第5話 鍛冶屋のマサムネは心のオアシスである(2)
城内に造られている鍛冶場まで来た。
仄暗い鍛冶場には、剣や兜などの装備品がたくさん転がっている。
ここで武器や防具を造っている。
普段は鍛冶職人が数人いるのだが、休憩中なのか、ここにいるのは俺と、それからマサムネの二人だけだ。
「なあ、もっと手伝いを増やした方がいいんじゃないのか?」
「だめだな。修行には五年、十年と月日がいるんだ。適当な気持ちで入られても困る。ボクに本気で弟子入りするぐらいの覚悟がなきゃだめだ」
「まあ、そうだよなあ……。スキルってそういうものだよな」
スキル。
それは日本での超能力や魔法に近いものだ。
スキルは誰でも持っていて、どんな鍛え方をするかも自由だ。
だが、多くの人間が同種のスキルを取得するのに奮起する。
何故なら、適当につまみぐいするみたいにスキルを取得しようとすると、中途半端になるからだ。
自分に適性のあるスキルを見つけだし、そのスキルだけを鍛え上げて大成する。
それがこの世界の共通認識となっている。
だけど俺は――
「だけど、勇士は全種類のスキルを鍛えようとしたんだって? 凄いね、その考えはなかった……。流石は勇者様ってところなのかな?」
「いや、嫌味だろ、それは!!」
そうなのだ。
俺はそのことを知らなかった。
いや、俺を召喚したお姫様とか、お付きの人が説明してくれていた気がするけど、そんなの全部聴いている訳がない。
あの時、俺も色々あっていっぱいっぱいだったしな。
それに、俺はゲームの説明書を一通り読んでいても、記憶力がないせいで全く覚えない。
やっていくうちに覚えておけばいいじゃん派なのだ。
話を聞かず、三種類全てのスキルを平均的に上げてしまったせいで、中途半端な力しか手に入れることができなかった。
だからこそ憧れる。
マサムネのように一つのものを極めた人のことを。
レベルを上限まで上げてしまった俺には、もう絶対に真似できないからな。
「錬金術ってやっぱりすごいよな。こんな風に色んな武器を造れるんだから」
「そ、そうかな。えへへへ。まあ、ボクは武具の錬金術専門だからね。訳の分からない薬を製造したりするのは苦手なんだけどね」
三大スキルの一つである錬金術。
錬金術は武器の製造や合成、人体の構造変化。
それから、調合を行うのが主だったスキルだ。
調合は薬草や鉱物を調合して、傷を治療したり、筋力を増強したりと、身体能力を向上させるようなアイテムを製造する。
「勇士は褒めてくれるんだね、錬金術のこと」
「そりゃあ、まあ、そうだろ。実際凄いし」
「……そうかな。三大スキルの中じゃ、あんまり人気ないからあんまりしっくりとはこないかな」
錬金術のスキルを持つ者は、前衛職にも後衛職にもなれない。
モンスターとの戦闘に参加することすらできない。
そんなイメージを持たれているため、異世界の中では最も不人気の職業だ。
日本だったら、きっと、物作りが得意な錬金術のスキルは一番人気のスキルだろう。
だが、ここは異世界。
争いの絶えない世界では、錬金術のスキルは自然と不人気になってしまう。
そのせいで、錬金術スキルに対して差別意識がないといったら嘘になる。
だが、それはこの世界の住人だからだ。
「俺は余所者だからな。異世界とかの常識なんて知らない。だから、純粋に錬金術の凄さが分かるんだよ」
「そっか。そうだね。えへへへ」
俺だって、錬金術のスキルを習得している。
一つの物を極めるのが普通のこの世界でだ。
旅に出始めたばかりの頃は、マサムネよりも、俺の方がよっぽど馬鹿にされたものだ。
日本だって一つの仕事に就いたら、定年までずっと働くのが普通だ。
他の会社に転職しても、なかなか専門的な仕事の能力は身につかない。
だから転職する人間を嘲笑う。
それと同じような考えなのだろう。
「流石は無駄にスキルを習得している勇士だけあって、言葉に説得力があるよ」
