第6話 緑の出会い

ラウクッドから出た後、恐る恐る付近を探索してまわったがノイジーたちの気配はなかった。それどころか昨夜の騒動が嘘のように音が消え、ノイジー以外の生物の声も聞こえない。

森の中は陽が出ているというにかなり薄暗く、全く音がしないことも相まって昨日とは違う不気味さがある。


「それでも大分動きやすくなった」


だがそれも昨夜と比べればなんてことはない。前が見えるだけで十分だとばかりに進路にふさがる茂みをナイフで切り開き、進んでいく。


周りに気配がないため魔物に襲われる心配もなく、あまり警戒せずに大胆に動ける。

今日だけでかなりの距離を移動できそうだ。


「なんか魔力があまり回復してないなぁ」


ノイジーから逃げ切るのに少し魔力を使用しすぎたせいで体の調子は前回とは程遠い。

ぐっとこぶしを握ると、どこか力の抜けるような感覚がする。全身をめぐる魔力の動きが鈍っているのが感じ取れた。


――――やっぱりパスをつなげるのはリスクが高いかも


ロトにただ魔力を供給するのとラインを通して能力を借りるのではやはり消耗が段違いになる。

一度使ってこれでは継続戦闘なんてもってのほかだ。


『いつもならもう少し回復してもいいと思うのよね~』


不思議そうにロトが体をつついてくる。ふさふさした毛が無性にこそばゆい……。


――――あと傷口にあたって痛いし……


ロトの言う通り、普段なら動くのに支障が出るほど回復が遅いなんてことはない。

魔力の巣窟といってもおかしくないこの森ならばなおさら変な話である。


「いろいろと見たことないものがいっぱいあるし、普通の森とはやっぱり違うよね。変な魔物もたくさんいそうだし、もしかしたらトラレイト以外にも珍しいものがあるかも」


『そりゃあ、探せばありそうだけどこんなに広い森をいつまでも探索するのはちょっとねー。こんな森じゃなくておっきな街で観光したい』


「観光ならここへ来る前に少ししたでしょ?」


姿を出していなくてもある程度わかると言っていたのはロト自身だ。


『それはファンの目を通してってことじゃない! 私は自分の姿で観光したいの!』


自分の目で見るのと何が違うのか、ロトの目を通してものをみたことのないファンは曖昧な返事を返す。


『どうせ猫の姿なんだし肩とかにいれば変に思われないでしょ、いいでしょたまには!私だっていろんなところ見てまわりたいもの!』


そういってくるくると空中で回りながら駄々をこねる姿はどこか滑稽に見える。


「だめだよ、魔力の漏れてる猫なんて絶対狩られるよ?」


まず間違いなく討伐対象になるだろう、野放しにするようでは街の治安もあったものではない気がする。


『平気よ、この私がその辺の奴にやられるわけないじゃない!』


話の問題はそこじゃないんだけど、ファンは胸の内でそっとこぼすとしばらくは何を言っても聞いてくれないだろうロトを呆れた目で見つめた。


「ん?」


そこでファンが何か奇妙なものを見つけた。

否、見つけたというよりかは気づかされたというべきか。


