第12話 森の民の集落

野営場所から出て数時間、同じ森の中だというのに周りの景色が少し変わってきた。


「この辺の木はなんだか普通の木よりも色が薄い感じだね」


育ち方に何か問題があるのか、陽の当たり具合に差があるのか、そしてどことなく鼻をくすぐる匂いや空気が違う。

見れば森人がいつも以上に気持ちよさそうに跳ね回っている。

ここ数日の間にわかったのが森人は感情表現が体に現れ、その動作が大きい程強い意志を訴えてきているということ。


楽しげにファンの近くをいったりきたりする森人を微笑ましく見ていると


「そろそろつくぞ」


朽ちた大木をくりぬいてできた穴をくぐり抜ける。


「おぉ……」


「ここが森の民の集落。こいつの家だ」


穴の先には広い空間が広がっていた。


奥に見える見上げてもなおてっぺんが見えない大樹。それを中心に多い囲むように生えた木。大樹を囲う壁と化した木々は、うねうねと曲がりくねったものからピンとまっすぐ上へ伸びるものまでさまざまで、それらが肩を組むように、一つの樹であると言わんばかりに並んでいる。


「広いなぁ」


思わず感嘆の声が漏れる。


「この空間はこいつらが魔物に襲われない用にできていているから、中に入ってくる奴は珍しいんだ」


木々の枝に取り付けられるように作られた箱のようなものは、おそらく森人の暮らす家だろう。

家の中から顔を出しては自分たちの縄張りに入ってきたファンの様子をうかがっている。


上を見上げると木と木の間には架け橋のようなものが架けられている。

森人はその架け橋を飛ぶように渡り、数人の森人が端の家から大樹の方へ走っていくのが見えた。


「もしかして外に出ておいた方が良い?」


蜂の巣をつついたように慌ただしく動き回る森人たちを見ていると謎の罪悪感が湧いてきた。

中はこうして見れたことだし、あまり騒ぎになるようなら立ち入らない方が良い。

そんなファンの気持ちはちゃんと伝わったようで、


「あたしといれば大丈夫なはずだ。ひとまず大樹に行こう」


ドタバタと動きの激しい上の層とは異なり、ファンの目線ほどの高さにある家は近くを通っても静かだ。


近寄って観察してみると

草を編み込んで作られているのがわかる。


強度はあまり期待できなさそうだがこの集落では特に問題ないのかもしれない。


ピュルテは踏みならしてできた通路を歩いていく。

入り口から大樹までは道なりになっていて、迷う心配もなさそうだ。

時折家の傍を通ると視線が集まるのを感じた。

敵意ではないようなので問題はないのだが、なんだかむず痒い。


「この森にいる森人ってみんなここの集落に住んでるの?」


「あたしが把握してるのはここだけだからそうとは言い切れないが、ここ以外では見たことないな」


「どおりでたくさんいるわけだ」


と頭上を跳ね抜けていく森人たちを見て思う。


「それにしても今日は随分騒がしいな。普段はもっと静かなところなんだが」


腑に落ちないな、とピュルテが首をかしげる。

そんな調子で集落の中心地までやってきた。


「でっかい……」


目の前で見る大樹は入り口から見るのとは比べ物にならない迫力があった。

自然と首が上に向かい、その頂きはどこにあるのかと探してしまう。

この大きさに育つまでにどれだけの時間がかかるのか。


「これだけ大きいと斧で叩きつけてもびくともしなそう」


直接触れなくても感じる大樹の生気は、多少の傷くらいものともしない、そう主張するかのように強大だ。


「間違っても変なことはするなよ」


すかさずピュルテから釘を刺される。

一体ピュルテの中の自分はどんな人物になっているのか、そんな気はさらさらないと答えていると、ふと視界の中に気になるものが映った。


大樹の根元、きれいに整えられた場所。そこに何かが置いてある。


「なんだろうこれ?」


立てかけるように置いてあるのは装飾品の類。一つではない、無数の装飾品が一か所にまとめられ、取り残されたように並んでいた。


「何してるんだ、はやく来い」


近づこうとしたところでピュルテに呼び止められた。



集落のまとめ役が住むのは

大樹の根元から少し上がった場所、くぼみのできた一か所だという。

