第8話 守護者
「何の音?」
ロトの索敵を頼りに花園の手がかりがないか探していた二人は、突然森の中に響く轟音に疑問の声をあげた。
ここから少し離れた場所で何やら戦闘音のようなものが聞こえる。
「行こう!」
すぐさま方向転換し、ロトを先頭に素早く駆けるファンは時折、枝葉に体を引っ掛けながらも急いで音の方へ進む。
1刻ほど走り続け、進んだ先。
「うわぁ」
少し開けた場所へ出ると、ファンの目に飛び込んできたのは大きく抉れた地面に、へし折れた木々。
そして、破壊し尽くされ見るも無残に壊れている獣車だった。
側には首元に大きく穴を開け、血を流して倒れている獣の死体が一つ。
「これ、ドロ達の……」
ノイジーに追われた際、見失ってしまった彼らだったが、尾行している際に記憶している獣車のそれと同じものだ。
辺りに視線を落とせば、壊れた獣車の先に岩壁に囲まれるような空間が見える。
「あれ!」
思わず声が出た。
白く、ぼやけたような淡い光を灯して揺れるその花は。
「トラレイト……」
ついに見つけた。
ということはあれが花園。
「でも、だったらドロ達はどこに……」
近くで声はしない。
さらに言えばこの壊れた獣車はいったい誰にやられたのか。
「ーーっ」
わからないと首をかしげるファンに正解を告げるように近づいてくる者が一人。
それは圧倒的な存在感だった。
銀色に輝くトラレイトの光の中を悠然と歩いてくる。
薄く緑がかった茶色の髪の毛が肩のあたりでふわりと揺れ、
手足が花の光を反射しているのか、淡い光を纏っているようにも見えた。
植物を加工したものを身に纏うその姿は一見街にいる花売りの少女と何ら変わらないように見える。
だが、その身に纏う雰囲気は街娘とはまるで一線を画すものがあった。
街で聞いた、花園を守るもの。
今、目の前に立っている人物、それが
「守護者……」
思わず視線が釘付けになり、ただこちらに近づいてくるのを呆然と見つめる。
ファンの近くまで寄ってきた彼女は目の前で立ち止まり、足から頭までをじろりと一瞥した。
街で聞いた評判を軽く見ていたわけではないが、対面してようやく実感することができた。
森の奥に行くにつれて軽くなった魔力の気配、それがこの場所だけ異様に強く感じる。
はっきりと、目の前の彼女から。
見定めるように鋭くこちらをみつめる瞳は、妙な迫力があり、見つめ続けいたら動けなくなってしまいそうだった。
「その呼び方……偶然迷い込んだというわけではないか」
その口から出た声音は凍えそうなほど冷たい。
体のあらゆるところから敵意が透けて見えるほどだ。
それでもわざわざこちらも敵対する必要はない。
言葉が通じるならば、無理に戦闘する必要はない。
「これまでの旅でいろんなところを歩いてきたけど、こんなに巨大な森はなかなかないね。見たことない植物ばかりだし」
「……」
「それで……森の中で大きな音が聞こえたから気になってね」
なるべく自然に、敵意がないことをアピールしてみる。
チラリと横目に表情を伺う。
……変化はまるでない。
「さっきのやつら、お前の仲間か?」
おそらくドロの連中のことだろう。見失った後、ファンたちよりも先にここへたどり着いていたのだ。
ファンは小さく首を振った。
戦闘音は短く、音の方向を判断する程度しか聞こえなかったがどうなったのか。
「さっきのやつらとやらを僕は見てないんだけど、僕とは関係ないよここにいるのは僕とこの猫、ロトだけ」
口を噤んだ女は無言のまま目を閉じる。
「あまり友好的ではない感じだね……」
側にいるロトへ向けて、小声でつぶやく。
そもそも自分のテリトリーに侵入するものと仲良くしようとする者の方が少ないか、自嘲気味にひとりごち目の前の女へと視線を向ける。
「別にきみと争うつもりはない、ここにある花を一輪、摘ませてもらえないかと交渉しにきたんだ」
ジルの書に記すために資料として一輪、それだけあれば十分。
「僕は師匠の記した本に書かれたものを実際に見て、それを」
「いつもそうだ」
遮るように口を開き、女が言う。
「守護者、そう呼ぶ奴ははいつもきまって私の花園に入り、うだうだとしゃべった後偉そうにこの花を刈り取ろうとする。」
—————雰囲気が一変した。
