第11話 語らい
「それでそのーーーーはどうなったんだ?」
今にも寝てしまいそうにこっくりこっくりと舟をこぐ森人とは対照的に
ピュルテが瞳を爛々と輝かせている。
ここ数日の中で、見たことのない表情をしながら、話に出てくる人や景色、魔道具や食べ物などその興味の対象は無限とも思えるほどで小さな子供のようにあれはどうしたこれはなんてものだと質問が飛んだ。
————もしかして森の外の話を聞きたくて、俺をここに連れてきたの……?
真相はわからないがそう勘ぐってもおかしくない食いつき方だった。
さして面白みはないような話だがこの森で暮らしているピュルテにとっては楽しい話のようで、今も早く続きの話を聞かせろという圧を体の節々から訴えてきている。
「そういえば気になってたんだがお前が何か妙な力を使うときに出る変な模様はなんだ? さっき本を出すときにも出てたが、あれも魔法なのか? 今まで見たことある魔法とは何か違う感じだったが」
「あーあれは魔法じゃなくて、召喚術の一つだよ。俺は魔法は使えないんだ」
「何言ってるんだ? あたしと戦った時に使ってたじゃないか。風の魔法だろ? 見たことあるぞ」
魔法も召喚術もさして訂正するほど大きな違いはないが、勘違いしているようなので一応伝えておくことにする。
「あれは魔法じゃなくて、召喚術だよ」
「召喚術? 魔法じゃないのか?」
やけにピュルテの食いつきが良いことに疑問を覚えながら、
「それは――――」
魔法とは古くから存在するヒト種が魔物に対抗するべく生み出されたものであり、適正はあれど、ほとんどの人間が簡単なものなら扱えるヒト種の技術である。
人から人へ伝える魔法の技術は適性のある人間ばかりなので文献や、伝承を専門とする人物も少なくない。
何処かの国では魔法習得が当たり前となっている国もあるという。
一方召喚術は、魔法とは違い、扱える適性を持つ人間が極端に少ない。
召喚術は扱える人間の少なさからか習得技術を伝えられることが少なく
自分が適性を持っていることすら知らずに人生を過ごすこともままあるといわれている。
「さっき言っていたお前の師匠というのがそれを教えてくれた、ということか」
「そう。俺はたまたま師匠が召喚術に詳しかったから教えてもらえたんだ」
自由になった腕で近くの草をむしり、宙へ放つ。先ほどと同じように陣が浮かび上がり、散った草が地面へ落ちる前に消失した。
「召喚術は魔力のあるものを対価にどこかから対価にした魔力分の何かを喚ぶ技術。いくつか種類があって」
現れたのは先ほど同じ約束の書。
「これが契約した存在を召喚する召喚。ジルの本はなんでかこの程度の魔力でも召喚できるんだ。ロトを呼ぼうとすればもっと大量の魔力が必要になる」
わかりやすいようにと荷物の中に入っていた対価に使える魔道具を出そうとしたところで、荷物がないことに気付いた。
「あの獣が消えたのは死んだのではなかったのか」
「魔力が戻ればいつでも召喚できるよ。めんどくさいことになりそうだからしないけど」
ないものは仕方ないともう一度草をむしる。今度のは先ほどよりも少ない量の草を宙へ撒く。
「これくらいかな」
つぶやくと同時、陣が浮かび、草が消え、そこに小さな光が生まれた。
「今度は本じゃないのか……」
まじまじと見ているピュルテの顔は今までに見た中で一番楽しそうだ。
興味津々といった目でふわふわと浮かぶ光を見ている。
「召喚術は契約した存在を召喚する以外に魔力と同等の何か、この光や炎、水流や風、対価に相当する現象を喚ぶことができる。難点なのは実際に出てみるまで何がでてくるかわからないこと」
光は話している途中で霧散し、陣が消える。
草をむしった後だけがそこに残されていた。
「そして魔力が増えれば増えるほど呼び出すものが予想できなくなっていく。今の草に含まれていた魔力は大したことない量だったから出てきたのが小さな光だったけど、これがもっと大きな、例えばトラレイトなんかを対価に召喚術を使えば何が出てくるかわからない。光や炎なんじゃなくてまだ契約していない生物が出てくることもある。」
使い勝手が悪いんだ、と話すファンへピュルテが疑問を飛ばす。
「なるほどな、ところで何が出るかわからないってことは今水や火が出てくるかもしれなかったってことであってるか」
頷くファンに
「お前、森ではそれを使うなよ。万が一火が燃え移ったらことだ。絶対にダメだぞ」
