第3話 メイドのサリヴァンが世話を焼いてくる(3)

 食事マナー基本編。

 複数フォークが並んでいる場合は、外側から手に取る。

 スプーンをスープにくぐらせる時は、皿に極力当てない。

 ナイフを外側に向けない。

 ……なるほどね。

 はいはい。


「もう、これ箸でよくないかっ!!」

「だめです。箸はこの世界で一般的ではないのですから」


 うぐぐぐ。

 なんだよ、これ。

 こんな状態で飯をうまく喰えるのか?

 最早これ、飯を喰うのが目的じゃなくて、マナーを守ることが目的になってないか?


 だが、これはお姫様との会食の予行練習だ。

 今の内に最低限のマナーを身に付けなくてはいけない。

 王様になってから権力者との会食の機会がグッと増えたから、嫌でもやらなくちゃいけない。


「じゃあ、ナイフとかフォークで豆つかめるんですかねえ? フォークでぶっ刺して食べるのか!? 米だってフォークじゃ食いづらいじゃん!! 箸はどんなものだってつかめる万能なものだってことをもっと普及してやる! こうなったら勇者の名声を最大限に生かして、世界に知らしめて、飯を食う時は箸が一般的にしてやるぞ!!」

「……そんなところでやる気を出さないでください。そもそもパスタを喰う時はどうするんですか?」

「箸」

「カレーを食べる時は?」

「箸」

「スープを飲む時は?」

「箸」


 フゥ、と疲弊したようにサリヴァンが、嘆息を漏らす。


「……できませんよね? どこが万能なんですか。全然だめじゃないですか」

「皿を持って傾ければ、どんな食べ物でも食べられるんだよっ!!」

「それでは、姫との会食はできませんっ!! 我が儘を言わずにマナーを守ってください!!」

「そもそも、言葉だけじゃ分かりづらいんだけど!! できれば、もうちょっと近くで教えてくれない!?」


 俺達は十五メートルほどのテーブルで食事をしているのだが、端同士で食事をしている。

 これじゃあ、話すのだって一苦労だ。


「それじゃあ、今から手取り足取り教えますね」


 サリヴァンがそう言いながら座ったのは、俺の膝だった。

 座る場所間違えてますね。


「近い近い、というか色々やばい!」

「やばい? 何がやばいんですか? 言ってもらえないと分かりません」


 お尻が膝に乗ってるし、それだけじゃなくて柔らかい女性の身体を全身で堪能しているみたいで、変な背徳感がある。

 サリヴァンのいい匂いも鼻腔を擽っているし、こんなんじゃ全然落ち着けない。


 そもそも距離感おかしいだろ。

 度が合っていない眼鏡をかけている人ですら、この距離感はないぞ。

 こんなの付き合ってすぐの恋人の距離感なんだけど。


「せめて隣で教えてくれ! じゃないと集中できない!! サリヴァンのお尻がエロいせいで集中できない!!」

「どういうことですか!?」


 そう言いながらもどいてくれた。

 赤面しているから、自分がやらかしたことが今更になって恥ずかしいものだと自覚できたようだ。


「元の世界では普通の学生だったっていうのに、なんでこんなマナー講習を受けなきゃいけないんだ……」

「学生、ですか。信じられませんね」

「そうかな?」

「ええ。あれだけ強大な力を持っているのですから、元の世界でも勇者か王様なのかと……」

「そんなわけないから!」


 そもそもこの世界で無双できたのは、元の世界で得た知識がこちらのスキルにうまく活用できたこともあったからだ。

 この世界では革命的であっても、日本だったら平凡そのもので何の役にも立たない。

 俺が日本に戻れたとしても、また家に引きこもる日々が待っているに違いない。


「……あの、元の世界に帰ったりしませんよね?」

「え?」


 考えを読まれたようなタイミングで、ドキリとした。


「怖くて訊けなかったんですけど、もうこの世界は平和になったんですから、元の世界に帰らないのかなって――」

「帰らないよ」


 食い気味に俺は言った。

 異世界召喚された時は強制的だった。

 でも、俺は満足している。

 家の中でじっと閉じこもって、何も積み重ねずに生きていた日々に比べたら今は天国みたいなものだ。


 この世界には経験値という概念がある。

 ゲームのステータスみたいに、自分のスキルレベルを念じれば確認できる。

 日々の成長や積み重ねてきたものが数値で判断できる。

 そんなの、日本じゃ分からなかった。

 だから、この世界に呼んでくれたことを感謝すらしている。


「……良かったあ」


 敬語も忘れて素で喜んでくれる。

 こんな人、元の世界にいなかった。

 恋人どころか、友達の一人さえいなかった。

 家族ですら、俺のことを疎ましく思っていた。

 期待なんてしてくれなかった。

 テストで100点を取っても、剣道の試合で勝っても、褒められたことなんて一度もなかった。


 それに、自分の本心を誰かに打ち明けることができずに、ずっとその場しのぎの薄ら笑いを顔に張り付けていた。

 なんとか、辛すぎる日々をやり過ごしていた。

 心を無にして、傷つかないように生きていた。


 でも、ここは違う。

 自分を曝け出すことができる。

 それがたまらなく嬉しい。

 だから、俺はこの世界で生きていく。


「良かったです。それじゃあ、遠慮なくビシバシ指導してもよろしいですね?」

「え?」

「そもそも勇者様、ナイフとかフォークとかの前に、座り方がなっていません! もっと背筋を伸ばして、それから背中は椅子にもたれかからない!」

「え? え?」

「スープを飲む際の音も気になります。すするのではなく、飲み込むようにしてください!!」

「え? え? え?」

「さあ、厳しくやっていきますよ! 勇者様が無事に結婚できるように!」

「もう勘弁してくれえええええええええ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る