それまで向けられていた敵意がさらに攻撃的にこちらに向けられ、ふわふわと女のまわりに何かが現れる。
「
いままで何人の人間をここから排除してきたか、数えるのも馬鹿らしい」
2、3、4つと出現した花弁のようなかたちのそれはクルクルとその場で回り、ととどまり続けている。
「そして」
女を中心にぐるぐると魔力が渦巻く。
踏ん張っていなければ膝をついてしまいそうな魔力の密度、頬がこわばっているのがわかる。
「お前もその一人」
淡々と語るその姿はこれまでこの花園に侵入してきたものに向けられてきた敵意が、その平坦な話し方に混じる嫌悪の感情が、幾度と繰り返されてきたことで平坦となり、凝縮されたことで出来上がったのだろう。
完全に戦闘の構えに入った守護者に対し、
ファンたちもまた思考を切り替えた。
交渉しだいで一輪程度なら手に入れられると思い込んでいたが、考えが甘かったようだ。
「来るわよ、ファン!」
「わかってる」
守護者が地を蹴る、爆発したかのように錯覚したその踏み込みはファンに瞬きすら許さない。
細く、しなやかな足が鞭のようにしなり、風切り音を携えた蹴りがファンの胴に向けて放たれる。
警戒していたおかげか、間一髪腕を滑り込ませ、防御に成功するが、
「うぐっ」
その蹴りは本当に目の前の彼女が放ったものなのか、疑いたくなるほどに重い。
蹴りを受け止めた腕の骨がみしりみしりと軋みを上げる。
「そこを、退け!」
間に入った腕ごと叩きおらんばかりに勢いよく降りぬかれた蹴りは、ファンの抵抗をたやすく凌駕した。
ファンの体が吹き飛ばされる。
ようやくたどり着いた花畑から巻き戻るかのように、地面と平行に吹き飛ぶファンは空中で何とか体制を整えると背後に現れた風の渦に受け止められた。
「これは……」
守護者が怪訝な表情を浮かべた瞬間、視界の外から風の刃が放たれる。
目に見えない不意をつくそれはたやすく守護者に激突し、散った。
「……」
服の袖を浅く切るにとどまった攻撃に守護者は眉をしかめたままロトに向き直る。
『このっ!』
先ほどよりもさらに薄く、カミソリよりも鋭利な風が吹く。
守護者の意識がロトに向いた瞬間、懐から取り出した数粒の種子を取り出し、地を蹴る。
足に纏った風が踏み込みを補助し、文字通り追い風を受けてぐんぐんと守護者に迫る。
「この程度の風が何になる」
避けるまでもないとロトの放つ刃を体で受け止める。
煩わそうに顔を顰めるだけで風が守護者を通り抜けていく。
背後の岩には人一人分を空白にしたように削れた跡が残った。
ファンに視線を戻した守護者に向けて、握りこんだ種子を投げつける。
「っ」
守護者の手前で地面に落下した種子が瞬く間に膨らんでいく。
視界いっぱいに迫る膨張した種子たちが巨大な塊となって目の前を遮る。
地を蹴って加速するファンはその勢いのまま前方へ軽く飛ぶ。
意図を悟ったロトが空中で踏み込みの体勢を取っているファンの足元で風の渦を噴出させた。
「こんなもの」
眼前の種子を腕の一振りで薙ぎ払う。
種子は派手に音を鳴らして弾ける。
だが正面にはすでにファンの姿はなく、視界の隅に映る拳が今まさに守護者へ衝突する寸前だった。
加速したまま繰り出された拳は守護者のこめかみを捉え、花園に押し込むように守護者を弾き飛ばす。
視界を遮ったおかげでできた隙に常人にはない立体的な動き。
不意をついた一撃はファンの拳に確かな手ごたえを残した。
「ナイスサポート」
『あれくらい当然よ』
だが守護者を弾き飛ばした際、先ほど受け止めた蹴りが今になって痛む。
鈍い痛みが両腕を覆い、軽く腕を振って痛みをごまかした。。
『風のダメージは全くないわね、毛ほども効いてなさそうだったわ。全くどんな肌してるのやら』
「見てる分にはきれいなんだけどね」
それがこちらの攻撃を通さないとなると呑気なことも言っていられない。
『私は足場と突っ込むタイミングに合わせて風を使うから上手く合わせて』
「オッケー」
足に纏う風がその激しさを増し、ゴウゴウと音を立てるその風圧が外套をはためかせる。
「にしても一体どんな体してるんだろ、殴った拳のが痛いや」
人の皮を被った岩、まさかそんなわけはないが常人離れしたあの防御力は厄介だ。
視線を戻せば、むくりと起き上がった守護者が驚いた表情で瞬きを繰り返している。
