第1章 空虚から始まる物語
第1話 空虚
あの日。
齢5歳にして、私はこの世の終わりを見た。
目の当たりにしたのは、人々が次々に殺されていく姿だった。昼に一人の首が飛び、夜には一人が喰われる。その時まだ「死の恐怖」を知らない私は、人が死んでいくことで感じるおぞましい"何か"にクエスチョンマークを付けているだけだった。
しかし、その後すぐに、その"何か"、つまり「死の恐怖」というものを知ることになる。
母が処刑されたのだ。
5歳の私にとって「母」とは神にも等しい存在であり、私の唯一の心のよりどころだった。私は首だけの母を見て、「お母さん…?」と呼んだ。しかし返事は返ってこない。私は、心にこみ上げてくる「死の恐怖」を、生首を見たその目で、血の匂いを嗅いだその鼻で、母の冷たい肌を触ったその手で、感じた。
お父さんはどうしたかというと、その後行方不明。朝起きるといなくなっていた。何者かに喰われたのか、それとも連れ去られたのか、私には分からない。
首が飛び、喰われ、私の母が死に、私の父が行方不明になったこのゲーム。
その名も、「人狼ゲーム」。
* * *
一昨日から降り続けていた雪が、今日は止んでいた。雲の間から差し込んでいる光をキレイだなあと思いながら、私は用意されていた朝ごはんに手をつけた。母の味とは違うが、これはこれでとてもおいしい。ふとテレビをつけると、ニュースがやっていた。
『今日でアーデルト=ファンデル事件からちょうど20年が経ちました。死亡者の追悼式が、事件が起こったアメリカ・ノースダコタ州の墓地で行われ…』ピッ『ここで山本選手、クロスをあげたっ!そこに伊賀選手が合わせて…決まったぁぁぁぁっ!!日本、先制点です!』
私はテレビのチャンネルを変え、サッカーの試合を見ながら、品川そこは横にパスでしょ、山本しっかりアシストしてよ、オーストラリア強すぎ、などと思っていた。
「比奈ひなちゃんおはよう!今日も早いね!」
そう言って私の隣に座ったのは、友達の芦屋あしや林檎りんご。両親を失った私は林檎ちゃんの家に引き取られ、7年ぐらい一緒に生活してきた。両親を失って病んでいた私に、林檎ちゃんは明るく接してくれて、とても嬉しかった。もし林檎ちゃんの家に引き取られてなかったら、私は暗いままだったかもしれない。
「そういえばさ、今日って内海祭うつみさいだよね?」
林檎ちゃんが聞いてきた。
私達が住む静岡県Z郡栄留えいどめ村は、人口1000人ほどの小さな村だ。この村には古くから受け継がれてきた『内海祭』という祭りがある。この村は大昔に狼の襲撃に遭い、その時に村の滅亡の危機から人々を守ったと言われる内海孝道うつみたかみちを祀る神社がある。毎年2月第1日曜日(今年は2月6日)に、その神社の祭壇に奉納を行い、今年の無病息災を祈願する祭りが『内海祭』だ。
「内海祭かぁ…もうそんな季節なんだね」
「ねぇ、一緒にいこうよ!今日は一日中お父さんもお母さんもいないしさ、ほら、この書き置き」
テーブルに書き置きがされてあるのに今気づいた。林檎ちゃんがその書き置きを私に見せる。青い付箋にキレイな字で、『今日はお父さんと出張に行ってきます。二人とも仲良くしてね!母より』と書かれていた。
「うーん、今日は暇だし、いいよ」
「やったー!いろんな屋台見ようね!」
相変わらず、林檎ちゃんは祭り=屋台という小学生みたいな考え方をしている。まあ、実際私達は小学生だし、そういうところが林檎ちゃんの可愛いところだからいいんだけど。
「じゃ、12時に行こうね!」
こんな感じで一応充実した生活を送っているんだけど、「両親がいない」という事実が変わる訳じゃない。私はいつでも『空虚』なんだと、心の中で決めつけていた。
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