崩れる。

よく今までこれだけの形を保っていたものだ。

感心するように見て回っていると、他のものとは少し毛色の違うものを見つけた。


——————陣?


見つけた瓦礫にはファンの使う召喚陣と似た模様が刻まれていた。

かなりの部分が壊れてしまっているが、確かにそうだ。残りの部分を見てみないことにはまだわからないが

ファンの直感が何かを告げていた。

その瓦礫は他の瓦礫に埋もれていて細かい部分が良く見えない。


もっと近くで見たいと一つ一つ瓦礫をどかし、目当てのそれを取り出そうと躍起になったその瞬間、


不吉な音が鳴った。

認識したと同時、音を立てて崩れだした瓦礫の山がファンの頭上から降ってきた。


「——————っ!」


耳に入った音を聞いてすぐに体が動いた。ガラガラと勢いよく崩れ落ちる瓦礫の束から間一髪抜けだす。

倒壊した瓦礫の山はいくつかの建物を巻き込み、重なり合うことで形を保っていたそれを崩壊させた。


「あぁ……」


ファンにとっての宝になりえたものはがれきの下に埋まってしまった。

これではもう見つからない。

手の届きそうだった途端の出来事にファンは思いのほか落胆していた。


名残惜しいと崩れた山を登り、ザリザリと音を立てながら落ちている断片を拾っては捨て、拾っては捨てる。


「おっと」


そんなことを繰り返していたら踏み出した一歩が滑り、バランスを崩す。


よろけた拍子に何かを踏んだ感触。


「うわ、ごめん!」


反射的に言葉が出る。

急いでその場を退いて振り返るが、声の主が見当たらない。

右を見ても左を見ても動く影すら見つからない。


「?」


念のため近くの瓦礫の裏を見てみるもののやはり誰もいない。

気のせいだったのかな、と困惑していると


「どこ見てるんだお前、ここだよ、誤る相手もわかんねーのか?」


挑発的な言葉がすぐそばで聞こえる。


声は足元からした。


だが、はじめファンはそれを理解しなかった。

目には入っていたが無意識に視界から外していたのだ。

何故ならそれはここにいるなら落ちていて当たり前だから。


「葉っぱ……?」


地面に落ちている葉がひらひらと動いている。

よたよたと風にあおられてその場で千鳥足になってこちらに向いている。


千鳥足、そう。葉には足がついていた。足どころか、目や口、翼まで存在した。それは一見葉にしか見えなかったが見ようによっては鳥の形をしているようにも見える。


「それだけでかい目をしておきながらまだ見えねーのか、ヒト種は体ばっかり立派でもついてるのはお飾りの門ばっかりかよ」


悪態をつくのは、葉が集まってできた鳥のような物体だった。

ファンの頭がまだその物体を生き物と認識していない。


「ったくガラガラギャーギャーとここんところうるさくてしかたねぇ、オイラの静かな森は一体いつになったら戻ってくるんだい」


「あー、ごめん。ちょっと探し物をしてたら崩れちゃって」


「あっちのやつらもお前の仲間だろ? 静かにさせてくれや、こないだ耳を傷めたばっかりで今日は足までやられちまった。これ以上損を被るのは許せねえからよぉ。ほら、早くしてくれや」