「なかなか、珍しい人間がやってきたものだ……反撃をもらうなんていつ振りか」
軽く頭を振って土ぼこりを落とし、殴られた事実を確かめるようにこめかみの部分を触っている。
「前にどんな人が来たのかわからないけど、その辺の奴と一緒にしたらろくな目に合わないかもね」
「そうか、ならもっとしっかりしないとな」
守護者の周りに浮かぶ花弁の回転がその速度を増した。
同時に、みるみると膨れ上がっていく圧迫感が二人にのしかかる。
『来るわ!』
ロトが叫んだ瞬間、正面から守護者が突っ込んでくる。
口元をにやりと歪め、急加速で接近してくるその姿はまるで獲物を見つけた狩人だ。この姿を見て彼女を守護者と呼ぶやつはいない。
細身の外見とは打って変わって彼女の一撃はとてつもなく重い。
正面から受け止めていたのでは子供の玩具のようにあちこちへ弾き飛ばされ、。
思考する間に早くもファンの下へ到達した守護者が握りしめた拳をこちらへ振りかぶる。
「ふっ」
突撃槍のごとくまっすぐに突っ込んできた拳を頬すれすれで左に避ける。
そのタイミングで足を上げ、相手の胴めがけて蹴りを放つ。
ゴウと音を立てて風の力で加速する足が守護者の体を捉える。
「っ!」
先ほどと同じく固い岩にぶつかったような衝撃とともに振りぬかれた蹴りはしかし、わずかに守護者の体を浮かせただけにとどまった。
構わずに右の拳を振りかぶる。
が、跳ね返るように懐に飛び込んできた守護者の拳が先にファンの腹へと突き刺さった。
「うぇっ」
深々と入った拳に思わず体が硬直する。
胃の中身がせりあがり、のど元へと逆流し、息が止まる。
「お返しだ」
鋭く、音を置き去りにするかの如く繰り出された一撃が的となったファンに直撃した。
『ファン!』
豪風が吹き荒れる。
ロトを中心に竜巻のように練り上げられた風の魔力がロトの怒りを伴い、守護者に放たれる。
先ほどよりも鋭利さを増した刃が視界を埋め尽くす。
バチンバチンと音を鳴らし、守護者の体を打ち付ける風の刃だが、何度となく同じ個所にあたってもその防御を貫けない
「うっとおしいな」
砂埃から目を覆うように腕を前に出し、盾のようにすると何のことはないとロトへ向けて走り出す。
『このっ、このっ』
がむしゃらに風の刃を乱れ撃つもやはりその効果は目に見えて薄い。
もはやめくらましにしかなっていない己の攻撃にロトはぎりりと歯噛みした。
契約者の力は召喚者によって引き出される。
召喚者次第では木の一本を倒すのに一苦労したり、逆に山を切り崩すことすら容易い場合もある。
能力を引き出す方法は単純だ。
本来の力を制限せずにありのまま、本来の力を持った状態で契約すればよい。
だが、その契約を行うには膨大な魔力と継続的な供給。契約者によってはそれに加えて様々な条件が必要となる。
ファンとロトが行った契約は少々特殊だが、ランクで分ければ下の上、体に負担のかかる契約はあまり無理して行うと自分の命にかかわる。
だがやはりこのレベルの相手にはいくら魔力を練った攻撃を繰り出そうとまるで意味をなさない。
ロトは自分の攻撃が微塵も効果をなさないことに怒りを感じ、やるせない感情が高まっていく。
それでもやけにはならず、風刃を放ち続けた。
「いい加減、通用しないと理解できないか?」
風に押されながら、打ち付けられながら一歩一歩距離を縮めてきた守護者がロトの目前へと到達する。
風で飛ばされないように片足に重心を残しつつ、空気を震わす蹴り上げがロトを捉える。
「ん?」
違和感を感じたのか、守護者が眉を顰める。
守護者の視線の先には渦巻く風を纏い、空中で受け身をとるロトの姿があった。
「風を挟んで威力を弱めたか………………面倒だな」
『この怪力女っ……!』
ロトは痛みに顔を顰め、毛を逆立てて激昂する。
威力を緩和させたといってもその衝撃はロトの小さな体には相当のダメージを残した。
ロトは反撃したい気持ちを、怒りをかみ砕く。
感情は昂っていても、その動きは冷静なまま。
小さく圧縮した竜巻を守護者に放ち、反動を利用して距離を取る。
「はぁああ!」
入れ替わるようにファンが突っ込む。
迎え撃つ守護者の拳とファンの拳が激突する。
ズンと響く振動で空気が震え、衝撃がお互いに跳ね返る。
—————硬いっ……!