「あれ、足が」


前にだそうとした足が何かに引っかかって動かない。なんだと注意して見るが、そこには何もない。

ただファンの右足が宙に止まっているだけだった。


「いや、これは」


よく見てみればかすかに細い線のようなものがピンと張ってあり、それがファンの歩みを邪魔している。

ひょいとつまんでみればそれは木の蔓であるようだった。

細すぎて見えないほどの蔓がここら一体に張り巡らされている。

引っ張ってみるがなかなかに頑丈で少し伸びるだけでちぎることができない。


『ファン、こっちにも』


ロトに呼ばれて顔をあげると辺りはこの蔓の線でおおわれている。


「面倒だね、ここはやめて別の道から」


『何か来るわ!』


言いかけた途中でロトの声に遮られる。

直後、


「っ」


どこからかやってきた緑色の塊がファンの顔めがけて飛んできた。

とっさに腕で防ぎ、体の軸をずらして衝撃を右へそらす。


飛んできた勢いのまま地面へと突っ込んだ緑の塊が砂埃を上げる。


「なんだ?」


今、全く気配がなかった。魔物について回る、肌がざわつくあのピリピリとした感覚が欠片も感じられなかった。

ここまで無警戒の状態で攻撃を受けたことは一度もないといっても過言ではない。

ロトが気づかなければもろに喰らっていたのは間違いない。


『まだ来る!』


再びロトが叫ぶと同時、同じ緑の塊が続けて5つ飛んでくる。


「ふっ」


今度は当たらないと頭上に飛んでくる塊をかがんで避ける。

上を通り過ぎるぶおんという音がして、少し離れた後ろの地面に衝突する。


「何が飛んできてる……、なんだ?」


砂埃が収まり、目に飛び込んできたのはぎざぎざとした形状が貝合わせになって、まるで人の口に似た見た目の緑色の物体。

しばらくじっと警戒していたものの一向に動く気配がない。


近寄って見るとそれらは変わった見た目をしているが植物のようだった。


「まだ来そう?」


『いや、もう大丈夫みたいね』


この植物の飛んできた方向を見れば小さく開けた箇所に一本の巨大な植物がそびえたっていた。

先端に巨大な花弁を携えるそれは高濃度の魔力に充てられて変化したものなのだろうか、この不可思議な植物の多い森の中でも飛び切りの異彩を放っている。


『ファン、見て』


ロトが指し示すのは巨大植物の花弁の下、幹にいくつもの塊がぶら下がっている。


と、そこに一匹の魔物の姿が見えた。

人の背丈を大きく超す、巨体。人目みただけで固そうな毛皮を全身にまとい口元には立派な牙を生やしている。

四足でどすどすと音を立てて走る魔物はこちらに気付いた様子もなく、巨大花に近づいていく。


「あっ」


魔物は足元に伸びていた件の細い蔓に引っかかり、勢いよく前へ転倒した。

魔物の突進を受けても蔓はちぎれず、ぶるぶるとただ震えている。

あの巨体をもってして千切れないほどの頑丈さ、何かに使えるかもしれないし後で採取して加工しようかな、ファンが呑気にそんなことを考えていると巨大花がわなわなとその全身を震わせ始めた。


