第5話 あの時


ファンたちがいた先、個人の判別が難しいほどの距離。

ドロたちもファンと同じく最大限に警戒を引き上げていた。


「街でも確認したが、イートン、ビルの2人が前衛、私が中衛で相手の阻害を受け持つ。バイアスは後衛で魔法を予め発動出来るように準備しておいてくれ。」


長く伸びた髪を紐で括り、指示を出すのは長身の男。怜悧な目つきは真面目そうな性格と相まって固い印象を受ける。


「だ、だけどさファムの意見に反対って訳じゃないんだけど僕が前衛ってのは中々難しいんじゃあないかな。盾は持ってるけど守護者の攻撃から守れるか自信があるかって言われると不安かも」


自信無さそうにあーでもないこーでもないと言葉を繕っているのはファムからイートンと呼ばれた男。

全身を隠してしまうほど大きな盾を持ち、それを扱うために発達した腕の筋肉がゴツゴツとして逞しい。大柄な体格がいかにも頼れる男といった風なのだが、性格は体とは正反対になよなよと卑屈で弱々しい。

言葉の端々から伝わってくる気乗りしない雰囲気が獣車を囲う3人の苛立ちを煽る。

目元をひくつかせたファムはしかし冷静に他のものへ指示を出し、イートンの意見には反応しない。


「この俺と組むのがこんな腑抜けなんて納得いかねぇ、こんな奴前に出すくらいなら1人でやった方が幾分ましだぜ」


鋭い目つきと、粗野な挙動が目立つビルは同じ前衛がイートンということが気に入らないらしく、わかりやすく怒りを顕にしている。


「気に入らないならアイツに言って仕事を降りろ。ここの指揮は俺が取ることになってる。従えないなら邪魔なだけだ」


ファムの言葉に嫌そうに顔背けたビル。


険悪な雰囲気の中、バイアスは1人何を喋るでもなく3人を見つめている。


今回ドロに護衛という役割で雇われたファムははずれくじを引いたと感じていた。

やたら高圧的な依頼者。これはどこへ依頼にいってもよくあることなのですでに慣れた。金で動くゼンマイ人形か何かだと勘違いしている輩が多いこいつらは適当にはいはい頷いておけば満足して静かになる。今回の依頼者もその典型とも呼べる性格で街で散々怒鳴り散らしてすっきりしたのか今は獣車の中で大人しくしている。

普段であれば同じ理不尽な依頼者に不満を覚え、それをきっかけにして少し仲間意識が芽生え始めたりするものだったが今回はまるでそうなる気配がない。


弱気で常に不安そうな顔をしているイートンは何か指示や提案をすれば否定ばかり。その反対意見も最初は真面目に聞いていたがふとあまり根拠のないうえでの反対だと気づいてからはあまりまともに応じなくなった。

そして何かにつけては自分のしたいように行動を始めるビル。同じ依頼をこなすうえでこいつの存在が失敗率を高めているとファムはため息を吐きそうになるのをぐっとこらえる。