跳ね返ってきた衝撃が痛みとなって拳を襲う。
つんのめるファンとは反対にすぐに体勢を整えた守護者が二撃目を突き出す。
螺旋を描き、ねじこむように伸びる掌底をすんでのところで風が包み込む。
「ぐぅ……」
威力を和らげて尚、体に響くこの重さ。
脇腹に槍でも刺されたような衝撃、ぐっと歯をくいしばり負けずと拳を返す。
「その攻撃はもう通らない」
そう告げる守護者の言葉通り、放った一撃が弾かれた。
ヒューンと小さく音を立てて回る花弁がその色を濃くし、守護者の肌に光沢が生まれた。
—————まずいっ
返す刀で放たれた回し蹴りがファンの顔面に迫る。
『させない!』
ロトが反応の遅れたファンのカバーに入った。
守護者とファンの間に生み出す風の壁がファンを守るように立ちふさがる。
唐突に表れた壁を守護者は意に介さない。微塵も速度を緩めない蹴りが壁に激突した。
爆風が森に流れる。
果たして何秒もちこたえたのか、わずかな抵抗の後、風壁ごと蹴りぬいた。
「引く判断が随分と早いな」
だがそのわずかな間がファンを交代する時間を作った。
おおきく後ろに下がったファンが荒く息を吐き出す。
「さっきよりも硬さがましてない……?」
拳を見ればずるりとめくれた皮が痛々しい。
直視したせいでより痛みが増す気がする。
ファンは嫌なものを見てしまったと視線を守護者にそらした。
そして硬さに加えて相変わらずのあの攻撃の重さだ。
接近戦ではどうあがいてもこちらが不利になる。
『思った以上に厄介だわあの女』
忌々しそうにその顔を歪め、にらみつけているロトは人の表情をみるようにわかりやすい。
『こんな時こそあの変な道具の使い時じゃないの? あれだけあるんだから』
大きく息を吐き、何とか冷静に努めようとしているロトがファンへ問いかける。
カバンの中をあさってもこんな場面で使えそうなものは出てこない。
あれは単純に趣味で集めているものだから、実用的なものはあまりないのだ。
「ロトこそ、何か隠し種か何か持ってないの? さっきの割と俺の渾身の一撃だったんだよね」
初撃、花園へと吹き飛ばしたあの瞬間までは確かにこちらの攻撃が通用している感触があった。
だが、それからはどこを突いても、殴ってもまるで手ごたえが感じられない。
人の形をした岩か何かなのか、ゴーレムというものがこの世には存在するというがその一種なのではないかと疑いたくなる。
「他の契約者にもあの装甲を崩せそうなやつはいないし…………」
『火力不足は今後の課題にするとして、ジルの本には何か役に立ちそうなこと書いてないの?』
「あれは図鑑みたいなものだから、そんなものは載ってないよ」
ジルの書に書いてあるのはせいぜいがあの偏屈な女の記した珍品、場所、ところどころの愚痴程度のものだ。
『全くしょうもないものだけ残して…………』
後退してぐだぐだと話す二人の姿を興味深そうに観察する守護者は、こちらに詰めてくるでもなく、その場に佇んでいる。
『もういっそのことあの花をあきらめるのはどう? 残った魔力で全力で逃げれば街まで帰るくらいわけないわよ』
なぜかこちらをみつめたまま動かない守護者をにらめつけながら、そんな提案をするロトにファンは首を横に振る。
「それはなし。おれが何のために旅をしてるのか知ってるでしょ?」
きっぱりと全くよどまずに言い切るファンの目がその決意の固さを物語っている。
思わずため息をこぼしたロトがうんざりと告げる。
『そしたらもう死ぬ気で花だけ奪って逃走よ、あれは今倒せる相手じゃないもの』
「それしかないね」
ぴしゃっと太腿を叩き、気を引き締める。
花園は天井のない洞窟のようで、見た限り入り口は守護者が立っている場所の他になさそうだ。