いたたたっと大げさに片足を上げて見せる。


「え、あぁ。ちょっと待っててよ」


うっかり踏んづけてしまった罪悪感から言われるがままに二人の下に戻る。



「ファン、さっきの音はなんだ? あんまりここを壊さないでくれ」


「……ごめん」


諫めようとやってきたものの二人の口論はすでに終わっていた。

むしろ先ほど倒壊させてしまった遺跡について注意を受ける始末。


「何か見つかったの?」


「それがさぁ、召喚陣っぽいものが書いてある瓦礫があって」


「召喚陣……」


「まぁ見つけたと思ったら瓦礫の下に埋まっちゃったけど」


興奮して話すファン。ぼそりとつぶやくロトが静かに考え込んでいる。

ジルの下にいた期間はファンよりもロトの方が長い。召喚術についてはファンよりも詳しい。


「それに変な鳥? みたいなやつがいて、静かにしてくれだとかなんだとか」


「鳥?」


「見た目は葉っぱなんだよ、でも鳥の形の葉っぱ」


わけがわからないといった表情のロトとは対照的にピュルテははっとして


「そいつ、どこにいた!?」


今来た方向を指さす。


「あたしたちが探している一族はそいつだ! 早くいこう!」


「わ、わかった」


駆け出したピュルテに慌ててついていく。


「……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


葉の形の鳥は変わらず先ほどの場所にいた。

口を開けて眠そうにしている。


「ん? なんだ、別においらはそいつを連れてきてほしかったわけじゃないんだが」


駆け寄ってきたピュルテに気付いた葉の鳥はめんどくさそうに言う。


「ちょっと聞きたいことがあって」


ピュルテに聞いた一族。確かに鳥ならば森を飛び回っているから何か知っている可能性もある。

十分になっとくできる。だが、


——————こいつ、これで飛べるのかな?


