第2話 祭祀
でん-とう【伝統】
ある民族や社会・団体が長い歴史を通じて培い、伝えてきた信仰・風習・思想・学問・芸術など。特にそれらの中心をなす精神的在り方。(広辞苑第七版より)
伝統とは、「受け継がれている」ことを前提条件としているらしい。逆を言えば、特徴的な風習も、壮大な思想も、受け継がれなければいつかは泡のように跡形もなく消え、その文化は伝統の「で」の字も知らずに人々から忘れられてしまう。内海祭は、もう何百年も受け継がれているから、伝統行事というにふさわしい。
話は変わるが、「人狼ゲーム」が生まれたのは1986年のこと。当時は「マフィア」が人狼的な立ち位置だったが、その位置に「人狼」が当てられたのは1997年。都市伝説と言われていた「人狼」の存在が確認されたことがきっかけらしい。確か、「人狼」の存在が確認されたのがその1年前の…
「がおーっ!」林檎ちゃんが恐竜のお面をつけて脅かしてきた。
「うわっ!」ドサッ!私は尻餅をついた。
「せっかくお祭りにきたのに、そんなボーッとしてちゃもったいないよ!」
「…ごめん、考え事してた」
私は林檎ちゃんが伸ばした手を掴んで起き上がる。
「ふーん…まぁいいや。あっ!あっちにくじ引きがある!ねえ、一緒にやらない?」
正直気が乗らなかったが、断ると林檎ちゃんが悲しそうな顔をするのが目に見えて、「うん、いいよ」と答えた。
そのテントは『おもちゃくじ引き 1回500円』と書かれた看板をぶら下げ、最新ゲーム機やラジコン(おそらく特等か1等)をはじめ、大量のおもちゃを見せびらかしている。くじ引き屋のおばさんは何故かニコニコしている。こんな当たるかどうか分からないものに500円も使うとかぼったくりじゃないかと思う私をよそに、林檎ちゃんは500円を出してくじを引いた。
「あっ、5等だ!」林檎ちゃんはくじを開いてそう言った。
「はい、ヨーヨーです」おばさんは相変わらずニコニコしながら、ヨーヨーを林檎ちゃんに渡した。
「やったー!ほら比奈ちゃん、ヨーヨーが当たったよ!」
そう言いながら、林檎ちゃんはヨーヨーを私に見せた。見るに、100均とかでよく売ってるヨーヨー。400円損してるじゃんと思ったのをあえて口に出さず、私はニッコリと微笑む。
「比奈ちゃんも引こうよ!」
「えっ?」
「いいからいいから!」
林檎ちゃんに勧められて、私はしぶしぶ500円を出した。そしてくじが入っている箱に右手を突っ込む。箱の中のくじを手で適当にかき回すと、そのうちの一つが私の爪に引っ掛かった。これでいいやと思い、私はそれを掴んで箱から取り出した。箱に入れた右手がかゆいのを気にしながらくじを開くと、そこには、『1等』と書かれていた。1等…1等ってえーと…。
「おめでとうございます!」
「!!?」
さっきまでニコニコしていたおばさんが大声をあげてビックリした。
「1等のあなたにはこの最新ゲーム機を差し上げます!」
3㎏ほどの重量があるゲーム機を渡された。ずしりと重たくて、置き場所に困る。
「1等!?すごいよ比奈ちゃん!私1等とった人見るの初めて!」林檎ちゃんが褒めてくる。1等なのは嬉しいけど、林檎ちゃん家ってWi-Fi環境ないよね…。
* * *
とりあえずこのゲーム機をどうしようか考えていると、林檎ちゃんが何かを見つけてどこかへ走っていった。「ちょ、ちょっと待ってよ」私は重いゲーム機を持ちながら精一杯走る。やがて神社の敷地を抜けると、目の前に怪しげな館があった。神社の近くにこんなハイクオリティな館ってあったっけ…?
「ねぇこれ見てよ!『人狼の館』だって!」
林檎ちゃんは館の入り口に立っていた。その入り口には、オカルトチックな文字で『人狼の館』と書かれている。
「人狼…」
「これ楽しそう!比奈ちゃん、一緒に入ろう!」
「いやだ、私は入りたくない」
反射的に否定の言葉が出た。そりゃそうだ。私にとって『人狼』はトラウマだから。
「…そうだよね、比奈ちゃん人狼嫌いだし…。ごめんね、考えもなしに自分勝手に誘っちゃって」
…。そんな悲しい顔をされると申し訳なくなってくる。
「…分かった、入る」
「え?いいの?やったー!!」
さっきまでの悲しい顔が急に晴れた。さっきの私の気持ちを返してほしい。そんなことを考えながら、私はゲーム機を持って館に入った。
…今思えば、こんなことしなければ良かったのかもしれない。
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