—————まずはあそこを突っ切るしかないか
まずは今できることをやってみるしかない。
短刀が守護者へと飛翔する。
追い風を受けて加速するその数は三つ。
ファンは体を弓のようにそらし、弦を弾くようにそれを放つと短刀の後を追うように接近する。
良く研がれた刃が陽の光を反射しきらりと光る、狙い違わず飛来する凶器だったが守護者の顔に焦りはない。
「なんだそれは」
腕を一振り、軽く薙いだ。
—————キンッ
甲高い音を立て短刀が弾かれる。
「まだまだっ」
再び短刀が投げつける。
寸分違わず同じ場所に飛んだ短刀。
守護者がうっとおしげに再び腕を振るった。
--キンッ
先程と同じ光景。
一つ異なったのは投げられた短刀に身を隠すように飛んだもう一刀。
守護者の隙をつき、胸の部分へと直撃した。
肌を裂き、肉に突き立つナイフから血が……
「狙いは良かった……というやつだな」
守護者はナイフに当たった胸部を撫で、嘲るように笑みを浮かべた。
確かに当たったはずの胸部には傷一つ見受けられない。
三度鳴った金属音にファンは顔を顰めた。
—————飛び道具も効果なしか
打撃どころか、刃物までもを弾く装甲にどう太刀打ちするべきか。
武装も潤沢ではない。がむしゃらに投げ続けるのは憚れる。
「全くどんな体してるんだ、人一人くらいなら簡単に貫ける。なまくらってわけでもないのに」
『風刃が効かない時点で薄々わかってたことね』
「一応ね、一応。確かめとくに越したことはないから」
と言いつつも現状あの守りを突破するほうほうがないのは変わりがない。
埒が明かないとファンは再び地を蹴った。
同じ場面を繰り返すように、地を蹴り、地面を抉って加速していく。
一歩ごとに爆風が巻き起こり、突き進む姿は遠目からは人だと判断すらできない。
速度は力と言わんばかりに生み出した速度ごと腕を突きだす。
が、待ち構えていた守護者の反応は早い。
速度に頼った分、単調な動きとなった突進を見切るかのように半身で躱し。
勢いをつけたファンを叩き落とすような回転蹴り。
ブォンと耳に叩きつけられる音が全身に警告を促している。
本能の鳴らす警鐘に従い、腕を盾にする。
回転蹴りが腕を捉える
バチンと音が鳴り、ガードを容易く蹴破った。
後ずさるファンに向けて、くるりと一回転した守護者の蹴りが再び迫る。
「やあっ!」
体の挙動を風の噴射で、無理矢理に変え、守護者の足を弾くように蹴りを放つ。
威力は殺したものの、じんと熱い痛みに歯をくいしばる。
「硬ったいなっ」
顔を狙う拳に手が反応した。
横から打ち付けることで軌道をそらす。
瞬く間に右拳を引き、二撃目を首を下げてかわす。
髪に当たった攻撃がチッと音を残し、続く三撃目が間髪入れずにファンへと伸びる。
—————この速度ならなんとかなるな
攻撃は通らない、一撃は重いと、厄介なことこの上ないが、速度に関していえばこちらに分がある。
ブォンブォンと荒れ狂う攻撃を紙一重で避けていく。
迫る拳は手を添えて受け流し、回し蹴りは一歩距離を取って回避する。
三撃に一度のペースで攻撃を返す。その繰り返し。
限界まで感覚を研ぎ澄まし、雪崩のごとく向かってくる攻撃をひたすらによけ、できた隙間に攻撃を通す。
ガリガリと神経が削られる。減っていく魔力も無限ではない。
昨日のノイジーを撒いてから蓄えた魔力は早くもそこが見え始めている。
このままではじり貧だ。
焦りが思考を加速させ、そして綻びを呼んだ。
気づいた時にはすでに目前に膝蹴りが迫っている。
距離を置くような時間はない。
受け流し損ねた蹴りが脇を直撃する。
「がっ」