ピュルテが警戒するように言った。
意外と表情がコロコロと変わる彼女は鼻息荒くこちらを睨みつけていたが、やはり言葉には棘を感じない。
「平気だって、草はちょっとしか使ってないしこれくらいの量じゃ変なのは出てこないから」
少量の魔力では出てきたとしても蟲程度の生物だろう。ここにいるものに害を与える規模のものが召喚されないのは今までの経験上一度もない。
「っとそうだ」
これだけ話に興味を持っているのなら、実際に目に見える形で見えた方が良い。
「? なんだ?」
背嚢の中をまさぐっているファンにピュルテが不思議そうに問う。
「せっかく楽しそうに聞いてくれてるからいろんな魔道具を見せようと思って」
そういうとピュルテの顔が明るくなった。
「魔道具! 見たい!」
テンションの上がった姿は幼い子供となんら変わらず、この半日で遭遇時の印象から随分と変化したのを感じていた。
ファンの持っている魔道具は明日見せると話を付けたところで、ひとしきり上がったテンションが落ち着いた頃合いをみて、ピュルテに質問する。
「ピュルテは森の外にはいったことないの?」
ファンが旅の途中にあった出来事や魔道具などに対する食いつき方は、尋常なものではなかった。
これらの話は森の外ならば誰でも知っている、経験したことのあるような他愛のない話ばかりだ。
子供の用に喜び、興味を見せる。未知のものを見るとホイホイとついていってしまいそうなのはファンと一緒だよ、もしもロトがこの場にいたのならそんなことを言ったに違いない。
「森の外から来た奴は何度も見たことがある。だが私は生まれてからずっとこの森で育った。お前のいつ通り、森の外に行ったことは一度もない。」
生まれてからずっと。
小さいころから旅をしているファンにとっては考えられないことだ。
何日も、何年も、変わらない景色を見つめ続ける自分を想像してしまい、身震いする。
「退屈だなーって思ったことない?」
「退屈? まあ外からきたお前には退屈に感じる場所なのかもな。あいにくだがあたしはここを退屈だと思ったことはない」
残してあった木の実をかじり、ピュルテが答えた。
「退屈ってわけでもないって、まだこの森を全部見たわけじゃないから見て回ってみたいし。でもピュルテはこの森にあるものなら大体のことは知り尽くしてるでしょ?」
「全部ではないが、ほとんどは知っているな」
「さっき楽しそうに話を聞いてたからさ、森の外に出てみたくならないのかなと思ったんだ」
「確かにお前の話は楽しかったし、実際にその場所や物を見てみたいとも思った。」
だが、とピュルテが続ける。
「やらなくてはいけないことがある。興味がないこともないがそれだけだ。」
「それってやっぱり」
「そうだ」
あの花を守ること。わざわざ確かめなくても理解できる。
「私はよく知らないが、ここに訪れた人間から聞き出したことがある。人間の間ではあの花は随分と貴重で、価値のあるものなのだと」
目を閉じ、その時のことを思い出しているのか、眉間にしわを寄せるピュルテ。
「いろんな奴が来た。剣を持った大きな男や手下を連れてごてごてと着飾った女。お前のように不思議な力、あたしの見たことのない力を使うもの、ぞろぞろと100を超える人数を連れてくる奴もいた」
淡々と語る口調でピュルテは話し続ける。
「そのすべてを叩きのめした。言ってきかない奴はこの手で殺した。」
ぎゅっと握られた拳がピュルテの決意を表しているように見える。あの戦闘時の逆鱗の一端を今再び感じていた。
「金儲けや興味本位で、母上の形見をむしりとろうとする、人間たちから私は守らなければならない」
「形見……」
ときおり感情の見えるピュルテの言葉がスッと胸に入ってくる。自身の母親の形見。
これほどまでに花に執着する理由がわかり、納得がいく。
それを取られないように、それがなくならないように、明日も、明後日も、彼女は花を守る守護者としてこの森に居続けるのだろう。
しかし、それは……。
「あの花が枯れるまで、ピュルテはここにいるつもりなの?」
垣間見える病的な執着がファンに口を開かせる。
トラレイトの花はその地に魔力がある限り、その光を灯し続けるといわれ、長寿な花としてもよく知られている。
この森の魔力濃度を考えればあの花が枯れることはまずない。
つまり、
「そうだ。私は母上からの頼みを叶える。いつまでだろうと、どれだけ経とうとだ。」
「……」