見た目は鳥の形をしていてもその翼は単なる葉っぱだ。羽ばたくにしても随分と頼りなさそうに見える。

どうしても目の前のこの鳥を取りとして認識するのが難しい。


「森の民をこの付近で見た記憶はないか? お前たちなら何か見ているだろう」


ファンの代わりにピュルテが質問を投げる。

その口調は相手が知らないとは考えてもいないような、断定した話し方だった。


「あぁ? 随分決めつけて話すじゃねぇか」


「お前たち一族はこの森の中でも最も活動範囲が広い。夜目も効くはずだと母上から聞いたことがある」


「母上……? そういえばお前、どっかで見たことある顔してるなぁ」


ジロジロとピュルテの顔を見て、何か思い出そうとしている。

ピュルテとオサの話によると『鳥の一族』リードは夜飛び回り、森のあちこちを移動し、食べるものを探す。

この森に長く生きている者は自然と同じ森にすむ者たちにも詳しくなる。

『鳥の一族』達の情報もオサやピュルテの母にとっては周知の事実。

それは『鳥の一族』達にも言えることで、しばらくピュルテの顔を穴が開きそうなほど見ていた『鳥の一族』が思い出したと顔を上げる。


「お前、フェクティの娘か、よく見りゃそっくりだ! へぇここに来るのはいつ振りだ? 」


「いいから答えろ、お前と昔話がしたくてきたんじゃない」


ニヤニヤと笑っていた『鳥の一族』の様子が変わった。

むっと口を閉じると愉快そうに垂れ下がっていた目元が吊り上がる。


「随分偉そうだなぁ? 頼みごとをするのにただでやってもらおうなんて赤ん坊のすることってのはフェクティに聞かなかったか?」


「…………ほら」


硬い表情のまま突き出されたピュルテの手には藍色の実が数粒握られていた。

どうやら好物らしい。

『鳥の一族』の声が高くなる。


「タピュタの実かぁ! わかってるねぇ。おいら達じゃああそこには近づけねぇからな」


差し出された手から実を啄み、うれしそうに食べている。

あっというまにすべて平らげた『鳥の一族』は、口に残る味を反芻するように口をうごしている。


「いやぁ、うまいうまい。いつ食っても最高だぁ!」


「食べ終わったのなら早く話を聞かせろ」


口張りをすり合わせて乾いた音を鳴らし、夢中になっている『鳥の一族』をロトがせかす。

落ち着いたかと思ったがまだ少し機嫌が悪そうだ。


「あー、何だったか、森の民についてどうとか言ったかい?」


「そうだ、知っていることをさっさと話せ」


うーん、と唸ったあと瞑った目をちらりとこちらに向けて


「どうにも最近物忘れがひどくてねぇ、ヒト種だと歳をとると頭が弱くなるって話らしいがオイラ達も同じかもなぁ」


「だから何だ?」


「さっきは急に頭が冴えたような気になってね、多分あの実はうまいだけじゃなくて老化にも効くんだなぁ、うん」


随分と口の周りが良くなった『鳥の一族』がピュルテの足元をぐるぐると回る。

ちらちらと伺うような視線を送り、反応を見ているようだ。


「あと少し、タピュタの実を食べればお前たちの知りたい情報も思い出すかもなぁ、なんて思うんだがねぇ?」


回りくどいが要するに「もうちょっとタピュタの実を食べたい」ということだろう。

確かタピュタの実は残りがまだ少しあったはずだ。

スッと静かになったみんなの表情を見れば二人とも目が据わっている。

苛立ちを押し殺しているのがよく伝わってきた。


「……」


やや荒々しく差し出された手には先ほどと同じ数のタピュタの実。

もはや口も開かなくなったピュルテが『鳥の一族』の眼前へ突き出す。


「いやぁ、これだけ食べればすぐ、すぐに思い出すさぁ」


なんとも嬉しそうに食べる姿は前後のやり取り冴えなければ綺麗な女性が鳥に餌をやっている、心癒される光景だったのかもしれない。

ピュルテの口調が初めから少し冷たかった理由もなんとなく理解できた。


「はー、これだけ腹いっぱいになったのも久々……」


地面へ寝そべり、コミカルにおなかを撫でる『鳥の一族』。放っておいたらこのまま寝始めそうだ。


「それで、うーん森の民だったか?」


「そうだ」


ピュルテの声が低い。

ファンはあまり短気ではない方だと自負していたがこの


「あぁ! 思い出した思い出したオイラしばらくここから動いてないから見てない」


あっけらかんと放った言葉に空気が凍る。


「見てない……」


「でもオイラの仲間達なら何か見てるかもな、またタピュタの実をくれれば呼んできてやってもいいが」


ぬけぬけと小ばかにした口調で言う『鳥の一族』に、


「こいつっ!」


我慢の限界に来ていたピュルテがとびかかった。

しかし憎たらしいことにこちらがキレるのも予想済みだったのか、とびかかる際の風圧を利用して浮かび上がった『鳥の一族』は容易くファンたちの頭上へ到達し、風に乗って逃げていく。