一度投げやりになってしまえば今回の仕事は必ず失敗に終わるだろう。わざわざ遠い距離をやってきて一銭にもならないのでは割に合わない。


――――こいつに至っては何を考えているのか


ちらと振り返って伺ってみるがその顔には何の表情もない。無機質。ただその一言に尽きる。

使える魔法はいかにも魔法使いらしい後方からの遠距離型ということだがその情報を得るにも二言三言しか話さないので要領を得ず、読み取るのにそこそこの時間を取られた。

難のあるメンバーでの依頼。報酬が報酬なら即座に断るレベルでうまくない仕事だがあのドロという男が提示した成功報酬は優にしばらくは自堕落に暮らせるほどの量だった。

よほどいい取引相手が見つかったのか奴が見せる気合は尋常ではなくその熱量に巻き込まれることになるこちらとしては不安である。

ただ、この依頼は護衛だということを忘れなければ失敗は免れるはずだ。

探知をしっかり張って周囲への警戒を怠らず、迅速に魔物、獣に対処。

胸に念じることで体が自然と動くようにじっくりと刷り込んでいく。とっさの反応が生死を分かつのは十分にこの目で見てきたからだ。



「対象は強力だという話だが、それ以外にも危険な獣や魔物は多くいる。索敵は俺が担当するが、勝手に動くのはなしにしてくれ。」


端的に指示を出し終えたファムは獣車の前に出て、魔法を唱えた。


『空の目』


ファムから流れ出る変質した魔力の波動が地に、草にと森の中に広がっていく。目に見えないそれは気取られることなく獣たちに触れ、その存在をファムへと伝える。


閉じていた目を開けると全体へ前進の合図を送る。


暗き森の中へと一行はゆっくり進みだした。


森の中は予想だに乾燥していた。否、乾燥していたというよりかは想像よりも湿った雰囲気が感じられないという表現の方が正しい。

踏み込む草木は露の一つもなく、肌にまとわりつくのは湿気ではなく形容し難い感覚。

何か気配を感じる気がするというあいまいな、説明しようもないそれは一歩進むごとに濃くなっていく。


「はぁ……ふう。何これ、本当に進んでも大丈夫なの? 息もしづらいし はぁ……。」


その大きな体を支えるためには普段からより多くの呼吸を必要とするのだろう。イートンが顔を青くしながらこぼす。


「ねえ、これまずいよ、引き返そう? まだ入ったばっかりだしすぐに戻れるよ」


しかし誰も返事はしない。ここがそういう場所であることはあらかじめの情報として皆が持っている。


「静かにしろ、さっきも言ったが引き返すなら勝手に一人ですることだ」


この期に及んで何を言い出すのか、ファムはそんな気持ちを抱きながら言う。


「だって苦しいし……歩いてると重たいものが体の中に入ってくる感じが」


「ごちゃごちゃうるせえなぁ。ちったあだまって歩けねえのか?」


「僕はただ、万全の状態じゃないと危ないかなって思っただけで……」


「でけえ図体してみみっちんだよ! おい、隊長さんよこいつを黙らせろや」


「君、ちょっと声が大きいよ、魔物たちが集まってきちゃうじゃないか。君一人で来てるなら好きにしてくれていいど今は僕がいるんだから気をつけてよ」


「そこを動くな。今すぐそのむかつく口をずたずたにしてやる」


ファムはどっと疲れがたまるのを感じ、思わずため息をこぼす。寄せ集めのパーティ、性格の合わない奴が一緒になることはままあることだが、これ程とは。

どう見ても連携の取れなさそうな2人を見て頭が痛くなってくる。


と、その時広げていた網に反応があった。


「止まれ」


ファムの合図で全体が制止する。目を閉じて何かに注意を傾けているファムははっと顔を跳ね上げると勢いよく振り返り、声を上げる。


「中型の魔物が3体、こちらに近づいてきている。各自迎撃態勢に入れ!」


そういって魔法を練りだすファム。完成させたのは移動阻害をメインにした設置型の魔法。

隊からみて右、獣車から少し離れた位置に向け魔法を放つ。


『ひっつき草』


放たれた緑色の光は地面に着弾した後、薄く延ばされるように広がる。

獣車一台分ほどの大きさになった光は地面にしみこみ、その姿を変える。

光の範囲にある草が目に見えて素早く成長し、ぐんぐんとその丈を伸ばしていく。


そして草が成長し始めるのと同時、人と同じ位の大きさの魔物が2体。その2体を追い抜かす形でこちらに走ってきている四足歩行の獣が1体。こちらへめがけて一直線に向かってきている。



「ほら来ちゃったよっ。君がいつまでも騒いでいるから!」


慌てふためくイートンが大きな図体をあっちへこっちへと動かし、うろたえるのを横目に先ほどまで怒鳴り散らしていたビルはその表情を引き締め、すらりと背から大剣を引き抜いた。

