第6話 鍛冶屋のマサムネは心のオアシスである(3)
「危ないですよ、なんでいきなり剣を投げてくるんですか? そんなに私のことが嫌いなんですか!?」
「いや、それは、ごめん。本当。不幸な事故だから。別にサリヴァンのことを憎んでいるわけじゃないから」
「そう、ですか。それならいいです」
ほっとしたようなサリヴァン。
思ったよりも早く納得してくれたな。
相当タイミングが悪かったから、もっと激怒するかと思った。
と、安堵していたら、また怒り出した。
「……勇者様、どうして逃げるんですか? テーブルマナーをしっかり聞いてくれたので、ようやく勇者様も結婚する気になったと思って嬉しかったのに……」
「最初からやる気になってないから! 今後会食とか増えるだろうから、少しは王様としてテーブルマナーについて知っておかないといけないって思っただけだ!! というか、それよりも! なんでサリヴァンこの鍛冶場に入り込んでいるんだよ! ここは、女人禁制なんだろ?」
「…………はい?」
サリヴァンは俺ではなく、背後にいたマサムネを見やる。
「…………?」
俺が振り返ると、サッとマサムネは視線を外す。
俺が振り返る直前まで何かジェスチャーをやっていた気がする。
人差し指を鼻の頭にやり、しっーと。
まるで黙っていて欲しいとでも言いたげなジェスチャーだった。
どういうこと?
「まさか、マサムネさん。まだ、バレていなかったんですか? 確かに鍛冶場は女人禁制ですけど、あなたがいるのならそれも――」
「わっー! わっー! ちょ、ちょ、ちょっと! サリヴァンさん。何言っているんですか!! ちょっとこっちきてください!」
マサムネが、サリヴァンを部屋の隅まで連れて行く。
何か妙に可愛かったけど……。
なんか慌ているようだし、大丈夫か?
「マサムネ?」
「勇士はこっちに来ないで!!」
「あ、うん」
なんか仲間外れにされた。
ううう、悲しい。
思えば、マサムネと話す時、こういうことが多い気がする。
俺だけ蚊帳の外になることが多いのだ。
一体俺が何をしたって言うんだ。
もしかして、俺嫌われていたりするのか?
「――じゃあ、そういうことで」
「分かりました。私もそういう風に致しましょう」
どうやら話がまとまったらしい。
こそこそと何やら話し合っていたけど、内容までは聞き取れなかったな。
サリヴァンがこちらに向き直る。
「……勇者様、申し訳ありません、お待たせして。いいですか、鍛冶場が女人禁制っていうのは通常時のことです。今は非常時。だから何の問題もありません!」
「いや、どこが非常時!? テーブルマナー如きで、掟を破っていいのか!?」
「いいえ。これは、国家の存亡に関わる大事です。ここで王女と結婚した国と同盟を結んでおかないと、他国から攻め入るきっかけを与えることになるんです!! どうして承諾していただけないんですか!!」
「出世欲まみれのサリヴァンに言われても、何の説得力もないからだよ!」
サリヴァンの言うことはもっともだ。
だから俺も会食ぐらいはまともにやらなきゃいけないっていうのは、頭で理解している。
だけど、どうしても身体が逃げてしまうのだ。
「……私だって、勇者様が本気で結婚したい方がいるのなら、私も追いかけたりしません。……もしかして、マサムネさんと結婚したいのですか?」
「ええっ!? なんでっ!?」
マサムネって男ですよね?
これでも俺は男なんですけど?
それなのに、マサムネと結婚させようとするとか……。
えっ、まさか、サリヴァンってそっちの趣味あるんですか?
そもそも異世界にそういう概念あるのか?
いや、あるか。
日本でも昔は、男同士で致していたらしいし。
戦場だと女性がいないないから、迸る欲求を解消するのは隣にいる男しかいないから、そうなっちゃってたらしいし。
平和になった日本と違って、モンスターとの戦闘が多いこの異世界の方が、もしかしたら男同士の恋愛には理解が深いかもしれない。
「……そ、そうだよね。ボクとなんかと恋愛なんてありえないよね」
あれ?
なんかシュンとしているけど、そんな酷いこと言ったか? 俺?
心にグサッと棘が刺さったみたいだ。
あれ?
この痛み。
もしかして――これが恋か?
いやいや。
まさか、そんなこと。
俺がマサムネに感じているのは友情だけだ!
「とにかく、続きをしてもらいますよ。世界で最も有名なあの王女に失礼があってはなりませんからね」
あっ、まずい。
結局問題が何も解決していない。
女人禁制の鍛冶場まで来るってことは、もう城の敷地内に逃げ場なんてない。
だとするなら、城外ということになる。
それでも追いかけてくるだろうし、何か、何か逃げるんじゃなくて、ちゃんとした理由があれば、サリヴァンも納得せざるを得ないんじゃ……。
そっ、そうか。
その手があった。
まだ時間までかなりあるけど、今日は早めに行くことにすれば……。
「あっ、やばい。もうこんな時間か。学校へ行かないと!」
「ちょ、ちょっと、勇者様!? 学校って、私が行きますから!!」
俺は合法的に、サリヴァンの魔の手から逃れることに成功した。
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