The disaster of wolf

@PONY-ARASHIRO

プロローグ

第0話 紀元

1996年2月6日。



9時過ぎくらいに僕は目を覚ました。こんな遅くに起きたのは初めてだ。昨日の疲れが溜まっていたのだろう。体を起こし、テントのファスナーを開けて外の空を見ると、厚い雲の間から光が差し込んでいる。「天使の梯子」とかいうやつだ。あまりにもキレイでつい見とれてしまう。ハッと我に帰り、僕は隊員達がいるところへ急いで走っていった。



「すみません、寝坊しました!」


隊員達が会議をしているところに着いて、最初に言ったのがこの言葉だ。みんなは目を丸くしてこちらを見ている。すると隊長が、


「昨日は疲れていたんだね。はい、これ取っておいた朝ごはん」


と言って僕にパンを渡してくれた。僕はそれを受け取り、すぐに貪りつく。硬いけど、この過酷な探検をしている僕にとってはご馳走だった。


「それじゃ、先へ進もうか。この地図によると目的地はもうすぐだからね」



紹介するのを忘れていたけど、僕の名前はジョン=ブラウン。山岳に存在すると言われている"ある"遺跡を目指している探検隊のしがない隊員だ。さっき僕にパンを渡してくれたのは隊長のアーデルト=ファンデル。大きなテンガロンハットが特徴の大柄な人だ。統率力に優れ、仲間思いでありながら、時には厳しく指導する、隊長としての素質を持っている人である。そんな優秀な人だからこそ、世界を変えるかもしれないこの探検の隊長に任命された。僕は隊長をとても尊敬している。


「何ボーッとしてんだ、早く行くぞ!」


隊長に呼ばれた。僕は急ぎ足で後をついていった。



   *  *  *



「ゼェ…ゼェ…これ以上歩けません…」


「あと少しだ!あと少しだけ頑張れば、遺跡に着く!」


あれから3時間、ぶっ通しで歩き続けている。おまけに気温は35℃以上の猛暑で、その暑さがじわりじわりと体力を蝕んでいった。本当に足が棒になりそうだ。意識が朦朧としている。


「ゼェ…ゼェ…隊…ちょ」バタッ!


「おい、ジョン!?ジョン!!」





目が覚めると、暗いところにいた。とても涼しくて気持ちいい。ここはどこだ?起き上がって辺りを見回すと、僕を心配そうに見つめている隊員達がいた。隣には隊長がいて、僕に話しかけてきた。


「大丈夫か?」


「…ここはどこですか?」


「近くに洞窟があったから、そこで君を療養していたんだ。すごい熱があったからね」


「…進行を妨げてしまってすみません…そしてありがとうございます、こんな僕のために尽くしてくれて」


「隊員の命は俺の命。一人たりとも失いたくはないんだ」


「隊長…」僕の目から涙があふれでてくる。


「おいおい泣くなって」隊長は僕の肩をたたいてくれた。



体力も回復していたので、僕は荷物を取って


「それじゃ、僕はもう大丈夫なんで、早く行きましょうよ」


と言った。しかし、隊長はそれを止めた。


「ダメだ、お前は休んでろ」


「いや、大丈夫です!行きます!」


「さっき言っただろ、誰一人死なせたくないって。遺跡はもう少しだから、ここで待ってるんだ」


「…足手まといですみません」


隊長は僕を洞窟に残し、残りの隊員を連れて行ってしまった。


…はぁ。ほんと役立たずだな、僕。


鍾乳石から滴った水が足下に落ちて冷たく感じた。



   *  *  *



…かれこれ3時間くらい待ち続けたと思う。ふと下を見ると、足下に滴っていた水が大きな水溜まりになって靴底を濡らしていた。…それにしても遅すぎる。遺跡は近くにあると言っていたのに、3時間待っても来ないのはさすがにおかしい。何かあったんだろうか。僕は外が気になって立ち上がろうとした。


ズキッ!「痛っ…!」僕はよろけて倒れそうになった。それと同時に、あの時隊長にここで待てと言われた理由が分かった。隊長は、僕が足を怪我していたことに気付いていたんだ。どこまでスゴい隊長なんだ。この時、僕の隊長への尊敬心が一層強まったと思う。隊長になら、命を預けることさえできる気が…



バゴォォォォンッ!!



「!!?」いきなりの轟音に僕は飛び上がった。着地の際に怪我した足に激痛が走ったが、アドレナリンが出ていて完全に遮断されてしまっているようだ。逆光で見えないが、出口の方に人が立っている。あのテンガロンハットのシルエットからすると、あれは隊長かな…?


「えっ…!?」


なんと、その隊長と思われる人影の左手には、3時間前まで行動を共にしていた隊員の生首が握られていた。微かに血の匂いがする。その人影がこっちに迫ってくる。次第に血の匂いが強くなっていく。アドレナリンが収まって今さら来た足の激痛と恐怖で動けない僕の前まで来ると、こう言ってきた。


「ニンゲン…クワセロ…!」


口から血を垂らしている隊長が、右腕を振りかざした。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


速く!逃げなきゃ!やばいやばいやばいやば


ザシュッ…!!



   *  *  *



2016年2月6日。


『今日でアーデルト=ファンデル事件からちょうど20年が経ちました。死亡者の追悼式が、事件が起こったアメリカ・ノースダコタ州の墓地で行われ…』ピッ『ここで山本選手、クロスをあげたっ!そこに伊賀選手が合わせて…決まったぁぁぁぁっ!!日本、先制点です!』


朝ごはんを食べていた私は、テレビのチャンネルを変えた。





It have been started.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る