魔物に向けて花弁の下にあった塊が射出された。


「ぎゅるっ」


勢いよく放たれた塊は先ほどファンを襲ったものと同様のもの。

起き上がろうとしていた魔物に向けて一直線に飛んでいき、左の前足に命中した。


小さく鳴き声を上げた魔物に続々と次の塊が放たれる。

一撃目で足が折れたのか、ばたばたと暴れている魔物へ二発、三発、残りの塊が命中する。

発射時には開いていた塊が命中と同時に閉じることで、まるで魔物に噛みついているようにぶら下がっている。


「うぼぉぉ」


苦悶の声を上げる魔物の体にはいくつもの植物の塊が噛みついていた。


『あの蔓はでっかい花に敵の情報を伝えるものだったみたいね』


魔物の声が徐々に力を無くしていき、やがてその巨体は崩れるように地面へと沈んだ。

よく見ると噛みつかれた魔物の皮が溶け、中の肉をドロドロと侵食しているのが見えた。


魔物から目を離してみればあたりに今の魔物と同じような死に方をした魔物たちの死骸があちあらこちらに散らばっている。


『ここは迂回していった方が無難ね』


ぐずぐずともはや原型をとどめない魔物の死骸をみてファンは頷いた。




蔓の範囲を抜けたところで二人はあるものを見つけた。

前方にある少し背の高い樹の根元、小さな子供のような姿をした何かがしゃがみこんで何やらやっている。


「人……?じゃないよね」


この深さまでやってくる人の子はいないはずだ。

気づかれないようにそろそろと近づいていくと、ファンの腰の高さにも満たないほどの小さなそれはざくざくと木の枝を使って地面を掘っているようだった。


体は黄緑色の葉のような色をしており、あちこちに泥がつき、こすれて伸びた跡がある。

注意深く見なければ自然の一部と見間違えそうなほど森の気配に馴染んでいた。


『どうやら魔物でもないみたい、魔力も全く感じられないし』


少し観察していると何かを見つけたのか、ふるふると体を震わせたあと、地面から灰色に光る丸い粒を掘り出した。

掘り出した粒を手でこすり、まとわりついた土を落とすと満足したのか立ち上がり、そこで様子をうかがっていた二人の存在に気が付いた。


「ふぎゅふぐふるる!」


「あー待って待って、俺たちは別に危なくないよ」


途端に跳ね上がって驚いたそれがファンに威嚇し、唸り声を上げる。

何を言っているのかはわからないが興奮していることだけは理解できた。

あわててこちらが危険ではないと伝えるべく手を上げて、身振り手振りでアピールする。


「ふぎゅるるるるる」


『まあそれじゃ通じないわよね』


無害だと判断したためか、ロトは呑気そうにやり取りを見つめている。


「なんか今にも噛みつかれそうだ」


『とりあえず言葉が通じないんだから物で気を引いてみたら? この子の性別が女の子なら可能性あるかもしれないわ』


そんなものかな、とロトに言われるがまま何かあったかと荷物の中からめぼしいものを探す。


「これは、ちょっと違うな、これは使えない、これ……」


ごそごそと背嚢に手を突っ込んで引っ張り出すのは何に使うのかわからない金属片や木製の人形、束ねられた紐や糸、透き通るような結晶など大きさや形などすべてに統一感がない。


『汚いなぁ、整理したら?』


「どうせ中でぐちゃぐちゃになるんだから整理する意味なんてないよ」


ロトがうんざりした口調で眉を顰める。


一方で攻撃してこないと理解したのか、緑の小人が唸り声を弱めた。


「お、これなんか気に入りそうじゃないかな」


そういってファンが取り出したのは黄色の首飾り。


「ほら、どう?」


警戒されないよう、ゆっくりとしゃがみ、緑の小人へ首飾りを差し出す。


「……?」


困惑したように首を傾げ、その小さい手で首飾りを受け取った緑の小人はしばし、それを眺め


口に入れた。


「あっ」


ファンが止める間も無く首飾りを食べた緑の小人は

もごもごと口を動かした後、顔をしかめ、地面にぺっと吐き出した。


『おなか空いてるのかしら?』


「多分ね」


改めて取り出した団子状になった食料をちぎってあげてみると、2回ほど匂いを確かめた後静かに食べ出した。

そうとうお腹が空いていたのか、あっという間に食べつくしてしまう。


「ヒト種ではないよね、森人はあまり見たことないや」


『私もあまり……』


ジルから少し話を聞いたことがある、森に住む者たちは基本的に、外の世界へと関わりを持とうとせず、森に生まれ、育ち、そこで一生を終える。

ヒト種、人間に森人と呼ばれる彼らは自分たちの住む森を守るために行動し、外敵を迎撃することもあるという。


「森人は小さい頃から森の世話をするって聞いたからはぐれたってことではないのかな?」


黙々と口を動かし、穀物団子のカケラを頬張っている姿を見ると若干の心配を覚えるが、先ほどのようにいざとなったら何か身を守る術があるのだろう。


『森はこの子たちの家みたいなものだから心配はいらないと思う。心配なのはむしろいつまでたっても花園の場所がわからない私たちじゃない?』


ふーっと疲れたように言うロトの顔がファンにどうするのかと訴えている。


「それをこの子に教えてもらえないかと思ったんだけど……」


森人の方を見ればいつのまにか団子をたへ終えて満足したように座っていた。


「ねえ、ここの森にある花園って知ってたりしない?」


「……」


当然、返事は返ってこない。


『まあ、そうなるわね』


そうそう楽なことなんてない、2人は諦めて再び歩き出した。

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