「力自慢もいいことばっかじゃないねぇ」


捨て台詞を吐きながら上昇し、風に乗って飛んでいく。


「っ!」


完全に頭に血が上ったピュルテは足に力をためている。

魔素がピュルテに吸い込まれていく。


「もう追いつけねえよ! のろま!」


ひゅるひゅると流れていく風はどんどんと『鳥の一族』を遠ざける


が、


「んぉっ? うわぁぁあ」


勢いよく飛んで行ったはずの『鳥の一族』が弧を描いてこっちに戻ってくる。


『風を使って逃げるなんて、私が許すと思った?』


手から渦巻く風の波動を操り、周囲の風をまとめ上げた。

周囲の風の向きを全て目の前に集まるように調節することで『鳥の一族』を逃がさない。


「……!」


ピュルテが突然自分の背後から吹いた突風に驚いて振り返る。


『私はファンの契約者、なんだかんだ文句を言ってもファンに協力するのが私の仕事なわけ。不本意なんだけどね』


「…………助かる」


ロトはぼそりとつぶやかれた感謝の言葉に満足気な笑みを返した。


遠ざかって小さくなっていた姿が近づいて、ロトの目前まで戻ってくる。


「なんだこりゃ、やめ、やめろ!」


くるくると渦を巻く風にとらわれた『鳥の一族』が渦の中で踊るように舞っている。


「さっき踏んで悪かったな、とか思った自分が馬鹿らしくなるなぁ」


悲鳴を上げて開店する『鳥の一族』を見てそんな感想が出た。

この滑稽な姿を見て、謎の虚無感にさいなまれるのはなぜなのか。


「ほら、お前が知らないなら仲間の場所を教えてよ、そっちに聞いてみるから」


『返答が遅れるたびに回転が速くなるわよ』


ロトがふさふさと触り心地のよさそうな腕を見せつける。

準備は万端だと言いたげな仕草。実に楽しそうだ。


「はっ、誰がしゃべるか――――――――」


あの脆そうな葉っぱの体でどこまで持つのか、意地になって口を開こうとしない『鳥の一族』に対し、ロトは宣言通り風の回転を速めた。

一定の範囲をぐるんぐるんと『鳥の一族』が現れては消え、現れては消える。

仲では何か叫んでいるのか、とぎれとぎれに断末魔のようなものが聞こえるが風の壁は音をも閉じ込めるのか、よく聞こえなかった。


『なかなか強情ね』


数分、回転させ続けた風の渦を一旦止め、『鳥の一族』の様子をうかがう。

風が止み、千鳥足に拍車の増した『鳥の一族』がよろよろと体を傾け地面へ倒れこんだ。


『ほら、調子はどう? 楽しんでくれた? まだ加減が難しいけどもっと早くすることもできるのよ、試してみる?』


倒れこみ、苦しそうに呼吸を整える『鳥の一族』の耳元辺りでロトが嗜虐的にささやく。

対する『鳥の一族』は倒れ伏したままじろっとロトをにらみつける。


「魔法使い、だったか……いきなり攻撃してくるなんておいら達よりよっぽど達が悪い。他の奴がどこにいるかなんておいらにはわからんね」


のらりくらりと存外往生際の悪い『鳥の一族』は頑として口を開かない。


「このままだんまりされたんじゃ、埒が明かないけど……」


どうしようか、というファンの視線にピュルテが、


「なんでこいつが一人でいるのかはわからないが基本的に群れで行動するはずだ。この近くにいるはずだ」


「近くって言っても」


辺りを見回して思う、この一帯は森の中であるためそこら中に散った葉が落ちている。

この中から『鳥の一族』の仲間を見つけ出すとなると……。


「オイラの仲間はそう簡単に見つかんねぇ。一枚一枚確認するのに一体何日かかるか」


精神的優位に立てたかと思うとすかさず煽りを入れてくる。


『そんなことなら楽勝ね』


ここに集まるように吹いていた風の勢いがさらに強くなる。

ゴォゴォと音を立てながら地を転がるもの、宙を舞うもの、果ては今生えている木から。

強風に抵抗できなかったものが目の前に積みあがっていく。


「なっ」


その規模はこの周囲のものすべて。

目に見えるものを全て回収せんと言わんばかりに手当たり次第に。

ロトは先の『鳥の一族』の時とは比べ物にならない範囲をコントロールし

軽口をたたいた『鳥の一族』に見せつけるように力を行使する。


「……すごいな、これは」


ぽつりとピュルテの口からこぼれるのは純粋な称賛。

風の音が辺りに響く中、縫うように耳に入ってきた。

義理堅い彼女は感情表現も素直だ。


『ま、これくらいで十分よね』


しばしの時を掛け、ロトは目の前に雑多な山を築いて見せた。

その山には葉だけでなく、小さな瓦礫やその断片、折れた枝や地に転がるその他さまざまなものが集まっていた。


