CARE

@sasurawanai

第1話−01

髪をミルクティー色に染めた。

あまり凹凸のない自分の顔には、甘ったるい髪色はあまり似合わない。せめて少しでも違和感をなくそうと、眉毛も脱色した。


大学3年生、春。先輩がいなくなった大学の校内を歩いている。

桜が咲くなか入学してきた1年生は持ち物から表情まで全てがピカピカしていた。おーおー眩しいねぇと、ピカピカをどこかに忘れてきた俺は1年生を避けて歩く。


「夏目さん………」


今はもう社会人になってしまったとある先輩を思いながら、空を見上げた。花粉のせいだろうか、視界はどこか濁ったままだ。ため息をつくと魂が抜けていく感覚がした。

その先輩は2つ歳上の男で、サラサラした明るい髪に涼しげな顔立ちで男女ともに

人気のある人だった。この大学から二駅ほど離れたところにある会社に就職したとかなんとか。


「ぼへへへへへへへへへへへへ」


「通報してやろうか」


背後から声がした。振り返ってみるとまあ可愛くない友人がニヤニヤしながら立っていた。全身真っ黒なコーディネートで決めたその友人は、花粉症という事もあって花粉対策用メガネに二重のマスクで顔を覆っていた。通報されるべきはコイツである。


「うるせ」


こいつは佐野。同じ学部同じ学年。学生証の番号が前後だったので仲良くなった。サークルも同じである。


「不審者ないずみくんは〜〜お昼ご飯食べたんですかぁ〜〜?」「むぁーーーーだどぇーーーーーす、佐野は?」「まだ、じゃあメシいこうぜ」「おうよ」「いつものとこでいいだろ?」「いいよ」「決まりな!ところで今期全休作った?てかなんで髪染めたん?モテたいん?そういえば昨日のテレビみた?」「佐野、ひとつずつ話題振ってくれ」


中身のないすっからかんな話をしながら近くのうどん屋に向かう。回転率も早くなにより安いので学生御用達だ。


「あ」


店に着いたところで思わず立ち止まる。店内の奥の方に見慣れた頭頂部を発見したからだ。サラサラとした髪の毛がスローモーションに見えた。


スーツを着たその人は、ぼやっとした表情でズルズルとうどんをすすっている。アイロンがしっかりかかったパキッとしたスーツに汁が飛び散らないようにしてるのか、やけに猫背な姿が面白くてついつい口元が緩む。


「なあに?フリーズしちゃってんの?いーーずみく〜ん」

「なんでもないよ、それより早く並ぼうぜ」


先輩を見つけて喜んでるなんてこいつには絶対にバレたくないのですぐに誤魔化す。

しかし

「なに……って、あ」

佐野が先輩に気付いた。


即座にマスクとメガネをとって、

「なっちゃん先輩じゃん、おーーーーいなっちゃんセンパァーイ!!!」

と叫ぶ。

「おい店で叫ぶなって」


咎める声が少し上擦る。先輩に気付かれるつもりはなかったのに。

先輩の頭が動く。俺は咄嗟に手に持った財布で顔を隠してしまった。


財布の陰からちらりと見ると、よく通る佐野の大声に苦笑しながらも、先輩は俺たちを見つけて手を振ってくれていた。

俺は気恥ずかしくて思わず目をそらしてしまった。


もともと、先輩と俺と佐野は同じサークルの先輩後輩で、割と仲が良くしょっちゅう飲みに行ってたし夜通しカラオケなんかもざらにしていた。うどん屋で会ったところでなんら恥ずかしがることはないはずであるが、とある事件が原因で先輩の顔を直視できなくなっているのだ。20歳過ぎにもなって女々しい奴だと笑うがいい。




うどんを注文した俺たちは夏目先輩の斜め後ろの席を陣取った。佐野は先輩の真ん前に座ろうとしていたが流石に席が埋まっていった。佐野が体をひねり、先輩の方を向いてうどんをすする。行儀が悪いぞ、と窘めようとしたが先に先輩がげんこつを落としていた。

どうやら食事は終わったらしい。

荷物を抱え、食器類を返却しに行く先輩を横目で見ているとバチリと目があった。

先輩の目元からすうっと笑みが消えたように感じた。こちらに向かって歩いてくる。思わず緊張してしまう。

スタスタスタと、器用に人を避けながらこちらまで歩いてくると、

「いずみ髪染めたんだね。誰かと思ったよ」

なんて言って笑う。

「夏目さんこそすっかり黒髪にスーツが板に付いちゃって、誰かと思いましたよ。」

すっかり社会人じゃないですか、なんてヘラヘラと笑いながら言うと

「まだ入社して2週間も経ってねーよバカ」

と返ってきた。先輩が卒業してから1ヶ月も経ってないのに早くも懐かしさを感じて涙腺が緩む。先輩との会話は佐野にパスしてうどんを食べる方に集中した。


できなかったけど。


その日の夜、夏目先輩からショートメールが届いた。


『今日この後20:00 居酒屋ヤマベ 絶対来い』


(続く)




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