くぼみから垂れ下がったツタを引っ張り上へ登る。


登りきるとそこは周辺の木々から伸びる網が集まる、中継場所のような様相となっていた。


「さっきみた森人たちはここに集まってきてたのか」


上から見る集落を見下ろすとどこを見てもこの大樹に向けて網がかかっている。


「やっぱりこれも植物……」


集落の家は草の編み込みでできていたがこの植物は木の根が変形して育っている。

根の端に小さく伸びているのが葉だろうか、魔力の濃い土地で育つものはやはり見たことのないものが育ちやすいらしい。


ピュルテに呼ばれて中に入ると


「うわぁっ!」


そこにはぎっちりと敷き詰められた森人たちがいた。

くぼみの中を、中心を開けて端に添うように並んでいる。ざわざわと何事か声を発しながら会話していたようだったが

ファンの驚いた声に反応して、ピュルテに向いていた視線が一斉にファンに移った。


「おや、もしかしてこの方が……」


「そう。森ではぐれていたこいつを助けてくれた奴だ」


ピュルテと言葉を交わしているのは見た目は他の森人と変わらない普通の森人だった。


――――森人って喋れたのか


はじめに遭遇したあの子はファンのわかる言葉を発していなかったので、てっきり言葉を話さない一族だと思っていた。

まとめ役だから……オサでいいかと心の中で思っていると、


「こんな森の奥までよく来られた。ピュルテの案内とはいえここまで来るのは大変だったでしょう。そら、これでも飲んでゆっくりしてくだされ」


差し出された木の器に入っていたのは濃い緑をそのまま水にしたような、良い香りのする液体。


促されるまま口へ入れると葉の香りが封を開けたように広がり、鼻を抜けていく。

清めた空気を肺いっぱいに取り込んだように、体が清められたような不思議な気分になった。


「我ら一族に伝わる飲み物です。体を休める効果があるのでそこに座って少しすれば疲れも取れるはずです」


「ありがとう」


ピュルテが前に、森人の見た目は子供も大人も変わりないと言っていたがヒトの子と同じようにはしゃいでいた森人を見た後だと同じ姿で流ちょうに言葉を話すオサに少しの違和感を感じる。


「ほら、みんなあまりジロジロとみるものでない。ピュルテの客人だ、危ない人ではない。心配しないで帰りなさい」


オサの言葉で周りにいた森人たちがぞろぞろと去っていく。

ざわついていた空間から音が消え、静かになったところで

ふぅ、と一息ついたオサが切り出す。


「さて、ファンどのだったかな? ピュルテから先に話は聞きました。今回は私たちの子供を助けてくれてありがとう。まさかヒト種にお礼を言う日がくるとは思ってもみなかった」


オサは盛り上がった場所を椅子代わりにして座るとしみじみとお礼を述べた。


「この森に来るヒト種など、花狙いの厄介ものくらいしかおりませんからな。いやぁ本当に珍しい」


「あぁー、まぁ、うん……」


何と言ったらいいものか、ファンは好意的に接してくる目の前の人物へ返す言葉が見つからず、歯切れ悪く言葉を濁した。


「わざわざこんなところまで来てくださって、ありがたい限りです。ここまで来るのもなかなか苦労したでしょう」


「ピュルテが案内してくれたから、大丈夫だったよ」


幸い、しどろもどろになっているファンの態度に突っ込んでくることもなく、ほっとした気持ちでで会話を続ける。


「それならよかった。あなた方が来てくださらなければおそらくこの子は戻ってこれなかったでしょうから……」


「どういうこと?」


オサは連れてきた森人の頭を大事そうに撫でている。

帰ってきた仲間を心配するのは良いとしても、戻ってこれないとは何故か。


「私たち一族は生まれたときから森を通して、同族の居場所を知ることできるのです。ですがここ数日何故か森の様子がおかしく、集落の外に出た仲間の居場所がわからなくなっておりまして」


「それって……」


ピュルテが話していたことだ。

謎の違和感、妙な感覚がすると具体的なことは言っていなかったがやはり何か起きているらしい。


「森を見て回った者たちから聞いた話によると、ここらには棲んでいなかった魔物たちがいたるところに住み着きだしていて、この集落の近くでも移動中の魔物を見つけたと聞きました」