「さすが~、でも大分魔力持ってったね……」


ファンの体を着々と虚脱感が体中を包んでいた。


『文句言わない。どうせ回復するんだから』


言い聞かせるような物言いは子供をたしなめる母親を彷彿とさせる。


「集めたは良いけどここから探すのもなかなかに骨だね」


パッと見てもファンたちの背丈を超える大きさの山だ。

今上からこの一帯を見ればきれいに掃除されているのが見えるだろう。


「へっ、随分とすごい力だが、これでどうやって探すんだか」


『そんなのこうして、こうっ!』


ふさふさとやわらかそうな手から放たれたのは半円状の風。


山の頂付近を通り抜け、通過した部分はキレイに消失する。

「外れたわね」とめんどくさそうにぼやくロトに


「おまえ! 何やってるんだ! そんなことしたらっ……」


はじめて『鳥の一族』の余裕が崩れた。

信じられないものを見たとばかりに口を開く。

だがロトはそんな制止などなんのその、続けざまに放たれた風の刃が次々と山を削る。


『こうすればそのうちこいつの一族にあたるんじゃない?』


シュッシュッと音が鳴るたび、山が削れ、小さくなっていく。

その風に触れたものは硬い瓦礫だろうが何だろうが問題なく切断され、風の勢いのままに塵と化す。


「それじゃあ『鳥の一族』ごと真っ二つになるんじゃ……」


うっかり当たってしまったら元も子もない。

心配するファンが不安そうに言う。


『こいつの仲間は近くにたくさんいるって話でしょ? ……一人や二人間違えて消しちゃっても残りが出てくるわよ』


こともなげに恐ろしいことをのたまった。

「ほらほらぁっ」と、どことなく楽し気に山を解体していく姿は『鳥の一族』から見れば悪魔だろう。

やめろ、と叫ぶ『鳥の一族』の声を掻き消す高笑いは止まることを知らない。


「これは、早く出てこないと、消されちゃうかも」


そうつぶやいた時、山から這い出るものの姿が。

ひとつふたつみっつ……。


バタバタと慌てて出てきたその数は合計五つ。

想像していたよりも少ないがその姿を見る限り、『鳥の一族』で間違いない。


「ちょっちょっと待ってくれ!」


一番初めに出てきた『鳥の一族』が翼を大きく振った。

その悲痛な声は悪態をつく目の前の『鳥の一族』と同じ一族とは思えない程弱弱しい。


『ちゃんといたのね』


「な、なんで俺たちはいきなり攻撃されてっ――――!」


甲高い音がなり、鋭い風が『鳥の一族』達の声を刈り取るように吹き抜けた。


『静かにして、こっちの質問だけに答えてくれればいいの』


溜まったフラストレーションが爆発していた。

もはや当初の交渉、という文字は彼方へ消え去り、手っ取り早く武力行使に方針が変わっている。

しかしこの場でロトを止めるものは『鳥の一族』以外に存在しない。

ファンとしては話を聞き出せればもうなんでも良いと考えていたし、ピュルテも口をはさんでこないということはそういうことだ。


『いい?あなたたちの仲間のこいつが、セコイ真似して話に応じないからこういうことになってるの、もうこれっきり言わないわ。森の民を見た奴はこの中にいないの?』


場は完全にロトの支配下にあった。

無駄口でも叩こうものなら瓦礫をも切り裂く風が向けられる。


そんな状況の中、一人の『鳥の一族』が声を上げた。


「おいら、見たかも。昨日の夜」


「どこだ!? どこで見た!?」


ピュルテの声に面を喰らう『鳥の一族』。驚いたと震える声で


「食草地帯で、何人か走ってるのを見た。珍しく近くに『円棘獣』サニークルがいたから覚えてる」


「『円棘獣』?」


街で聞いたことがある名前だ。

確か酒場かどこかで聞いた魔物の名前。棘だらけの魔物のことだ。


「まずいな、あの辺りは精霊が縄張りをつくっているから……」


『精霊くらい私があしらうわ、行くなら早くいくわよ』


さっきまでが嘘のようにロトが協力的だ。

自信に満ちた表情は頼もしさを感じる。


「お、おい。おいら話したんだから、対価を――――」


『鳥の一族』の翼がうっすらと切れる。


『命を取らないのが対価よ、相手考えて物言いなさい』


その攻撃にもはや音はない。

仲間が買った怒りを仲間が払う。

森の民とは全く違う、一蓮托生とはよく言ったものだ。


その傲慢ともいえる言葉はしかし『鳥の一族』達を黙らせるのに十分な力を秘めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る