「からかうなって!」
「アハハハ、ごめん、ごめん! そうだ! 新しい作品ができたんだ。見せてあげるよ」
「これは――」
剣のように両刃ではない。
そして、独特な形の鍔があり、刃が曲がっている。
時代劇でよく見た武器だ。
「刀か――」
「ご注文通りのやつだね。作るのに結構苦労したんだから感謝して欲しいね」
「ありがとう! これで刀を振るえる!」
この世界に剣は量産されていても、一部地域を除いて刀は製造されていなかった。
だから、俺はマサムネに依頼していたのだ。
刀を製造してくれと。
「でも、剣じゃだめだったの? 切れ味は刀の方があるようだけど、両刃ある剣の方が突き刺した時に抜けやすいし、折れずらい。使い勝手は剣の方がボクはいいと思うけど」
「モンスター相手ならね……」
「……?」
そう。
大量に発生するモンスター相手ならば、刃こぼれしづらい剣の方がいい。
だからこそ、刃が太くて折れずらい剣が重宝されていた。
それに、強力なモンスターは、サイズが大きいことが多い。
巨躯のモンスターを袈裟切りになんてできないから、自ずと突き刺して引き抜くことができる特剣の製造が発達してきたのだ。
刀は片側にしか刃がないため、抜くときに滑りづらい。
それに刀身が細いせいで折れやすい。
魔族の危機が失せ、平和になった世界だからこそ、刀は必要となる。
刀と剣で斬り合いになった場合、切れ味では刀の方が分がある。
そう、人間同士との争いになった時にこそ、刀がいるのだ。
魔族のいなくなった世界、人間の敵がいなくなれば、次の人間の敵は人間だ。
命の危険がなくなれば、より幸福になる為に、人は金や権力を欲するだろう。
自らの身分や地位のために他人から奪おうとするのは必至だ。
そこで強力な武器を保有している国が有利になってくるだろう。
これは保険だ。
そうなって欲しくないと、俺は思っている。
まっ、それよりも大事なのは――
「ロマンだからな」
「えっ?」
「ロマンだよ! ロマン! 男だったら分かるだろ? 重い剣でじっくり戦うんじゃなくて、軽い刀で華麗に敵を斬る! それがロマンだよ! かっこいいんだよ! 理屈なんかじゃない! 刀は男のロマンだ!」
「そ、そうだねー。も、もちろん僕も男だからバッチリわかるよ?」
「だよな! だよな!」
やっぱりなあ。
マサムネだったら分かってくれると思ったんだ!
なんだか歯切れが悪いから、ちょっと引かれているような気がするけど、気のせいだよね!
男だったら世界なんて関係なく、このロマンは伝わるはずなんだから!
「でも、あくまで試作品だからね。まだまだ強度や切れ味がなっていないし、もっと改良していかないといけない。それでもこれを大量生産してもいいと言うなら大量生産するよ。でも、そうなったら、流石のボクでも短期間で大量生産なんて無理だね。信頼できる鍛冶屋に頼んでいってみるけど?」
「いや、大丈夫。数よりも質を追求して欲しい。切れ味は後で試してみるよ。見た目は完璧だ。それに、マサムネに刀を打って欲しい」
「そ、そう?」
「振ってみてもいいか?」
「うん、もちろんだよ」
ヒュッ、と空気を切り裂く音がする。
刀を振ってみる。
色々な型を試したい。
二の太刀いらずの示現流や、居合い抜きと言われる抜刀術。
それらにロマンを覚えない男などいるだろうか。
格好つけながら猿まねで刀を振っていると、力が抜けてすっぽ抜ける。
「あっ!」
すっぽ抜けた刀が、ひゅんひゅんと空気を斬る音がしながら回転する。
と、突然外から扉が開かれた。
「ここにいますか!? 勇者様!!」
投げた刀は壁に突き刺さる。
怒りの形相をしているサリヴァンのすぐ横に。
「み、見つけましたよ、勇者様。ここにいたんですね」
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