思考が吹き飛ばされた。
世界が止まったかのように錯覚し、すぐに解除される。
解除されたと同時に痛みが襲い、口から漏れ出た空気を取り戻そうと体が反応する。
口を動かすが、息を吸い込むことができない。
苦しさに耐えかねて膝をつく。
空ぶり続けた末の一発にすかさず守護者が迫る。
『ファン設置したわよ!』
ロトの声に反応し、動くファンの懐から何かが落ちた。
「くら……え」
目をつぶり、呼吸にあえぐファンがぼそりとつぶやく。
ころころと転がる近づく守護者の足元でまばゆい光を放った。
「くっ……」
陽を塗り替えすような強烈な光。
守護者はたまらずに目を覆った。
突如奪われた視界に困惑したのか、よたよたとその場で足をふらつかせる。
炸裂したのはロトがガラクタと呼ぶファンの魔道具の一つ。
蓄えた陽の光を凝縮してため込み、魔力とともに刺激を加えることで起動する。
以前ファンが立ち寄った村の倉庫から出てきた掘り出し物だ。
村ではろくに魔力をもつ人間がいなかったためか、長年埃をかぶっていたものを周辺の魔物退治と引き換えに報酬として受け取った。
一度使った後は一週間ほど光を溜めなくては再使用できないのであまり頻繁に使用できないのが扱いにくい。
だがこうして意外なところで使い道があるものだ。
—————魔物相手に使わずにとっておいて正解だった
「げほっ」
肺に空気が流れ、大きくむせる。
荒くなった呼吸を整えると、未だ目を覆ってよろめいている守護者の横を抜けるように駆ける。
「小賢しい!」
気配をたどったのか、脇を抜ける瞬間、振り回した守護者の腕がファンを掠める。
だが、何も見えない状態であがく守護者の攻撃はファンには届かない。
――――いけるっ!
と、
空気が薄くなったような錯覚。
「――――っつ」
同時に守護者の動きが加速した。
考えられない速度で再びファンの目の前に立ちふさがり、極限まで足を横に伸ばした足を蹴り薙いだ。
吹き飛ぶファンが微かに目で捉えたのは魔力の粒子。
蹴りを放った姿勢の守護者からおびただしい魔力の欠片たちが漂っている姿。
吸い込まれるように守護者の体にあつまっていく空気中の魔力が、ピュルテの原動力となり、速度へと昇華されたのか。
守護者の花弁が回転し、未だ魔力を取り込み続けている。
「でも、今の蹴りは大したことなかった……」
ありえない程の身体能力の向上。
異常な加速。
それにもかかわらずあまりダメージを負わなかったのは何故か。
守護者は薄目のためにファンが正確にいる位置がわからず、大まかな気配のみを頼りに動いた。
それ故に蹴りは芯を捉えず、足にファンの体をひっかけて吹き飛ばしたのだ。
それは魔力を取り込み、化け物のような動きを見せても視界が戻るまでは細かい動きには対応出来ないということ。
花を奪取するならこのタイミングだ。
「ロト!」
掛け声に応じるロトがファンの周囲を風の渦で囲んだ。
地を削り、砂を巻き上げる竜巻が色を濃くしていき、ファンの姿を隠す。
茶色に渦巻く砂塵の渦がさらに三つ、吹き荒れる暴風を吸収して大きくなっていく。
「また、目くらましか」
守護者からはファンの姿を確認することができない。
薄目で警戒している守護者の視界には、展開された竜巻たちが生き物のようにゆらゆらと動き回り、不規則に動き回っている。
「面倒だ……」
そしてそれは飛び道具のように守護者へと飛んでいく。
森の中は嵐に包まれたようだった。
獣たちはその身を飛ばされないよう地面を掘り、樹の幹へ隠れこむ。
体の大きなものはその場でうずくまり、じっと暴風が収まるのを待っている。
激しく揺れる木々の音が重なり合い、獣たちの声を掻き消すまでに大きくなっていく。