外への興味を押しつぶし、延々と花を守る守護者として生き続ける。
母上とやらがどんなことを言ったのかはファンにはわからない。
だが、その生き方はいささか理解できない。
もしもジルが傍にいて、ファンに対して何か言いつけたとして自分はそれのためだけに生き続けることができるだろうか………。
考えているとどさりと音を立てて森人が倒れ、地面へ突っ伏してしまった。
「眠気が限界にきてたみたいだな」
すっと立ち上がったピュルテがうつぶせになって寝てしまった森人を寝床の近くに移動させた。
「今日はもう寝よう。一応いっとくがここは私の寝床だからな。近づくなよ」
「縛られてなきゃどこでも快適だよ……」
翌日、起き上がると傷は癒え、体の疲れもだいぶ取れた。
寝床にはすでにピュルテの姿はない。
すやすやと寝息の聞こえる森人を背にねぐらを出る。
体が軽い。
トラレイトは魔力を吸って育つ花であり、その花が集まっている花園は周りの魔力が極端に少なくなる。
それ故に花園から距離のある場所で休めばある程度普通に魔力は回復するようだ。
それにしてもろくに見張りを立てていないのに野営場所に魔物一匹見当たらないのは運がいいのか、それともピュルテの縄張りに入れないだけなのか。
————まあ後者か
あの強烈な一撃を思い出して思わず腕をさする。
すでに痣は残っていないが、記憶に残った痛みが骨を震わせた気がした。
「くぅーーー」
吹き抜ける風が気持ちいい。
大きく体を伸ばし、体を動かすとしばらく縮こまっていた体の節々が解放されるような錯覚に陥る。
「起きたか」
昨夜を境にピュルテとの距離が少し近づいた気がする。
やはり数日共に過ごせばある程度の人となりは感じ取れるというわけだ。
「準備ができたら行くぞ」
「今度はどこへ行くの?」
「昨日、普段別の場所で暮らしてる魔物がこのあたりにいた。些細なことだが、やはり何か妙なことになっているのは間違いないとあたしは思う。だから他のやつに話を聞きに行く」
「他の奴?」
ピュルテがいう他の奴とは誰なのか、あの花園で暮らしているピュルテに知人がいるという想像が浮かばなかったのもあり、素っ頓狂な声が出た。
「じぃ……、森の民の長に会いに行く」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
森のとある木の根元、男は上がる息を手で押さえつけ気配を殺していた。
冷や汗をかくその男が見つめる先には人よりも二回りは大きい魔物が闊歩していた。
————くそがっ早く行け! どっか行け!
その祈りが通じたのか、魔物は男に気付くことなくどこかへ歩いていってしまった。
視界から魔物が消えたのを確認し、大きく息を吐き出す。
「はぁーはぁーっ! くそっ、くそっ、なんで俺がこんな目に!」
身に纏う高そうな衣服は泥にまみれ、袖や裾は枝か何かにひっかけたのかところどころちぎれており、ボロボロ。
男————ドロはピュルテに隊を崩壊させられた後、ほうほうの体で逃げ出した。
なりふり構わず逃げた先にはどこも魔物だらけ。
護衛を失った商人という肩書はどこにも通じず、戦闘能力を大して持たないドロはこの森において
魔物たちの格好の餌として存在していた。
魔物を見かけるたびに息を殺し、みっともなく丸くなって慈悲を乞うように地に伏せる。
もう何度繰り返したか、この森に入ってから夜の概念は恐怖に塗り替えれた。
それでも今ここで息をしているのは人間の生存本能のなせる業か、単に運がいいのか。
「俺はあきらめんぞっ、あのクソ女ぁ……。絶対に殺すっ。殺してやる」
呪詛のようにブツブツと唱えていると再び何か音が聞こえてきた。
「————!?」
急いで地に伏せ、やり過ごすための格好に戻る。
「きゅる!」
「きゅるる!」
現れたのは小さな人、に近い何か。
森の民、森人と呼ばれるこの森にすむ存在だった。
――――なんだ、こっちにくる!?
「きゅるるる!」
まっすぐドロの方に向かってきた森人たちが隠れていたドロを見つけ、何事かしゃべった後、ドロにつかみかかった。
「うわっやめろっ」
森をさまよい続け、いつ魔物に殺されるかという不安の中隠れ続け、神経のすり減らしたドロの抵抗は弱弱しかった。
あっけなく森人たちに担がれると、恨み言を叫びながらどこかへ運ばれていった。
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