「あたしもここに来る途中に一種、遭遇した」


ピュルテは懐から包みを取り出した。


「これは、めずらしいものを狩ったな」


オサがピュルテの持つ包みを開き中の肉を取り出す。


「こいつもここらでは見ない。多分同じようにこのあたりに移動してきたんだろう」


「魔物が移動する理由かぁ……」


魔物の行動の理由などあまり意識しない。

発見して気づかれなければ避け、襲われれば殺すくらいの選択肢しか持ち合わせがないため、

めずらしい特徴の魔物や奇妙な姿の魔物は気になる程度の興味しかなかった。

ファンの思考には魔物の生態についての関心はないのだ。


「食料が近くになくなったか、天敵でも現れたのか」


魔物にも天敵は存在するのか、口に出しておいて疑問が増える。


「食べ物が原因なら、仲間の位置がわからなくなった理由がわからない……」


「そのことで少しお話が」


そういってオサが神妙な面持ちでこちらを見てくる。


「それはやけに集落の落ち着きがないのと関係のある話か?」


ピュルテの問いにオサが頷く。

なかなか口を開かない切り出し難そうだ。


「集落の外にでた子供たちがまだ戻ってきてないのです」


「子供たち?」


はい、と答えるオサの表情が硬い。


それで皆心配してざわついていたようだ。

ヒト種が珍しいと、見にきていたわけではなかったのか。


「この子を見つけた傍でもう何人か姿を見かけませんでしたか?」


「見つけたときは一人だけだったよ」


感知はロトに任せきりだったがあの状況で近くにいたのなら気づくはずだ。


「それはどのあたりか案内できますか?」


「いや、あの時は道に迷っていたから今はちょっと……」


「そうですか……」


目に見えて肩を落としたオサにピュルテが眉を寄せた。


「何人戻ってきてないんだ?」


「三人、連れ戻してこようと探しているのですが見つからず」


トスっと体に何かがあたる感触。見れば森人がファンの顔をみて何か言いたげにじっと見つめている


「その子と一緒に出ていったのです。なのでともに行動しているなら近くにいるはずだと思ったのですが」


「お前、仲間と一緒にいた奴はどこではぐれたんだ?」


「きゅるる」


か細くなく声の意味はファンには伝わらない。


「気づいたらいなかった、だそうだ」


「どのあたりではぐれたかもわからないとなると……」


この広いドウトの森で動き回っているであろう森人を探すのは困難だ。


「お願いします。なんとか残りの子らを探してきてはもらえないだろうか、私たちもあちこち探しているのですが手が足りないのです」


「残りの子を……」


その頼みは思わずファンの顔を渋らせた。


そもそものファンの目的はトラレイトの花にある。

かなり目的とは違う行動をとってしまってはいるが本来重視するべきはそこだ。

今、ピュルテが出した条件を満たすために今ファンはここにいる。


この頼みを受けてしまえば当分捜索に時間を取られるだろうし、ファン一人では捜索するにも限度がある。

だが、森人を助けたのは偶然だったがそれのおかげでこうしてファン息を吐き、悩むことができているのもまた頭を悩ませる。

他人のために行動するということをこれまでしてこなかったファンだが、それでも絶対にやりたくないと意地を張っているわけでもない。


――――うーん……。


しかし今の行動を決めるのはピュルテだ。

結局ピュルテがどうするか、今ファンが悩んでもどうにもできない。

そうしてファンが考え込んでいると、


「あたしが探してくる」


「本当か!」


ピュルテが胸を張ってすっぱりと言い切った。


「ファン、お前はどうするんだ」


ファンの目を射抜く視線は力強く、真っすぐだ。

そもそもファンを見逃した理由も森人を助けたからだ。

今行方の分からない森人たちを助けるのに迷う必要なんてないのだろう。


「どうするんだも何も、ついていくよ。ここで急に街に帰るのも変でしょ?」


そういってピュルテを見つめ返す。


「……そうだな」


その口元が笑みを浮かべた。


「よし! ならば今日はここでゆっくり魔力を回復させよう。あたしは少しこの周辺だけ見てくる」


「ありがとう……ありがとうございます……」


頭を下げるオサの姿に少し居心地の悪さを感じる。


――――まぁ、結局探しに行くから良しってことで


少し引っかかったものの、適当な言い訳を自分に言い聞かせて納得させる。

過程はどうあれ、行動してしまえばうやむやになることだ。


「今夜泊まるところは用意します。案内しますのでこちらへ」


「ではあたしは行ってくる」


そういうと瞬く間にくぼみから出て言いてしまった。


オサに案内してもらった場所は大樹の目の前、くぼみから出てすぐ正面にある森人たちと同じつくりの家だった。


「重ね重ねありがとうございます」


オサは最後まで頭を下げて、去っていった。


敷かれた草に寝転がる。

今の魔力量は全体の6割半ほど、このまま休めばロトを呼べるまで回復するはずだ。

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