そこには先ほどイートンと醜い言い争いをしていた面影はなく、引っ込んだ怒りの表情と比例するかのようにぞっとする笑みを浮かべていた。


ここまでほとんど無言で歩いていたバイアスはすでに魔法の準備を整えたらしく、油断なく魔物たちを見据えている。


「先行する獣はバイアス! 魔法で止めろ! 私は後ろの一体の動きを止める。」


「で、俺が残りの一つを殺せばいいわけだ」


先行していた獣が一直線に獣車に向かって突っ込んでくる。低い唸り声が威圧的に森に響き、発達した四足の筋肉は一歩ごとに隆起して地面を深く抉り速度を上げる。


「グゥ」


しかし、その突進を成長する草が妨害する。自分たちのテリトリーに入った瞬間、獣の足にまとわりつくように絡みついていき動きを止める。


「グアアア」


もがく獣が草を引きちぎろうと暴れるが次々にまとわりついていく勢いを振り切れない。


「バイアス!」


『棘雨』


動きの止まった獣にバイアスが放つ魔法が降り注ぐ。

先の鋭い土の塊が名の通り雨のように獣を打ち付ける。

足に、胴に、抵抗を続ける獣をよそに一方的な攻撃は続く。


ビルは獣を無視して奥の2体に狙いを定める。


「後ろの2体を!」


ファムが指示を出す前から駆け出していたビルは大剣を振りかぶる。


「らあっ!」


一瞬にして距離が縮まり、すぐ目の前に迫る魔物へ向けて勢いそのままに振り下ろした。



「クソがっ!」


魔物はそんなビルの動きを見切るかのように素早く横へ飛び、回避する。

空振りに終わった一撃が地面に深々と傷をつけ、はじけ飛んだ土があたりに散らばった。

左に飛んだ魔物はビルを無視して獣車のもとへかけていき、右に飛んだ魔物は隙をつくようにビルに迫る。



「うわっこっちくるなよっ」


魔物が駆けた位置にはあたふたと戸惑ってその場にくぎ付けになっていたイートンがいた。


「正面から押さえろ!」


状況を把握し、冷静に判断を下して指示を出す。それが今のファムの役割だ。

動きの弱まった獣から注意を魔物に移す。

構築する魔法は先ほどと同じ足元を固めて動きを拘束する地の魔法。


『ひっつき草』


先よりも範囲は狭い。だが、イートンの正面、魔物との境目に着弾した魔法により成長した草木が魔物に迫る。


「ウォオオー!」


足に絡みついた蔓草が獣と同じく動きを拘束するが、気にした様子もなくぶちぶちと絡みつく蔓を引きちぎりながら魔物は突き進む。


「このっ」


自分めがけてやってくる魔物に恐怖の限界が来たのか、盾を構えてイートンが突進する。


大きな金属音が鳴り、森の中に浸透していく。ぶつかり合った両者は固まってしまったかのように動かない。


「くっぬぅ」


「バイアス!」


イートンが動きを止めている間にバイアスへと攻撃を支持するが


「……」


首を振って魔法を放とうとしないバイアス。


――――何が……


そこでファムは気づいた。

先ほど魔法を喰らい、仕留めたと思っていた獣から緑がかった靄が出ている。

膨れ上がった身体から漏れるそれは周囲の魔力を一段と濃縮したような、恐ろしく濃い。肌を走る悪寒があれは危険だと体に訴えるのがわかる。


――――魔力爆発か……!


濃い魔力が漂う場所で暮らす生物が体内にため込みすぎてしまった魔力の制御を失って暴走するこの現象は、理性の薄い獣や魔物によくみられる現象だった。

今目の前にあふれ出ている緑の靄は獣がため込んだ魔力が制御を失って出てきたということだろう。

広がりつつあるその規模を見るに一刻も早くここを離れるべきだと、ファムは判断した。


隊を避難させようと、指示を出そうとした瞬間、魔物の体からするすると空気が抜けるように魔力が抜けていく。

あわや大爆発かと思われた魔物の死体は、なぜかしぼみ続け、あっという間に元の大きさに戻っていった。その後も再び膨らむ様子はなく、沈黙している。

目の錯覚だろうか、一瞬その魔物が薄緑に変色していたようにも見えた。


「なんだ、見かけだけかよっ脅かしやがる」


「……」


「ファム!後ろからなんか来てる!」


ホッと気が抜けたのも束の間、イートンが何かに気づき、大声をあげた。

慌てて振り向くと、先程通り過ぎた道を埋め尽くす白い魔物がいた。

おびただしい数のそれはかなりの速度でこちらに向かって来ている。


「うじゃうじゃと気持ち悪りぃ」


ビルが悪態をつくが、その表情に余裕は見えない。

後ろに見えるあれらを捌ききるのが厳しいことは一目瞭然だ。


――――どうする……


獣車の中でギャンギャンと慌てふためくドロの声がする。


あの速度、このまま逃げてもいずれ追いつかれる。

ならばここである程度数を削り……


――――いや、それはダメだ。


あの量の魔物に囲まれてしまえばその時点で終わりだ。

自分以外のパーティメンバーに割く余裕が消え、まず間違いなくドロや側付きの奴らは死ぬ。


依頼人が死んではこの進行の意味がなくなる。


「……」


必死に頭を回していると、バイアスがこちらをじっと見つめていることに気付いた。


「なんだ、言いたいことがあるならさっさと……」


「俺、残る」


ぼそっと一言口を開いたかと思えば、一行の進む方向とは逆の方向へ走り出す。


「何やって――――」


この状況で何をしだしたのかと声を上げようとしたが、振り返った後方。

謎の白い魔物と獣車の間に入り込んだバイアスが魔物に対し、魔法を展開しているのを見て悟った。


――――足止めする気か……!


表情一つ動かさず、何を考えているかわからない奴だったが、この突拍子もない行動に理解が追い付かない。

あの量を一人で足止めするなど自殺に等しい。

一人で足止めをさせるくらいなら、隊ごと残った方がまだ可能性は……。

しかしすでにバイアスとの距離は離れ、今から戻ったのではそれこそ足止めの意味がなくなる。


――――しかたないっ


ならばもう前に行くしか選択肢はない。


「まっすぐ! 奥まで駆け抜けろ!」


後方に取り残されたバイアスを一瞥し、ファムは前進の指示を取り続けた。


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