その風の発生源であるファンは一度目の突撃時よりもはるかに強く地を蹴った。
地面を削るどころか、その場に破壊的な跡を残すほどに力強い一歩は爆発的な推進力を生み、その加速は風を切り、音をも置き去りにする。
一歩。
また一歩。
駆けるごとに速さを増し、最高速に達したファンが一陣の風と化し、
――――その風は、認識されることなくふところに侵入する
もはや自分でも制御ができない程に加速した状態で放たれた渾身の一撃が、構えた守護者が反応するよりも先に腹部へと入った。
「っ―――――」
反応できない程の速度に驚いた様子の守護者が口から息を漏らし、苦悶の表情を浮かべる。
だがそれも一瞬のこと、反応できなかったことを恥じるように、キッとこちらを睨む守護者にはやはりダメージが通ってはいないように見える。
だが、本当の狙いはそこではない。
—————まだ、もう一撃!
同時に拳から肩にかけて走る衝撃がファンを襲う。迫る痛みに気付かないふりをして拳に力を籠める。
守護者の足が地面を離れる。
「吹き飛べぇ!」
その瞬間、ファンの拳から放たれた巨体な風の渦が守護者を巻き込み吹き飛ばした。
噴出した風が中空に浮かんだピュルテを勢いよく、花園の奥へと押し込んでいく。
硬さと重さは異なる要素であり、必ずしも両立するものではない。
地面から離してしまえば踏ん張りも効かないためロト程風を操れなくとも、人一人を吹き飛ばす程度ならファンにも扱える。
ごっそりと体から魔力が抜け、虚脱感が体をむしばむ。
花園の奥へと守護者を押し込めたその隙に、ファンもまた急ぎ花園へ向かう。
吹き荒れる嵐の中、風が叩き付けられようと花弁一つ散らすことなく咲き誇るトラレイトの花がある。
「よし」
一輪を素早く摘み、ポーチにしまい込んだファンは一目散に花園を出る。
駆け出したファンは後ろを一切振り向かず、可能な限り全力で足を動かした。
みるみるうちに花園から遠ざかる。
後は街まで戻れば……。
気合いを入れようと大きく深呼吸しーーーー、
「かっーーーー」
息が詰まった。
何故か上手く呼吸が出来ない。
たっぷり空気を吸い込んでいるはずなのに、胸が苦しいまま。
『どうしたの!?』
思わず足を止め、胸を抑える。
辺りの温度が心なしかさっきよりも寒くなっている感じがした。
この感覚は……。
ハッと顔を上げ、後ろを振り向くと
「殺す……」
声は、後ろから聞こえてきた。
「なっ」
後ろを振り向いた瞬間、ファンの死角へとまるで瞬間移動したかのように、守護者がいる。
首を鷲掴みにされ、そのまま地面へ引きずり倒される。
背中から勢いよく地面に叩きつけられたことで、吸い込んでいた空気が強制的に吐き出される。
「ぐっ、がぁ……」
凄まじい力で首を絞められ、
引き離そうと腕を掴むとガラ空きになった胸に拳を叩きつけられた。
ドンと強い衝撃を食らうと共に、いよいよ酸欠で意識が遠のく。
首を絞めている腕は片手だというのに、一向に引き剥がすことができない。
ーーーーこうなったら
やるしかない。
多少のリスクをとってでも、この場をなんとかしようと腕を動かしたところでーーーー。
「っーーーー」
掴まれた首を引かれ、さらに強く地面へ叩きつけられた。
視界が揺れる。
「何か、しようとしていたか?」
さらに一撃。
「だが、やらせーーしない」
一撃。
「ここーー死ーー」
身体に走る衝撃が、痛みが、消えていき……。
「ーーーーーー」
反撃の意思に身体は反応せず。
意識が、途切れた。
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